四章⑬
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「アリスターくん!」
アリスターがレイリーと呼んだ不審者。その一撃によりアリスターが崩れ落ちる光景を前に、ミアはただ声を上げることしか出来なかった。
メディアを抱えていたからではない。彼女の身体は軽く、魔術の行使に大きな支障はなかった……はずだ。
動けなかったのは、目前で繰り広げられた純粋な殴り合いに心が怯んでしまったからだ。
同時に油断もあった。四色魔術師たるアリスターが一対一で負けるはずがない。自分の手助けなどいるはずがない、と。
しかし結果として、アリスターは倒れ伏した。ミアは彼を見殺しにしたのだ。
恐怖と衝撃に遅れ、後悔の念がミアの心に押し寄せる。
が、いまは後悔に苛まれている場合ではない。
レイリーの血走った瞳がこちらを向き、反射的にミアの肩が震えた。メディアを抱える腕に力が入るのは、彼女を守るためか、それとも彼女に縋っているのか、ミア本人にも分からない。
レイリーが一歩、アリスターを飛び越えて踏み出す。それを制したい一心でミアの口が動いた。
「こ、来ないで……!」
もちろんレイリーは止まらない。ゆっくりとした足取りで階段を降り、迫ってくる。その歩調に合わせるようにミアも後退する形で階段を降りていく。
どうする。どうすればいい。どうすればこの危機的状況から抜け出すことが出来る。
階段を降りながら必死に頭を回すが、答えなどまるで浮かんでこない。
やがて腕の中から声がした。
「あたしを下ろしなさい、ミア・ブーケドール」
「へ? で、でもメディアちゃんその足じゃ歩けないでしょ」
「歩けなくても、あいつの注意くらい引けるわ。その隙にあなたはあいつの脇を抜けなさい。そうしてアリーと一緒に階段を上がりなさい」
「そ、そんなの……」
無理だよ、という出掛かった言葉をなんとか飲み込む。
メディアの計画には可能なことが一つもなかった。こんな状態の彼女がレイリーの注意を引きつけることも、この狭い階段で彼をかわすことも、大柄なアリスターを背負って階段を上がることも、なにもかもが実現不可能なことだ。
きっとそんなことはメディア本人も理解しているはず。理解していてなお、それしか手がないのだ。
それはつまり、もはやミアたちに助かる目などないことを意味していた。
「……っ」
涙が頬をつたう。死にたくない。その感情だけが胸の中で渦巻く。
それでもメディアを手放すことだけはしようと思わなかった。
「早くしなさい!」
メディアの焦りに満ちた声が響く。
場にそぐわぬ笑い声がしたのはその時だ。
「あはははっ。みっともないこと」
笑い声に遅れ、コツコツという足音。声の主が階段を降りる音だ。
レイリーが振り返る。ミアはその必要すらなく、声の主の姿が確認できた。
「え?」
それでいてなお、我が目と耳を疑った。
「まったくお姉様ったら、見た目じゃなくて心まで貧相ねぇ。いやしくもこの"あたし様"の姉なのだから、もう少し余裕を持ってちょうだいな」
両腕が震えたーーいや、違う。震えているのはミアでなく、その腕に抱えられたメディアだ。
さっきまで浮かべていた焦りの色すら消え失せ、彼女の表情は恐怖に固まっていた。
どうしてメディアがそんな表情を浮かべるのか、ミアには分からない。
声の主ーー彼は、ミアたちにとって絶対の味方のはずなのに。
その言動に強烈な違和感を覚えながら、彼の名をミアは口にした。
「……アリスターくん、だよね……?」
階段上方からこちらを見下ろしながら彼ーーアリスターは、これまで見せたことのない妖艶な笑みを浮かべた。
「ーーがあぁぁっ!」
雄叫びを上げたレイリーがアリスターに飛び掛かった。まるで獣然としたその攻撃を前に、アリスターは笑みを浮かべたまま、
「"跪きなさい"」
一言、呟く。
その瞬間、レイリーの身体が"落ちた"。アリスターに飛び掛かっていた体勢から、まるで見えない力に圧しつけられるようにその場に跪いたのだ。
アリスターは跪くレイリーの肩に足を置き、
「せっかく昨夜は見逃してあげたというのに、壊れちゃったのね。醜いったらありゃしない」
呆気に取られるミアを横目に、アリスターが続けて言う。
「もういいわ。ーー"死になさい"」
直後、レイリーは両腕で自らの頭部を掴んだ。そうして躊躇いもなく、その腕を回す。
ゴキ、という首の折れる音がはっきりと聞こえた。
「……ぷっ。あはははは! そっか短剣もなにもないと、そうやって自害するのね! 初めて知ったわ! あはははっ!」
言葉を失った。同時に理解する。
目の前の男は、アリスターではない。たとえ見た目は彼そのものでも、絶対に違う。
他者の命を一方的に奪いながらこうして嘲笑うなど、ミアの知るアリスターは決してしない。
ひとしきり笑ったアリスター(らしき男)の目がこちらを向くと、腕の中のメディアが呟いた。
「……相変わらずねアリアドネ」
だれ?
初めて聞く名前にミアは首を傾げた。




