一章⑥
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家の用事があるというミアと別れ、アリスターはライルと二人で学院内の食堂へと来ていた。すぐにでもブリジット王女の情報が欲しいところだったが、昼食を奢るというライルの申し出を無下に扱うのも悪く、そしてなにより腹が減っていたのだ。
時間帯もあってか食堂内は多くの学生たちで混雑していた。空いている席を探す間にもライルは数人の生徒たちに声を掛けられ、彼の交友関係の広さが窺い知れた。
二人掛けのテーブルに着席し、ライルに奢らせたランチを無心で頬張る。ちなみにアリスターのメニューはトマトパスタと小麦パン、白身魚のソテー、鶏の香草焼き、新鮮生野菜のサラダというもの。普段金銭的な事情から質素な食事をしているアリスターにとって、どの料理も感動するほどに美味であった。
ライルが苦笑しながら言う。
「アリスター様めっちゃ食うのね」
「食える時に食っておけ、というのが俺様の信条だ」
口一杯に頬張っていたパスタを飲み込んで答えると、対面に座るライルが「なるほど」と感心したように頷く。そもそも、とアリスターはテーブルの上を指差し、
「そう言う貴様もずいぶん食っているではないか」
ライルのメニューはアリスターのそれとほぼ同じで、違いといえばパスタがバジルソースになっているくらいのもの。二人が注文したそれらの皿でテーブルは隙間なく埋め尽くされていた。
アリスターの指摘にライルはフォークを動かしていた手を止め、
「いやぁ、食える時に食っておけって言うじゃん?」
ほう、とアリスターは内心で感心する。なかなか見所のある男ではないか。
テーブルに広げられた料理をすべて平らげたところでアリスターは、ミアにしたものと同じ問い――ブリジット王女の所在についてライルに投げ掛ける。彼はあっさりと答えた。
「お姫様がどこにいるか? それならたぶん、特別クラスだろ」
「なんだそれは」
「言葉のまま、特別な生徒だけを集めたクラスのこと」
「おかしいな、それは」
アリスターは断言した。ライルの説明には看過できない明確な矛盾点がある。
「そんなクラスがあるならば、この俺様が配属されぬはずがない。おかしいだろう」
「お、おおう……! いやぁブレねぇなアリスター様は。ただ一つ反論させてもらえば、特別ってのはべつに生徒個人の能力を指してるわけじゃなくて、主にはそいつの家柄だな」
「家柄?」
「そっ。一応この学院は能力第一主義を理念として謳っている。それがこの国の国是でもあるからな。だからこそ魔術の才覚さえあれば、平民の子だろうと孤児だろうと入学が許可されている。とはいえ、さすがに上級貴族の子息子女と一般庶民を同じクラスに配するのは如何なものかと、そう思う輩がこの国にはいるんだよ」
ライルは小さく息を漏らし、首を何度か振った。その顔に浮かぶ苦笑には、どこか諦めの感情が窺える。
なるほど、ライルの説明が真実であるならば王女であるブリジットはまず間違いなく特別クラスに配属されていることだろう。もちろん、だからといってアリスターのやることに変わりはない。その特別クラスとやらに乗り込むだけだ。
早速腰を上げかけるが、ライルが続けた言葉にその動きを止める。
「まあお姫様に限っては、特別なのはその生まれだけじゃねえみたいだけど」
「どういう意味だ」
「ん……俺も聞いた話だけどさ、なんでもお姫様は二色魔術師らしい。いわゆる天才ってやつ?」
ライルが肩をすくめる。同意を求められているらしいことは判ったが、アリスターはそれに応えず、問う。
「なんだその二色魔術師というのは。そんな謎の言葉をご存知みたいな風に語るな」
「えぇ~……。そこから? そこから教えなくちゃいけない感じ?」
アリスターは無言で頷く。なんたる愚問であろうか。
そうしてライルは渋々といった様子で説明を加えた。
「えーっと、まず魔術には四つの系統があるだろ? それらは赤、青、緑、黄色というように色で大別されている。そして基本的に魔術師っていうのは、その四色の系統のうちどれか一色しか適正がないものなんだよ。俺を含め、この学院の生徒のほとんどがそうさ。そういう一般的な魔術師のことを単色魔術師なんて呼んだりもする」
説明を聞きながら、ふとアリスターは学院への入学試験を思い返す。そういえば試験の際、四色の蝋燭に魔力を込めさせられた。ひょっとしてあれは、魔術の適正を審査されていたのだろうか。
「ただごく稀に、二色以上の魔術適正を生まれながらに持つ者がいてだな。そういう天才のことを二色魔術師、三色魔術師なんて呼ぶわけだ」
「待て。どうして三色で終わる。魔術の系統は四色あるのだろう? 四色すべてに適正のある者はなんと呼ぶ」
「あー、まあ呼び名としては一応、四色魔術師なんてのがあるけどさ、正直これは気にしなくていい」
「何故?」
「いないからだよ。そんな化け物はこの世界のどこにもいない。存在しない人間の呼び名なんて気にしたって仕方ないだろ?」
とにかく、とそろそろ説明に疲れてきたのかライルは強引に話を締めた。
「お姫様はその立場だけじゃなくて、魔術の才もまた特別な御人ってわけだ。いやぁ、羨ましい限りだね~」
「……なるほど」
しみじみと呟く。ブリジット王女に対する認識を改めなくてはならない。当初アリスターは、王女という地位だけを目的に彼女を欲した。だが、そうではなかった。
地位とは無関係に、彼女には魔術師としての才覚があるという。その才はアリスターの目的成就のためきっと役立つことだろう。
だからこそ改めて思う。
彼女が欲しい、と。
「――ドネアさん」
不意に背後から声を掛けられ、振り返る。
「……ほう。手間が省けたな」
そこに立つ女子生徒――ブリジット王女の姿に、アリスターの口から素直な感想が漏れた。
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