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四章⑪

11

 状況が理解できない。

 なぜメディアがこの場にいるのか。なぜ倒れ伏しているのか。なぜその足からは一滴の血も流れていないのか。

 理解不能なそれら情報の奔流を前に、アリスターは思考を放棄した。そんなことよりも優先すべきことが彼にはあった。

「大丈夫かメディ!」

 階段を這うようにうつ伏せとなっていたメディアの傍に跪き、その小さな身体を抱き上げる。

「え」

 腕の中のメディアが目を見開いた。この場にアリスターがいることは、彼女にとっても予想外のことらしい。

「ア、アリー……? どうしてここに……」

「それは俺様の台詞だ。いきなり消えたと思ったら、なんだこの有り様は。なにが起こっている……いや、違うな」

 傷だらけのメディアを抱く手に思わず力が入る。

 かつて覚えたことのないほどの激情が湧き立ち、理解を放棄した思考を怒りに染め上げようしていた。

「メディ、()()()()()()?」

 そいつにも同じ仕打ちをしてやる。その意思を込めてアリスターは問うた。メディアをこうも虐げられた以上それは当然のことであり、その結果命を奪うことになったとしても知ったことではなかった。

「っ……」

 メディアは目を伏せ、答えない。彼女のこんな反応を見るのは初めてだった。

「どうした」

「……アリーには関係ないことよ。だから気にしないで」

 眼前のアリスターから目を逸らし、メディアが言った。その表情を歪ませているのは、肉体からの痛みだろうか。

「関係ないだと? ……本気で言っているのか」

 怒りに染まった思考に悲しみが差す。メディアの本意であるはずがないと分かっていながら、感情は揺さぶられる。

「わわっ! メディアちゃん大丈――夫じゃないね!?」

 アリスターに遅れて階段を上ってきたミアが目を丸め、声を上げた。

 ふと思う。ミアが見たという夢についてだ。彼女はこの状況を完全に予知してみせたことになる。

 だがはたして、それを言葉通り受け止めていいのか?

 仮に予知夢が偽りだとすれば、ミアがこの状況を言い当てられた理由はただ一つ、事前に知っていた以外にない。それはつまり彼女が、メディアに危害を加えた一味であることを意味する。

 ほんの一瞬、鎌首をもたげた疑念。しかしそれをアリスターは一蹴した。

 アリスターにはじめて声を掛けてきた姿。パンを恵んでくれた姿。楽しげにメディアと言葉を交わす姿。それらアリスターの中でこれまで積み重ねてきたミアの姿と、疑念とはどうしても繋がらない。

 そしてなによりアリスターは、彼女のことを友と認めている。確たる証拠もなく友を疑う選択肢など彼は持ち合わせていなかった。

「な、なんであなたまでいるのよ……!?」

「いやいやそんなことより! え、わりと平気な感じ? 慌ててるのってあたしだけ? でもだって足ないんだよ!? なのに血出てないし! もう全部出尽くしちゃったの!?」

 一方的に喚き立てるミア。彼女の狼狽ぶりにはアリスターを逆に落ち着かせる効果でもあるのか、感情に染まっていた思考が晴れた。

 いまなにをすべきか。そのことだけに意識を集中させる。

「メディ、とりあえず命に別状はないんだな?」

「うん」

 メディアが頷く。ならばそれは事実なのだ。

「わかった。訊きたいことは後で訊こう。まずはここから脱出するぞ」

 メディアを抱えたまま腰を上げ、階段を一段づつ上っていく。慌ててミアが付いてきた。

「い、いいのアリスターくん? まずメディアちゃんの手当てとかしないで」

 背後から聞こえたミアの問いに、アリスターは前を向いたまま答えた。

「本人が死なんと言っているんだ、外野がとやかく騒いでも仕方あるまい。そもそも無くなった足を生やすなど、俺様にはできん」

 それよりも考えるべきは地下から上がった後にどうやって王宮から脱出するか、だ。アリスターひとりならまだしも、手負いのメディアとミアを庇いながらとなると、それは容易ではない。

 黙考しながら階段を上るアリスター。その間ミアは斜め後ろから、アリスターの腕に抱かれたメディアに向かって「大丈夫だよ、もうすぐだからね」と励ましの声を掛け続け、一方メディアは無言のまま顔をしかめていた。

 やがて階段の最上段、その奥に王宮へとつながる扉が見えてきた時、アリスターは足を止めた。

「貴様は……」

 扉の手前には一人の男が身体を丸め、座り込んでいた。両手で肩を抱き締めながら全身を震わせているその顔を見て、アリスターは我が目を疑った。

 男の正体をアリスターは知っていた。知っていてなお信じられなかったのだ。

 怯えきった表情を浮かべ、落ち着きなく目を動かしている男の姿は、昨日見たそれとまるで別物だった。

「……っ!」

 不意に男が顔を上げ、アリスターと目が合った。次の瞬間男はその場でひっくり返り、身体を丸めたまま床にうつ伏せとなった。

 まるで敵から身を守る術すら持ち得ない小動物ごとき反応に、思わずアリスターは呟く。

「わずか一晩にして、ずいぶんと変わったな……レイリーよ」

 昨日アリスターを襲撃し、傷すら負わせた男ーーレイリー・ギアは、その声も聞こえないように身を震わせていた。

ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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