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四章⑦

7

 魔術の発動に必要となるのは魔力、そして正確な思考形態だ。

 魔術の発動も、極論を言えば二本の足で地面を駆けることと変わらない。走るのに呪文や祝詞を詠唱しないように、魔術においてもそれらは不要だ。

 両者にある差異とは、その現象を起こすための力の源が、体力か魔力かという点。そして走る際は"両足で交互に地面を蹴り、前方へ推進する"という動作形態をその肉体をもって正確に描くのに対して、魔術は思考の中でそれを正確に描くことだ。

 そのため魔術の修行も、多くの時間を反復練習に割く。より正確に理想とする思考形態を描くこと。描いたそれにより早く魔力を込めること。その積み重ねこそが魔術師の技量といえた。

 だからこそ、二色の魔術を同時併用するエドワードの技量にアリスターは驚嘆する。例えるならそれは、全力で走ると同時に全力で投擲をするにも近い芸当だ。

 これに近いことを昨日アリスターは、レイリーを相手にしてみせた。水の生成からその増量、制御、氷への変質だ。その一連の流れを成すためにアリスターは四色の魔術全てを同時に発動させた。

 だがあれは、厳密には魔術の同時併用ではない。それぞれの魔術を発動させた直後、間断なく次の魔術へ繋げたことで生まれた現象である。

 これもまた高度な技量が求められはするが、エドワードの見せた芸当とは難易度に隔絶の差があった。

 しかしアリスターは、自らもその芸当を習得できることに一切の疑いを抱かない。

 対峙するエドワードを注視しながら、それとは別に意識を魔術の構築へと向ける。

 一つは、赤色魔術による身体能力の強化。

 一つは、黄色魔術による自らの肉体の制御移動。

 常であればどちらか一方のみに思考形態を集中させるところ、同時平行で思い描く。

 初めて試みるその処理は、アリスターの想像を超えて至難の業だった。そもそも全くの別の思考形態を描くこと自体が困難であり、なおかつそこには正確性が求められるのだ。

 意識が分散し、どちらの意識形態も曖昧なものとなる。強引に魔力を込めるが、魔術は発動しなかった。

 何年ぶりかという失敗。思わず「ちっ」という舌打ちがアリスターの口から漏れる。

 エドワードが動いたのはその時だ。

「っ!?」

 赤・黄色魔術の併用によって生まれる超高速。それによりエドワードは一瞬にして距離を詰め、速度と体重を乗せた拳を放つ。

 魔術の発動に失敗したアリスターにその拳を躱す術はなかった。

 かつて経験したことのない衝撃。左胸を捉えたそれはアリスターを貫くように爆ぜた。

 呼吸が止まり、意識が追いつかぬまま身体だけが後方へと吹き飛んでいった。

 地面に着地し、それでもなお勢いは止まらない。身体を打ちつけながらアリスターは芝生の上を転がり続けた。

 永遠に続くかとすら思われたその回転運動は、しかし唐突に止まった。背中から何かにぶつかったのだ。

 また楓の木かと、揺れた脳でアリスターは咄嗟に思う。だがそれにしては背中に痛みはなく、そこにある感触は柔らかかった。

 答えは頭上から声として降ってきた。

「なに無様に転がってるのよ!」

 声の主ーー転がるアリスターを抱き止めたブリジットが、こちらを覗き込んでいた。

 まだぐるぐると回る視界のなかその顔を確認したアリスターは、驚きに目を見開く。

「貴様……ブリジットか?」

「はぁ? あたし以外の誰に見えるのよ。ひょっとしてあんた意識が朦朧としてるんじゃないでしょうね」

 ブリジットは眉をひそめるが、アリスターとしてはこれが驚かずにいられようか! という想いであった。

 いま彼女はアリスターの危機に際し、我が身を投げ打って助けに入ったのだ!

 それは、これまで一貫して従順たる素振りを見せこなかったブリジットが、ついにアリスターを主君として認めたことに他ならない。

 これに驚き、そして喜ばずにいられようか。

「意識ならばはっきりしている。問題ない」

「そ、そう。ならいいけど」

 ブリジットの手を借り、起き上がる。転がる最中に切ったのか、口内に血が溢れていた。それを吐き捨てながら言う。

「肋骨は何本か折れたがな」

「問題あるじゃないのよ!」

 隣で憤慨するブリジットを無視し、アリスターの両目は対峙するエドワードへ真っ直ぐ向けられていた。

 二色の魔術の同時併用。このアリスターをもってしても一度は失敗した高等技術を平然とやってみせるとは、なんとも得難き人材だろうか。

「大口を叩いたことを恥じているかね?」

 エドワードが言った。先ほど見せた激情はすでに消え、余裕の色が張り付いている。

「なんのことだ?」

「強がりはよせ。二色の同時併用に思い至ったまでは良し、だがこの技術は数十年にも及ぶ私の魔術師人生をかけてようやくたどり着いた境地だ。見よう見まねで模倣できる代物ではない」

「急に饒舌になってどうした。貴様の数十年が俺様に一瞬で追いつかれずにすんで安堵しているのか?」

 エドワードの表情が固まった。口端だけがひくひくと震えたそれは必死に押し殺そうとする激情の発露だ。

「……この期に及んでよくも放言できるものだ。貴様に私の模倣は出来ん!」

「ちょ、ちょっとあんた本当に大丈夫なんでしょうね……?」

 声を掛けてきたブリジットの瞳が不安げに揺れる。そんな彼女と、そしてエドワードに向けてアリスターは言った。

「たしかに先刻はしくじった。だがニ度はない。もう一度だけ言ってやろうーーエドワード、貴様に出来て俺様に出来ぬことなどない」

「ーーもういい黙れ!」

 咆哮一閃。エドワードが駆けた。

 二色魔術の同時併用による超高速。それに乗った彼は次の瞬間にはアリスターの眼前へと現れる。

 残された猶予は刹那。限りなく無に近いその一瞬に、アリスターは思考形態を思い描く。

 赤と黄色の二色ーーではない。

 彼の持つ全系統ーー四色分の思考形態を、だ。

 先刻の失敗、その原因は頭の中の均衡が崩れたことにあるとアリスターは踏んでいた。四色魔術師である彼の頭は、四色全てをもってして均衡が取られている。にもかかわらず、その中の二色だけを同時併用しようとしたことで無理が生じたのだ。

 だからこそいま彼は赤・黄・青・緑色その全てに対応した魔術の思考形態を思い描き、そして魔力を込めた。


 ※※※


「ーーっ!?」

 アリスターの眼前へと至ったエドワードの動きが止まる。回避不能の速さで突き出した拳が、むなしく空を切ったためだ。

 そこにいるはずのアリスターがいない。いやそれどころか彼の隣に立っていたはずのブリジットの姿すらなかった。

 一瞬前まで動く気配すらなかった彼らが、まさしくその場から消失している。

「見えていないようだな」

 声はエドワードの右方向から聞こえた。咄嗟に目を向けると、はるか離れた先に二人がいた。

 が、

「……なんだ、その姿は……」

 二人は寸前とまるで違う体勢だった。アリスターはブリジットの背中とひざ裏に腕を回し、彼女を抱き上げている。

「は?」

 奇妙にもブリジットがアリスターの胸の中で声を上げた。事態に追いついていないのは彼女も同じなのか。

 ……いや違う。問題はそんなことではない。

 問題なのは、エドワードより後に動き出したアリスターが、彼の攻撃を悠々と躱したこと。

 そしてその肉体が、一瞬前よりも明らかに膨れ上がっていることだ。

「礼を言うぞエドワード」

 その身を包む制服が張り裂けんほどに筋肉を肥大化させたアリスターは、いたく満足げな笑み浮かべ、言った。

「貴様のおかげで俺様は、またひとつ高みへと昇ることができた」

ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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