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四章③

「っとと……どうした?」

 それまで早足で人混みを掻き分けていたアリスターの足がぱたりと止まったことに、ライルが訝しげに訊ねてきた。

 その問いにアリスターは即答しない。否、できなかった。

 黄色魔術による自死の強制。アリスターにすら叶わぬその芸当がもしも出来るとしたら、それはメディアをおいて他にいない。

 しかし一方で、ランスロットを含む二十人以上の人間を虐殺するようか所業を、アリスターの知るメディアが行うとは考えられなかった。

 戦における命のやり取りではない。夜の王宮に忍び込み、寝首を掻いたのだ。どういった事情があるにせよ、その行為は非道の誹りを免れないだろう。

 また、仮に百歩譲ってメディアがランスロットたちを殺害したとして、どうしてアリスターの前から姿を消す必要がある。

 そのことを明かすにせよ隠すにせよ、アリスターのもとに帰ってくるはずではないか。

 ぎり、と奥歯を噛み締める。思考が無為に巡り、即断できない。こんなことはアリスターにとって初めてのことだった。

 少しの間を置き、彼は口を開く。

「現場を見る必要があるな」

 メディアが下手人であろうとなかろうと、そこに行けば彼女の足取りを掴む何かしらの手掛かりがあるのではないか。そう思えてならなかった。

「現場って、ランスロット殿下の殺害現場か? いやいやさすがにそれは無理だろ。場所は王宮で、しかもこんな事件があったんだ。立ち入れるわけがねぇよ」

「しかし貴様の父は現場に足を踏み入れたのだろう?」

 ここまでの話は全て陸軍中将であるライルの父からの情報に基づいている。であれば殺害現場を直接観察したものと思っての発言だったのだが、予想に反しライルは首を振った。

「いくら陸軍中将だからって、そう易々と王宮に出入りは出来ねえよ。いままでの話も、殿下の所属が陸軍だからってことで流れてきた情報だ。現場を直接見た人間なんて、王宮に住み込みで仕えている侍従たち、あとはそれこそ国王陛下をはじめとした王室の方々だけなんじゃねえかな」

「……なるほど。つまり王室の人間であれば、殺害現場を見られるわけだな」

「そりゃあ、そうなんじゃねえのーーって、おいまさか」

 アリスターが再び歩き出した。いままでのようにメディアを探すためあてどなく彷徨うのではなく、明確な目的地を目指して、だ。

 殺害現場を見ることの出来る王室の人間。幸いなことにアリスターはその内の一人を配下としていた。

 昨夜、往路と同様にアリスターと共に馬車で帰寮していた彼女ーーブリジット・ヴェルランドに会うため、とっくに始業時刻を過ぎた王立魔術学院へと彼は急いだ。


 ※※※


 ライルがそうであったように、ブリジットもまたすでにランスロット暗殺の情報を得ている可能性は高い。その場合、王宮へ戻るよう指示が下っていることも考えられたが、それを確かめるためには彼女のもとを訪ねるほかない。

 二人が学院へと着いたのは、ちょうど二限目の授業が始まった頃の時間帯だった。校舎を目指して歩を進めていくと、不意に背後から声が掛かった。

「そこの二人、待ちなさい」

 横を歩いていたライルは律儀にも振り変えるが、アリスターは構わず歩き続けた。声の主が何者であろうと、相手をしている暇はない。

「おい止まれ……止まらんかアリスター・ドネア!」

 背後から腕を掴まれ、強制的に歩みを止められた。仕方なく振り返ってみれば、そこにはロス・キャンベル教諭の紅潮した顔があった。

 予想していた通りの人物にアリスターは内心ではぁ、とため息をつく。

「これはロス教諭。朝から元気なことだな」

「貴様、遅刻しておいてよくもそう堂々としていられるな」

「俺様がこそこそと遅刻していれば満足するのか? だが生憎、これまで一度もしたことがなくてな。やり方が分からんのだ」

 アリスターが本心から答えると、ロス教諭は唇をわなわなと震わせながら目を三角に尖らせた。

「貴様ァ、くだらぬ口ごたえをするな……!」

「まーまー、落ち着いてくださいロス先生。こいつちょっといま動揺してまして、ついつい思ってもないこと口走っちゃっただけなんですよ」

 向かい合う二人の間に割って入ったライルが、取り繕った笑みを浮かべてロス教諭を宥める。

「彼の失礼な言動はいつものことだが」

「動揺とはなんのことだライル。俺様は動揺など微塵もーー」

「とにかく! 遅刻したことは謝ります。すみませんでしたロス先生。……ただ、結構な問題が起こってまして」

「問題? なんのことだね」

「それがちょっとまだ大声で話せる内容じゃなくてですね。……失礼ながらお耳を拝借」

 と言ってライルはロス教諭の耳元に口を近付け、何事か耳打ちした。次の瞬間ロス教諭は驚愕に目を見開き、その顔色はさっと青褪めた。

 ライルが離れると、ロス教諭は周囲を見回した後、声を潜めて言う。

「まさかランスロット殿下が……!? それは本当なのかね」

「俺は親父から聞かされました。情報の出所はおそらく王宮内の侍従長かと。遅くとも今日から明日中には正式に公表されると思います」

「しかしまさか、あのランスロット殿下が……」

 うわ言のようにブツブツと呟きながら、ロス教諭は覚束ない足取りでその場から去っていった。

 ライルはランスロットの暗殺について伝えたのだろうが、あれほどの動揺を見せるとは。ロス教諭はよほどランスロットに心酔していたのだろうか。

 あるいは、と推測する。学院教諭の中にはアリスターの情報をランスロットに流していた間者がいるという。ロス教諭こそがその間者であったなら、あれほどの動揺を見せても不思議ではない。

 どちらにせよ、これで面倒な障害は排除されたわけだ。

「さてと、お姫様のもとへ急ごうぜアリスター様」

「うむ。ライルよ、よい働きだったぞ」

「そいつぁどうも」

 ライルが軽く笑ってみせる。一方でアリスターは、彼を配下とした自らの判断に大いに満足していた。

 もしもライルがいなしてくれてなければ、力づくでロス教諭を組み伏せるところだったのだから。

 二人して舗装路を進んでいき、校舎へと足を踏み入れる。ブリジットが所属する特別クラスとやらの講義室がどこにあるか、当然ながらアリスターは把握していなかったが、「こっちだ」というライルの案内について行った。

 階段を登り切った後者最上階の一角。その扉の前でライルは立ち止まり、こちらを振り返る。

「ここがお姫様のいるクラスだぜ、アリスター様」

「うむ」

 躊躇なく扉を開け放つ。講義室には一人の教諭と十数人の生徒たちがおり、それらの目線が突然の闖入者たるアリスターへと向けられる。

 それらを真正面から受け止めたアリスターはさっと講義室を見回してお目当ての人物を探しーー、

「よし、いたか」

「あ、あんたどうして……!」

 講義室最奥、階段状の座席における最上段の机にてエミリー・ブラウンと共に着席するブリジットの姿にアリスターは目を細めた。

 が、そこには予想外の人物もまた同席していた。

「あれはたしか、ブリジット王者殿下のご友人でしたかな」

 エドワード・マクシム。王宮を支える侍従長であり、そしてブリジットの教育係でもある二色魔術師。その双眸が、アリスターを見下ろしていた。

ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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