一章⑤
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入学初日ということもあり、本日の課程は式典と説明会のみで終了となった。
正午の下校時刻を迎え、半日程度の時間であったが講義室を満たしていた緊張感が霧散していく。和気藹々とした雰囲気のなか交友を育む級友たちを視界に入れつつ、アリスターは奇妙な違和感を覚えていた。
……おかしい。どうして誰も、この俺様に話し掛けてこない?
光り輝く存在がその眩さゆえに近寄り難いということはあるだろう。そうした民草の繊細な機微を理解せねばならないことは重々理解しつつも、まさかこれ程とは思いもよらなかった。なんと嘆かわしい事態であろうか。
「ねえ、アリスターくんって寮生? それとも家からの通い?」
隣に座るミアが腰を上げながら訊ねてくる。アリスターもまた立ち上がると身長差のため、見下ろすほどに首を傾ける必要があった。
「家からの通いだな」
「へえー。じゃあもともと王都住まいなんだ」
「いや先月越してきたばかりだ。それまではベルーニャ地方に住んでいたんだが、さすがに通える距離じゃないからな」
「ベルーニャ地方って国境付近の? え、超が付くド田舎じゃん!」
ずいぶんと失礼な物言いをする少女である。
「まあ確かに、人よりも羊のほうが多い土地ではあったな。だが気候もよくてなかなか住みやすい土地だぞ」
「この学院に入学するために、わざわざそんな田舎から引っ越してきたんだ……。あれでもそれなら、それこそ寮に入れば良かったんじゃない?
もっともな疑問をミアがぶつけてくる。それに対する答えは明確で、唯一の家族であるメディアと離れる選択肢がアリスターになかったためだが、それを口にすることは憚られた。
「なにかと規則のうるさい寮暮らしなど、俺様の性分には合わん」
「あー、なるほど」
咄嗟に思い付いた方便だったのだが、思いのほか納得した様子のミア。ひょっとして彼女の中でアリスターは、規則一つ守れない無頼漢になってはいないだろうか。
気にはなったが、それよりも優先すべきことがいまはある。
「そんなことより、ブリジット王女がどこにいるか知らないか?」
「へ? ブリジット様?」
ミアがきょとんと目を丸める。そんなに意外な問い掛けだったろうか。
「見たところこのクラスにはいないようだが、どこのクラスに在籍している? そのクラスの講義室はどこだ?」
「そ、そんな急に訊かれても、あたしも知らないってば……」
「なんだ知らんのか。ちっ、使えんやつめ」
「いくらなんでも毒舌すぎない!?」
はぁ、とアリスターが失望のため息をついていると、前方からの一人の少年が近寄ってくる。
アリスター以上の長身、褐色の肌をしたその少年は入学式の最中に目が合った男子生徒に他ならなかった。彼は肩を揺らしながら、
「いやー、やっぱり俺の目に狂いはなかったわ。面白過ぎるって王子様」
「挨拶よりも前に人の顔を見て笑い出すとは、とんだ無礼者だな貴様」
アリスターが眼光鋭く言い返す。隣から「きみがそれ言うの……」というミアの呟きが聞こえた。
「おっとこりゃ失礼。そっか王子様は途中参加だったから、俺らの自己紹介は聞いてなかったな。俺はライル・サラー、よろしくな。笑ったのは勘弁してくれ、王子様たちの会話が聞こえてきたんだよ」
そう言って少年――ライルが片手だけを差し出してきた。上に立つ者として、握手を求められれば拒む理由はない。アリスターは力強くその手を握った。
「よかろう。よろしく頼むぞライル」
「ん」
ライルが軽妙に片目だけを閉じてみせた。その所作の意味は分からないが、恭順を示すものと判断する。
間近で見るライルの顔立ちは彫りが深く、端整なものだった。その恵まれた体格も相まり、講義室内において強烈な存在感を放っている。もちろんアリスターには劣るが。
「ねえライルくん、さっきからその『王子様』っていうのは?」
ミアがライルを見上げながら訊ねた。彼はにやり、と得意気に笑う。
「なんてったって、お姫様に愛の告白をした男だからな。そりゃあもう、王子様と呼ぶしかねえだろ」
「あー、なるほど」
ミアがぽんと手を叩く。彼女は物分かりが良すぎではないだろうか。
「訂正すべき箇所がいくつかあるな」
アリスターが口を挟むと、笑い合っていた二人の目線がこちらへ向いた。
「俺様は愛の告白などしていない」
「え、マジで?」
大袈裟に驚いてみせるライル。わざとらしい所作だ。
「そして俺様はどこぞの王子ではない」
「まあそれは……うん、知ってた」
「ならば次から俺様のことは、ちゃんと『アリスター様』と呼ぶよう」
「は……」
ライルが口をぽかんと開け、呆ける。次の瞬間彼は破顔し、アリスターの肩を何度も叩いてきた。
「ぶはははっ! りょーかい、了解! いやー、やっぱ最高だよアリスター様!」
この上なく不敬な振る舞いだったが、今回に限り不問とすることにした。
顔の広そうな彼ならば、ブリジット王女の在り処について知っているかもしれない。
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