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四章①

1

 アリスター・ドネアは困惑していた。

 ランスロット・ヴェルランドの誕生日祝いの宴に出席した翌朝、いつもの時間に起きてみると隣にいるはずのメディア・スターの姿がなかった。念のため食卓やバスルームも確認してみるが、やはりいない。

 そもそも朝に弱い彼女がアリスターより早く起きること自体が稀なのだが、その上さらに外出しているのだろうか。とても考えにくい事態だ。

 なんにせよ朝食もまだである以上、すぐに帰るだろう。そう判断し、いつものように朝食の支度を進めた。

 薄切りのパンと生野菜のサラダ、そして昨日の夕食の残りを温め直した野菜スープ。それらを食卓に並べたところでちらと玄関へ目を向けるが、以前として閉じたままだ。

 こんな朝っぱらからどこをほっつき歩いているんだ。

 帰ってきたら小言の一つでも言ってやろう。そう心に決め、アリスターは食卓上の朝食には手を付けず、彼女の帰宅を待った。

 やがてパンは乾き、生野菜も萎び、スープは冷めきった。本来ならとっくにアパートメントを出ている時刻になってもなお、一向にメディアが帰ってくる気配はなかった。

 これはさすがにおかしい。薄々と覚えていた違和感が、明確な危機感としてアリスターを覆う。

 アリスターは毎日同じ時刻にアパートメントから出ており、それはメディアも把握している。たとえ彼女がらしくもない朝の散歩に出たのだとしても、その時刻までに戻らないはずがない。

 つまりメディアは戻ってこないのではなく、何らかの事情で戻ってこられない状況にいるということだ。

 ならばアリスターが取るべき行動は一つ。

 すでに寝巻き姿から学院制服へと着替えは済んでいる。食卓もそのままに、アリスターはアパートメントを出た。

 人影も疎らな貧民街の街並みを当てどもなく走りながら考える。

 こんな早朝にメディアはどこへ行ったのかーーいやそもそも、メディアがアパートメントを出ていったのは今朝のことなのか? あるいは昨夜、アリスターが眠りついた直後に出ていった可能性もあるのではないか。

 昨夜の二人の会話を思い返す。

 帰宅するやいなやアリスターは、王宮であった出来事についてメディアに打ち明けた。

 ランスロットからの勧誘、その回答を断るつもりであること、そしてライルを配下としたこと。

 その中にはもちろんランスロットから聞かされたメディアの過去と、"アリアドネ・スター"という名についても含まれる。

 それらアリスターの話を聞き終え、はたしてメディアは言った。

「そんなことよりアリー、その指輪はどうしたの」

 話を逸らされた怒りよりも罪悪感のほうが勝り、ぎくりとした。

 宝石に亀裂が入った四つの指輪。その異常に目敏く気付いたメディアは、まるで検分するように顔を近づけ、指輪を凝視する。

 いつ亀裂が入ったかすら定かではないが、言い訳をしようとは思わず、アリスターは謝罪した。せっかくの贈り物を傷物にしてしまった、と。

 メディアの反応は顕著だった。

「……そう。それじゃあ、あたしもう寝るわ。おやすみ」

 初めて見るほどに呆然とした表情を浮かべてそう言うと、メディアはそそくさと寝室へと去っていった。

 いつも以上に小さなその背中を呼び止めることが、アリスターには出来なかった。

 まさかあれが理由なのだろうか? アリスターが指輪を傷付けたことに腹を立て、その意趣返しに家出をした……?

 馬鹿な、とアリスターは頭を振る。その外見とは対照的にメディアはお子様ではない。そんな理由でアリスターを困らせるような真似を彼女がするとは思えなかった。

 しかし同時に、そんな理由であってほしいと強く願う自分がいることもアリスターは自覚するのだった。

 貧民街を抜け、王都の大通りへと出る。万が一アリスターを困らせるのが目的ならば、少しでも遠くへ足を伸ばすだろうか。

 大通りは貧民街と比べて格段に人通りも多かったが、のんびり歩くという選択肢をアリスターは持ち合わせていない。

 構わず駆けようとしたところで、聞き覚えのある声がした。

「いたいたアリスター様!」

「……ライルか」

 声のした先へ目を向けると、周囲の人々より頭一つ高いところでライル・サラーが手を振っていた。彼はこちらへ駆け寄り、

「こんな時に学校サボってなにやってんだよ」

「学校?」

 ふと思えば、学院の始業時間はとっくに過ぎていた。サボりと言われれば否定のしようもない。

 が、

「それを言うならば貴様こそ、どうしてここにいる。……いや、やはりいい。いまは貴様に構っている場合ではないのだ」

「いや酷ぇな、おい。俺はアリスター様を迎えに来てやったんだよ」

「殊勝なことだ。後で褒めてやろう」

 そう言い残し走り去ろうとしたアリスターだったが、ライルが「ちょっ、ちょい待ちアリスター様! 頼むから話を聞いてくれ!」と立ち塞がってきた。

 その不敬な行いを窘めようとライルの顔を見て、ふと気付く。

 これまで常に余裕を保っていた彼の顔に、いまは明確に焦りの色が浮かんでいた。

「分かった、聞こう。手短に言え」

「殺されたんだよ」

 一瞬の間。アリスターは訊ねる。

「誰かだ」

「ランスロット殿下だ。殿下が昨夜、誰かに殺された……!」

「……ほう」

 メディアの失踪、そしてランスロットの殺害。二つの状況を一瞬だけ天秤に掛けた後、アリスターは言った。

「付いて来いライル」

「え?」

「人を探しながらで良ければ、話を聞いてやろう!」

「は?」

 困惑するライルを残し、地面を蹴って駆け出すアリスター。

「ーーいやいやマジかよ!?」

 と声を上げた後、ライルもまた駆け出すのだった。

ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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