三章⑩
「……いやいや、いくらなんでも冗談だろそれは」
アリスターの手を見つめしばし呆然としていたライルが、絞り出すように言った。
アリスターは右手を差し出したまま答える。
「冗談? 俺様が真剣でなかったことなど、生まれてこのかた一瞬たりとてないが」
「ッ! 分かってんのかよ。俺はお前の情報を、親父やランスロット殿下に流してたんだぞ! そんな人間をなんで……」
ライルが首を激しく振りながら言う。
なるほど。彼の言い分は真っ当であり、おそらく正しい。
本来であれば、ここはライルを処罰するべき場面であろう。制裁を加え、二度と俺様の前に顔を見せるなと言い放ってもいいかもしれない。
アリスターが凡人であれば、きっとそうしただろう。
が、
「そんなことはどうでもいい。これまで貴様が流してきた情報など、痛くも痒くもない滓のようなものだ。気にするな。そんな些事よりも、俺様は貴様が欲しい」
ライルの瞳が驚きに見開く。彼がなにか言うより早く、アリスターは続けた。
「と言っても、俄には信じられぬ気持ちも分かる。信用を得るには、それに値するだけの覚悟を示さねばなるまい」
「……いや待て。待ってくれ。頼むから俺を置いて話を進めないで。覚悟ってなんーー」
「俺様はブリジットと手を組み、この国を転覆させるつもりだ」
「だから待てって!?」
もはや驚愕か動揺、はたまた激昂なのかも分からないが、血相変えたライルの絶叫が星空に溶けた。
それからアリスターは、自らの過去から現在に至るまで全ての事情をライルに明かした。
まだ赤子だった頃、メディアという少女の姿をした魔術師に拾われたこと。
そのメディアが"最悪の魔女"と呼ばれる四色魔術師であること。
彼女の汚名をそそぐという目的のため、王立魔術学院へと入学したこと。
入学後、ひょんなことからブリジットと盟約を結ぶに至り、彼女を国王にさせる見返りとして、メディアの名誉を回復させるつもりであること。
しかし今日、ランスロットから自らの配下となるよう誘われたこと。
そしてその誘いを断るつもりであること。
「…………あー、うん。なるほどねぇ。いやー、知りたくなかったかもなぁ、これ」
全てを聞き終えたライルが、頭を抱えて呻くように言った。
これで彼は、アリスターに関する全ての情報を共有した状態だ。特にメディアについては、他に知る者といえばブリジットしかいない秘匿情報だ(ミア・ブーケドールもメディアの存在は知っているが、その正体が"最悪の魔女"であることまでは伝えていない)。
もしもこれまで通りライルがランスロットの下につくのであれば、これらの情報も遠からず彼奴へ渡る。特にメディアが生存しているという情報は、力を欲しているランスロットにとって非常に喜ばれるだろう。
これを阻むつもりはなかった。それはつまりアリスターという男には、ライルがその人生を賭すに足る魅力がなかっただけの話なのだから。
「貴様を魔軍の将校にするーーというのが、貴様の家の悲願だったな」
「まあ」
「ならば無事国家転覆を成し遂げた暁には、貴様を魔軍の大将にしてやろう!」
「は!?」
ライルの素っ頓狂な声に、アリスターは眉を寄せた。
「む、不満か。しかし国王はブリジットで埋まってしまっているしな。ならば魔、陸、海軍総括の元帥にでもーー」
「いやいやそっちじゃなくて! 俺なんかが大将になったら魔軍が崩壊する……それどころかもはや国が滅ぶぜ?」
「それはない。俺様がいるからな」
当初アリスターは、転覆を成した後についてはどうでもいいと考えていた。政権を放逐し、メディアの名誉さえ回復できれば、その後この国がどうなろうと構わない。政権運営になど当然関わらず、メディアと二人で静かに田舎暮らしに戻ろうかと思っていた。
が、いまは違う。正確には、そうも言っていられない。
ブリジットと手を組んだ時点で、当初案は破棄した。彼女を国王に据えておきながら、「後は任せた」などと言って一人降りては無責任にもほどがある。
そのため短くとも数年程度、国家運営が安定の兆しを見せるまでは力を貸すつもりだった。
その力とはもちろん、単純な武力を意味する。
かつてメディアがそうしたように、アリスターもまたその強大な魔力をもってして暫しの間、他国による侵略からこの国を守ってやろう、と。
そのため、たとえ魔軍大将が誰であろうとこの国が外敵により滅ぼされることなどあり得ない。
それに、とアリスターは率直な想いを口にした。
「それにライルよ、なにも俺様は信賞必罰によってのみ貴様を大将に取り立てようというのではないぞ。魔術の才覚はさておき、間違いなく貴様は人の上に立つべき優秀な人材だ」
「買い被り過ぎだろ。俺なんかそんな大層な人間じゃねえよ」
「確かにな。貴様は希代の大人物ではない。良い意味で小物と言えるかもしれん」
「……あれ。さっきまでの褒められっぷりから、一転して貶されてる俺?」
「その小物さ故に、皆が貴様に親しみやすさを覚える。この俺様でさえな。だから貴様の周りには自然と人が集まる。それはある意味で、魔術の才覚よりもはるかに価値ある資質だ」
真正面からライルの目を見つめる。アリスターの本心からの言葉を受けた彼は瞳を一瞬揺らし、そして目を閉じた。
「……ははっ」
そうして聞こえたのは小さな笑い声。
まるでなにかを吹っ切ったかのように爽やかな笑み浮かべ、ライルがこちらを見上げる。
「才能の塊なアリスター様にそう言われると、不思議と本当にそうなんじゃねぇか、って思えてくるな」
呟き、終始差し出されたままのアリスターの手を取るライル。その手を引き寄せるようにして彼は立ち上がった。
アリスターよりも高い位置にあるライルの目には、もう迷いの色はなかった。
「一つだけ条件つけていいか?」
「聞こう」
「今度でいいから、俺に黄色魔術のコツとか教えてくんない?」
束の間、思わず呆けるアリスター。彼はすぐに応じた。
「いいだろう。いつでも訊ねてこい」
こうしてアリスターは、二人目の配下を得たのだった。
※※※
その夜はアリスターにとって実に有意義なひと時であった。
計画の障害となる存在ーーランスロットについて知ることができた。
ブリジットとの間にも、これまで以上の関係を築けた。
そしてなによりライルという心強い配下を得られた。
まさしく最上の夜。これ以上など望むべくもない、出来過ぎなほどだ。
……そう。出来過ぎだったのかもしれない。
その反動はすぐに訪れた。
盛大に催された誕生日祝いの宴。その翌朝、惨殺されたランスロット・ヴェルランドの死体が王宮にて発見された。
そして同じく宴の翌朝、メディアの姿がアリスターの前から消えた。
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