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三章⑧

8

「これはなんだ?」

「鴨肉のローストに、柑橘類のソースをかけたものです」

「そうか、貰おう。その隣の野菜はなんだ?」

「は。旬のアスパラガスをソテーし、そこに塩味の強いチーズを掛けてあります」

「よし、貰おう。それとその手前の卵料理はーー」

 王宮内の大広間にて催された宴は、すでに中盤へと差し掛かっていた。

 冒頭、主役であるランスロットをはじめ数名の者が壇上から挨拶を述べていたが、そのどれもアリスターにとってさしたる面白みがあるわけでもなく、聞き流した。

 一通りの挨拶が済むと乾杯の音頭が取られ、ようやくそれまでの堅苦しい空気が霧散し、歓談の時間となった。

 そんな中、歓談相手などいるはずもないアリスターは、会場に用意された料理の品々についてテーブル脇に控えた料理人に訊ねながら、それらをひたすら食べ続けていた。

 傍らにブリジットとエミリーの姿はない。ブリジットは王室など主たる来賓にのみ用意された席で食事を取っており、彼女の侍女であるエミリーもそのそばで控えていた。

 その結果アリスターは一人ぼっちの状態で、まるで貪るような速度で料理を平らげていたのだった。

 口へと運ぶフォークが止まらない。学院で食べた料理も絶品だったが、ここで提供されている品々はその比ではなかった。さすがは王宮仕えの料理人と言うべきか、一口味わうたびに感動を覚えるこれらの料理は、もはや一種の芸術とすら呼べる。

 ちなみに控え室で発覚した指輪の破損については、ひとまずいまは考えないことに決めていた。

 理由はどうあれ、ひびが入ったことは事実。すでに起こったことを嘆いていたところで、事態はなにも好転しない。帰ったらたらメディアに正直に打ち明けよう。それで怒るような彼女ではないし、あるいはその魔力をもってすれば修復することも出来るかもしれない。

 そうして半ば自分に言い聞かせるように結論付けることで、なんとかアリスターは平静を取り戻していたのだった。

 と。

「さすがアリスター様、今日も良い食いっぷりだ」

 不意に背後から声を掛けられ振り返る。ーーもっとも、振り返らずともその声の主が誰かは分かっていた。

 数少ない友人の声を聴き分けられぬほど、アリスターも薄情ではない。

 振り返った先には、長身をやはり礼服に包んだライル・サラーが笑みを浮かべ立っていた。

 アリスターの礼服が黒を基調としているのに対し、ライルのそれは白を基調としており、彼の褐色の肌によく映えて実に様になっている。

 まさかこんな場所で遭遇するとは思いもしなかった友人の登場に、アリスターは反射的に答えた。

「よく来たなライル。どうだ貴様も食うか。どれも美味いぞ」

「お、おおう。いやまあ食うけどさ、第一声がまさかのそれかよ」

 空の皿とフォークを手に取ると、ライルもまたテーブルに並ぶ料理を片っ端から皿に盛っていった。

「ふっ。これで初めて会った日に飯を奢らせた借りは返せたな」

「いやこれ元々タダだろ! その施してやった感はどこから来た」

 ライルの反論も無視し、アリスターは再び料理を口へ運ぶ作業に戻った。隣へとやって来たライルもまたそれに続く。

「お、いけるなこの鴨。甘酸っぱいソースがよく合うわ」

「そうだろう」

「……うん、だからなんでアリスター様がそこで得意気なのかが分かんねぇだよなぁ」

 それから二人して味の感想を言い合いながら、空き皿を重ねていく。その気前のいい食べっぷりに、控える料理人は感動するように何度も頷く一方、周囲の参列者たちはまるで奇特なものでも眺めるかのような目線を寄せてきた。

 ふと見てみれば、アリスターたちを除く参列者の多くはほとんど料理を手に取っていない。ひょっとして彼らはこの会場へ来る前に食事を済ませてきたのだろうか。

 そんなアリスターの疑義を察してか、ライルが口元を布巾で拭きながら、

「こういう場でガツガツ飯を食うのははしたないだとか言って、身分の高いお偉さん方は敬遠するらしい」

「ほう、そうなのか。なんとも愚かな風習だな」

「な。こんな美味いもんをちょっとつまむだけなんて、アホらしいったらありゃしねえ」

「同感だ」

 目を合わせ、二人してニヤリと笑う。そうしてまた皿に盛った料理へとフォークを伸ばしていく。

 二人で食べる料理の味は、一人で食べていたそれよりもずっと美味に感じた。


 ※※※


「ふ〜、いや食ったなぁ! さすがに腹一杯」

 テーブルに並んでいた料理をあらかた平らげたところで「ちょっと風に当たろうぜ」というライルの要望があり、二人は会場に面したバルコニーへと出ていた。

 笑いながら腹をさするライルに、アリスターは言う。

「そうか。俺様はまだまだ食えたがな」

「いやそこは張り合わなくてもいいんじゃね?」

 すでに陽は完全に沈み、雲一つない夜空を見上げれば、月と無数の星々が光を放っている。

 会場から漏れ出る明かりと、頭上から降り注ぐ月明かりにより、夜でありながらライルの表情はよく見えた。

「しかしまさか、こんな所でアリスター様に会うとはなぁ」

 バルコニー奥に設置された石製の手すりにもたれ掛かるライル。アリスターもまたその横に立ち、手だけを手すりに置く。

「それは俺様の台詞だ。どういう伝手で潜り込んだ」

「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ。俺だって一応、正規の手順で入ったさ。まあ招待されたのは俺本人じゃなくて、親父のほうだけど」

「貴様の父親?」

「そ。親父は陸軍の軍人でさ。ランスロット殿下も陸軍に籍のある人だから、その関係で招待されたんだと。でもって俺はその付き添い」

「ほう」

 苦笑するライルに対し、アリスターは頷き返す。そうしながら彼の脳裏には、とある仮説が浮かんでいた。

 これまで見聞きしてきたいくつかの情報。それらが積み重なり、混ざり合い、そして形成された一つの仮説。

 それを口にすることをアリスターは躊躇わなかった。

「ーーなるほど。ランスロットに俺様の情報を売っていた生徒というのは貴様か、ライル」

 ライルの表情が苦笑のまま固まった。

ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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