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三章⑦

7

「け、けどアレよね。わざわざ王宮くんだりまで来てあげたっていうのに、国王がいないんじゃ無駄足だったわね」

 まるで話題を強引に変えるかのように、ブリジットが唐突に言った。

 国王が急な外交行事により本日欠席することは、アリスターもすでにブリジットから聞かされていた。

 だが、国王の体調が思わしくないというランスロットからの情報を重ねて見れば、あるいは真の理由は病欠なのかもしれない。

 その真偽を確かめることは叶わず、またさしたる意味もないので深追いはしないが。

「そうでもない。少なくとも、俺様たちと同じようなことを企んでいる者の存在を知れたのだ。大いに有意義だったと言えよう」

「それってランスロットのこと?」

 ブリジットの問いにアリスターは首肯する。

 その誘いを断る以上、いずれランスロットと敵対する事態になることは避けられないだろう。そしてそれは、数年先の未来ではなく、すぐ訪れる直近のことかもしれない。

 さすがに断りを入れた当日に仕掛けてくるほど相手も馬鹿ではないはずだが、用心するに越したことはないだろう。

 が、

「まあ彼奴がなにをしてこようと、俺様の前では無意味だかな」

 確信をもってアリスターが言い放つと、ブリジットは辟易したように頭を振った。

「はいはい。どうせそうなんでしょうね、きっと」

「うむ。さて、ではそろそろ行くか。いつまでもエミリーを待たせておくのも悪いだろう」

 着替えも済ませ、化粧により額の傷も目立たなくなった。後は誕生日祝いの宴に参加するだけだ。

 ふとアリスターは、級友であるライル・サラーから仕入れた情報を口にした。

「聞いた話だが、こうした宴では立ったまま飯を食うらしいな」

「立食パーティーだから、まあそうね」

「そして参加者は気の済むままに食ってもいい」

 勢いよくソファから腰を上げる。先ほど軽い運動をしたことで、アリスターの腹からは空腹を訴える虫が鳴り続けていた。

「あんたがどんだけ大食漢か知らないけど、悪目立ちしないよう常識の範囲内に留めなさいよ……あれ?」

 同じく立ち上がったブリジットが、ふと声を上げた。彼女はアリスターの右手ーーより正確には親指を除く四指にはめられた指輪を指差し、

「どうしたの、それ」

「どうしたとはーーっ」

 絶句した。

 四つの指輪それぞれに埋め込まれた四色の宝石、それら全てに小さな亀裂が入っていたのだ。

 かつて味わったことのないほどの痛みが胸を走る。暗闇に染まる視界。足元の床が抜けるような感覚に陥り、思わずふらついた。

 馬鹿な。レイリーとの戦闘において、右手は防御にも殴打にも使っていない。指輪が傷つく可能性など微塵もないはずだった。

 それなのに、どうして。

 無意識のうちに胸元を抑える。呼吸が乱れ、息がうまく吸えなかった。

 そんなアリスターの様子に、ブリジットが慌てた様子で駆け寄ってくる。

「ちょ、ちょっと大丈夫? え、なにそんな大切なものだったのそれ」

「……メディから貰ったものなんだ」

 息も絶え絶えにアリスターは答えた。

「メディって最悪のーーいえ、あんたの家族っていうメディアのことよね。メディアからプレゼントされたものってこと?」

「平たく言えばそうだが、そのような些末な代物ではない。これはメディから俺様に与えられた免許の証だ」

 いまからおよそ五年前。アリスターが十歳を迎えた頃、メディアによる本格的な魔術の指南は始まった。

 物心ついた頃からアリスターには魔術の才覚ーー四色魔術を可能とする力があった。そのため幼少時から幾度となくメディアに教えを乞い求めてきたのだが、「まだその時じゃない」と断られる日々だった。

 そうしてようやく許された魔術指南。それは決して生易しいものではなかった。

 体内を流れる魔力を掴む感覚を養うため、激痛に身を捩りながら皮膚に針を突き立てる朝があった。

 魔力を練り上げる速度を上げるため、意識が飛ぶまで繰り返し魔術を発動させる昼があった。

 魔術の練度を高めるため、自ら生成した水だけを口に含み、脱水を免れた夜があった。

 そうした修行が四年ほど続いたある日、メディアから「合格」という言葉と共に渡された物が、この指輪だった。

 曰く、四色魔術師として認められる最低限に達した証であり、今後アリスターを加護するお守りだという。

 それを受け取ったときのアリスターの歓喜は、もはや筆舌に尽くし難い。

 四色魔術師として認められた。それはつまり、メディアと同じ高みに自らも立てたことを意味する。

 彼女に庇護され続けてきた自分から、対等に並び歩くことのできる自分になれたと、そう思えたのだ。

 その指輪に亀裂が入った。それすなわち、アリスターの心に亀裂が入ったも同義だ。

「ふ、ふはは、はは……」

 無理やりに上げた笑い声が虚しく響く。笑いでもしなければ、絶望に胸が張り裂けそうだった。

 腰を上げたばかりのソファにアリスターがまた沈み込むと、ブリジットが地団駄を踏みながら、

「ちょ、ちょっと! も〜、なんなのよいったい!?」

 その声すらアリスターの耳には届いてこない。

 彼が再び立ち上がる気力を取り戻すまでには、暫しの時間を要したのだった。


ご愛読ありがとうございます。

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