三章④
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手をあごに添え、黙考するアリスター。そんな彼の反応を勘違いしたのか、ランスロットが言葉を重ねた。
「刺激の強い話だろう? この話が広まれば『彼女』個人に留まらず、王宮そのものへの批判が噴出しかねない。だから箝口令を敷いたわけさ」
そうしたランスロットの声も半ば聞き流し、アリスターは思案に耽る。
これまでメディアに関する噂ーーその全てが彼女を貶める類のものだったがーーについて、アリスターは一切耳を貸してこなかった。彼女がそんな大罪人であるはずがないと、信じて疑わなかったのだ。
その信頼はいまも揺らぎはしない。揺らぐはずがない。
しかし、だ。
幼いながら当時から王室に籍を置くランスロットの持つ情報は、世に数多ある噂話とは意味が違った。そこには無視できない程度の信憑性が伴う。
それでもなお、俄には信じ難かった。あのメディアが、本当にそんなことをしたというのか?
勘案し、検討し、熟考の末、アリスターは結論を出す。
ーーまあ、どちらでもいいか。
仮にかつて非人道的な行いに手を染めていたとしても、メディアに対するアリスターの想いに変わりはないのだ。
彼女はアリスターにとって恩人であり、師であり、唯一の家族だ。
たとえどんな大罪人であっても。
ならば、迷うべき理由など存在しない。
「過去の話は分かった。それで、当時の国王とは違うと豪語する貴様なら、どうしたというんだ」
訊ねるとランスロットは愉快そうに口端を歪め、得意げに答えた。
「簡単な話さ、認めればいい。孤児の百や二百が死んだところで、王国全体で見れば大した数じゃない。そんなものより『彼女』を飼っていることのほうが、遥かに国益に適うというものだ」
「本気か?」
「もちろん。だからもしきみも不死の魔術に興味があるなら、好きに研究してくれ。必要な人柱ならいくらでも用意しよう」
「興味ないな」
にべもなく即答すると、ランスロットはわざとらしく肩をすくめた。
「まあ、先々のことはいいさ。それでどうかな? 私の右腕として、その力を貸してはもらえないだろうか。もちろん応じてくれれば、こちらも相応の礼を尽くすと約束しよう」
ランスロットがこちらを真っ直ぐ見つめてくる。そんな彼の真価を見極めるべく、アリスターも目線を外しはしない。
魔力を持たないランスロットは、現状では王位を継承できる見込みがない。そんな状況を打破するための力として、彼はアリスターに白羽の矢を立てた。
となれば、アリスターに求められる役割にも検討はつく。
「……貴様、俺様に暗殺をさせようと考えているな?」
導き出したその問い掛けに、ランスロットは小さく笑みを浮かべた。
それは紛れもない肯定の意だ。
「相手はだれだ。現国王か?」
「父は無視していい。これは王宮内でも限られた人間しか知らない極秘情報だが、父は近頃体調が思わしくなくてね。長くともあと数年のうちに逝くだろう。問題はそのときの王位継承権がどうなっているかだ」
「貴様の兄の一人が、魔力を有しているんだったか」
「第一王子のガウェイン兄様だよ。他の兄弟たちは魔術の才覚もなければ人望も乏しく、私の対抗馬とはなり得ない」
ふむ? とアリスターは内心で首を傾げる。
魔術の才覚といえば、アリスターには到底及ばないものの、ブリジット・ヴェルランドにも光るものがあったはず。にもかかわらずランスロットは、彼女を歯牙にも掛けていない。
彼にそう判断させるほどの"欠点"が、ブリジットにはあるのだろうか。
「暗殺対象はその第一王子か」
「さすが、話が早くて助かるよ」
ランスロットが笑顔を浮かべ、両手を開いてみせた。実の兄の殺害計画を話しているとは到底思えない表情だ。
「だがそれで本当に貴様が王位を継承できるのか? 第一王子が暗殺されて最も得をする者、つまり貴様が疑われるのは確実。そんな状況で王宮内を一つにまとめられるとでも?」
「ああ、出来るよ」
間髪入れずしてランスロットは頷いた。その瞳には確固たる自信が宿っている。
ふと、この男に関する評判を思い出した。その俊英ぶりから、王宮内には彼の支持者も数多いるという。
ランスロットの自信は、その人望に裏打ちされたものなのだろう。
それを裏付けるように、彼は言った。
「王宮に仕える官吏のうち、およそ四分の一の支持はすでに得ていてね。事が起きれば彼らが上手いこと煽動し、私を担ぎ上げることになっている。そしてそこでも活きてくるのが、きみの存在だ」
「どういう意味だ」
「四色魔術師と聞けば、この国のだれもが『彼女』のことを思い浮かべる。圧倒的なその強さをね。父が死ねば多少なりとも国は乱れ、他国から攻められる危険性もある。それに対抗できるのは四色魔術師をおいて他になく、そうなれば当然、きみを配下に持つ私が王位に就くことになる」
「ふん。ずいぶんと都合良く進む計画だな」
「進むんじゃなくて、進めるんだよ」
ランスロットは淀みなく言い切る。おそらくは配下の官吏たちを操り、そうした情勢となるよう仕向けるのだろう。
なるほど。前評判通り、もしくはそれ以上にこの男は有能だった。
そしていま、選択を迫られているのはアリスターのほうだ。すなわち、ランスロットに付くのか、否か。
これまでの言説を信じれば、ランスロットが国王となった暁にはアリスターの目的も果たされるだろう。最悪の魔女と蔑まれているメディアの名誉回復が達成されるのだ。
しかしアリスターはつい先日、ブリジットとも盟約を結んでいる。彼女を国王とさせ、その対価としてメディアの名誉を回復させる、と。
ランスロットと手を結ぶということは、彼女を裏切ることに他ならない。
「……っ」
声にならないそれは、アリスターの苦悩の現れだ。
即断即決を信条としてきた彼としては珍しくーーあるいは生まれて初めてーー逡巡を覚えていた。
アリスターにとって唯一にして絶対の存在、それはメディアだ。彼女のためならどんなことでもする覚悟がある。
しかしそれでもブリジットーー自分を信じ、手を差し出してきた者を裏切ることに、筆舌に尽くし難い抵抗感を覚えずにはいられなかった。
そんなアリスターの迷いを察したのか、ランスロットが語り掛けるように言う。
「きみにとっても重大な選択だ。いますぐに答えてくれとは言わない。ただ、あまり待つこともできない。三日で答えを出してくれ」
「……いいだろう」
絞り出すようにアリスターは応じた。それまでに結論を出せるという確信のないままに。
一方でランスロットは泰然とした態度のまま、
「もちろん私としては、きみが力になってくれることを強く願っているがね」
と言って首だけを振り返り、背後の壁に掛けられた肖像画を仰ぎ見た。
「この『彼女』のように」
時間が一瞬止まったような感覚。
ゆっくりと動き出す時間のなか、アリスターは訊ねた。
「……なにを言っている?」
「ん? ああ、そうか。きみの年齢だと『彼女』の顔を知らないのか。まあ無理もない。『彼女』を描いたものは当時全て焼き払われ、これも私が特別に描かせたものだからね」
そんなことは訊いていない。要領を得ないランスロットの答えに、アリスターの苛立ちが募った。
「よく見るといい」
ランスロットの言葉に、自ずと目線が肖像画へと引き寄せられる。
そこに描かれているのは、礼装に身を包んだ女性の全身図だ。
黒曜石のような艶やかを備えた長い黒髪。切れ長の瞳は自信に満ちており、見る者を魅了した。長い手足も相まって、その美しさは一種の神秘性を帯びている。
この女、どこかで見たことがある……? という違和感がアリスターの脳裏をちらと過ぎるが、すぐに気のせいだと思い直す。
そうだ。アリスターはこの女性のことなど知らない。会ったこともなければ、名も知らない。それは疑いようのない事実だ。
が、
「ここに描かれている彼女こそが、“最悪の魔女"として王国内に留まらず大陸中にその名を馳せた四色魔術師ーーアリアドネ・スターさ」
ランスロットの放った言葉に、アリスターの思考が停止する。
胸中を渦巻くのは、たった一つの疑問符。
誰だ、そいつは。
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