三章③
3
「解せんな」
ランスロットの長広舌とは対照的に、アリスターは端的に言い返した。
「そこまで俺様が欲しいと言うのならば、なぜその男に襲撃させた?」
アリスター個人の感情としては、襲撃されたことに特段怒りを覚えてなどいない。むしろレイリーが見せた見事な戦術にはいっそ感銘を受けたほどだったが、それはそれ、だ。
欲する人材に危害を加えんとしたランスロットの指示には、明確な矛盾がある。その真意はなんだったのか。
「それについては、すまない。きみを試させてもらったわけだが、いまのとなっては弁解の余地もあるまい」
ランスロットが小さく頭を下げる。言動とは裏腹に、その表情から謝意は伝わってこなかった。
「レイリーはもともと大陸中の戦地を駆け巡る傭兵でね。重ねてきたその武功に目をつけ、私のもとに士官してもらった。非魔術師だが、魔軍の一兵卒ごとき相手にもならない強者だよ」
「その男の強さならよく知っている。が、俺様は配下自慢をしろと言ったのではない」
声音に苛立ちを滲ませ、アリスターが言う。ランスロットは肩をすくめ、悪びれることなく続けた。
「たしかに私は四色魔術師が欲しいと願った。ただそれは、将来有望な若者という意味ではなく、すぐさま私の役に立つ即戦力が欲しいという意味だ。だから、はたしてきみが後者たりえるかどうか、レイリーを通して試験させてもらったわけさ」
「簡単に言ってくれるが、貴様の言う試験とやらに落ちるということは、死を意味するわけだ」
「殺せ、とまでは言ってないよ」
「殺すな、とも言われてませんがね」
レイリーが口を挟む。ランスロットは彼に横目で一瞥した後、両手を広げて言った。
「まあいいじゃないか、過ぎたことは。それに、きみが遅れを取ることなど万が一にもない。そうだろう?」
「無論だ」
しかしだからといって看過できることでもない。
戦闘中に見せたレイリーの攻撃。初撃の不意打ちも含めたそれらには、明確な殺意が込められていた。アリスター相手に手心など加えていられない、というレイリーの判断だったのだろう。
その判断自体は妥当なもので、アリスターとしても理解できた。そこに怒りは覚えない。
やはり気に入らないのは、そのような状況を生み出した張本人たるランスロットだ。
この憤りを向ける前に、アリスターはもう一つの疑念をぶつけた。
「件の魔女になれと言ったな、この俺様に」
「変わった表現をするね。それが最悪の魔女のことを指しているのなら、その通り」
「ならば俺様も、用済みとなれば切り捨てるか?」
出来るものならやってみるがいい、という気迫を言外に含め、言い放つ。
ランスロットは両手を掲げる降参の姿勢をわざとらしくも取り、
「まさか。私を祖父や父と一緒にしないでくれ。そもそも『彼女』を“最悪の魔女”などと呼ぶ状況を作ったこと、それこそが彼らの誤りであったというのが私の考えさ」
「なんだと……? どういう意味だ」
訊ねる声がほんの微か上擦る。そんなアリスターの反応にランスロットは小さく笑みを浮かべた。
「そもそも、どうして『彼女』を“最悪の魔女”として処刑するに至ったか、きみは知っているかな?」
「……この国を裏切った、という流言飛語ならば聞いたことがある」
実際のところメディアは存命であるわけだが、いまそのことについて抗言する意義はあるまい。
「そう。だがその詳細は明らかにされておらず、噂程度の話しか世間には流れていない。そのように王宮が情報統制をしたからね」
「勿体つけるのはやめろ。王室の身分である貴様ならば、その詳細を知っているのだろう。さっさと言え」
アリスターが苛立ちを露わに詰め寄る。さすがにランスロットも一瞬眉をひそめたが、すぐさま表情に余裕の色を浮かべ、続けた。
「その通り。戦勝の大功労者として厚遇をもって王宮に迎えられた『彼女』は、とある魔術の研究に取り掛かった。その内容というのが死を超越すること――不死の魔術だったらしい」
「不死?」
「そう。まあ、古今から権力を握った者が求めるものではあるし、魔術を極めた『彼女』がそれを求めたとしても不思議ではない」
訳知り顔で語るランスロットに対し、アリスターの胸中では違和感が渦巻いていた。
不死? あのメディアが、はたしてそんなものを望むものだろうか?
アリスターの中に確固として存在するメディアの実像と、ランスロットの語る彼女の姿が一致しない。
「だから当時の国王――つまり祖父も特段問題視はせず、研究用としてこの部屋も宛がった。そうしてしばらく任せていたんだが、ある日その研究の具体的な内容を知り、祖父は血相変えたらしい」
「具体的な内容? 不死の魔術だろう」
「そのための手段、と言ったほうがいいかな。『彼女』は不死の魔術を開発するために、生きている人間を利用していた。人体実験というやつさ。その対象は当時戦禍により王都にあふれていた孤児たちだった」
孤児。その言葉に、アリスターの脳裏を覚えていないはずの記憶がよぎる。
メディアがかつての王都で、赤子であるアリスターを拾い上げる場面だ。
そこに二人以外の者は存在せず、言うまでもなく他者の血など一滴も流れていない。
が、
「そうして何百という孤児たちを研究のため消費――殺していたことが分かり、祖父は『彼女』の処刑を決めた。それが事の顛末さ」
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