三章②
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地下へ伸びる階段は狭く、薄暗かった。子どもや小柄な女性ならばともかく、成人男性では二人横並びに歩くこともままならないほどだ。壁には一定の間隔で燭台が設置され、そこから松明の明かりが足元を照らしているものの、その数も十分とは言い難い。
そんな階段をランスロットの背中を追う形で降りていくと、背後から足音が聞こえてきた。部屋の鍵を再び施錠したレイリーが追いついたのだろう。
結果として前後を挟まれる形となったアリスターに、先行するランスロットが前を向いたまま言う。
「心配しなくていい。この場できみを挟撃しようなんて気はないよ」
「そうか。気遣ってくれたところ悪いが、そんな心配は毛ほどもしていない」
薄暗さのなか、前を歩くランスロットが小さく肩をすくめた。
「知っているかもしれないが、私には魔術の才覚がまるでなくてね。そしてレイリーのような武人でもなく、そんな私がきみに襲い掛かったところで返り討ちに遭うだけさ」
「ずいぶんと自己評価が低いな。魔術の才覚云々はさておき、陸軍の少将だと聞いたが」
「そこは第三王子という肩書きが役立ってね。部下を持たせてもらえたおかげで、腕っぷしが立たない私でも目標を実現するための力を得られた。ああ、それとねアリスターくん」
言葉を途切れさせ、ランスロットがこちらを振り返る。松明の明かりに晒されたその瞳には、自信に満ちた光が宿っていた。アリスターを見上げ、彼は言う。
「べつに私は、自らを低く評価してなどいないよ。過少も過大もなく、だれよりも正当に評価している。その上で思うわけさ――私こそがこの国の君主たるに相応しい、とね」
ランスロットが再び歩を進めた。わずか数歩降りた先にある扉に手を掛け、一息に開け放つ。扉の向こうから注ぐ光の眩しさに、アリスターは思わず目を細めた。
そんな眩しさを背に浴びながらランスロットは再度こちらを振り返り、
「そのために私は、きみが欲しい」
「ほう」
欲しい。アリスター自身幾度となく抱いてきたその感情だが、思えば、それを他者からこうも真っ直ぐに向けられたのは初めてである。
そしてそれは、悪くない気分を覚える一方、同等の反感もまた抱かせるのだった。
※※※
道中からうって変わり、室内は明るかった。常識を超えて、明るかった。
その理由は天井から煌々と降り注ぐ光によるものだ。松明のように揺らめくこともないそれは、まるで陽光の如し明るさを室内に灯していた。
なにかしらの魔術によるものだとは推測できたが、詳しい原理までは判断がつかない。
「さあ掛けてくれ」
そんな明るさあふれる室内に入るやいなや、ランスロットが言った。
艶のある金髪。眼鏡をかけたその顔からは品性と知性が感じられ、細身ながら上背のある立ち姿には確かな芯が通っている。
なるほど、これが王子という人種か。ランスロットの外見を改めて観察し、内心で頷く。
アリスターが室内中央に置かれたソファに腰を下ろすと、ランスロットはそれに正対する位置にある執務机へと着席した。その背後の壁には大きな肖像画が掛けられ、そこに描かれた女性がまるでこちらを見つめてくるようで、妙な居心地の悪さを覚える。
レイリーが執務机の横に控えたところでアリスターは口を開いた。
「明るいな、ここは。あの光はなんの魔術だ?」
アリスターの問いに、ランスロットは「おや?」とでも言いたげに首を傾げ、
「それならむしろきみのほうが詳しいと思ったんだが、まあいい。あれはこの部屋の前の主が生み出したものでね、ご指摘の通り魔術であることは確かなんだが、いかんせん高度すぎて我々には詳しくは分からない。ただこうして明るさという恩恵をもたらしてくれているんだから、それでいいじゃないか」
「前の主?」
ここが王宮の一部である以上、先代の王のことを指しているのかと思い、訊ねる。
が、ランスロットの答えた名は予想外のものだった。
「――最悪の魔女、と呼ばれる女性さ。ここは彼女が王宮に仕えていた当時、魔術の研究室として使っていた部屋だ」
「……なんだと?」
ランスロットとの遭遇より、あるいはレイリーの急襲よりもはるかに深い衝撃がアリスターを貫いた。
メディアは自らの過去について頑なに語らず、それは王宮に仕えていた頃のことも同様だ。そんなメディアが、かつてここで過ごしていたという事実に図らずもアリスターの胸は高鳴った。眩い光を放つあの明かりも、メディアが創造したのならば納得できる。
同時に、あらためて彼女の凄さを再認識する。追放されて以降、メディアが王宮を訪れたことなど一度もないはず。それにもかかわらずあの明かりが灯っているということは、十五年以上もの長きに渡って、魔術が起動し続けていることになる。いったいどれほどの魔力を込めればそんなことが可能なのか、想像すらできない。
「どうかしたかな?」
興奮が表情に出ていたのだろう、ランスロットが怪訝そうに声を発した。アリスターは意識を目の前の男へと戻し、
「いや、なんでもない。話を脱線させてすまない」と答えた。
「さて、まずはきみが抱いているであろう疑問から答えていこうか。私がきみの名前やその魔術の才について知っている理由だ。王立学院には私の目や耳となってくれる協力者がいてね」
「教員か、あるいは生徒に貴様の間者がいるということか」
「正確にはそのどちらも、かな。入学試験を終えた時点で、今年の新入生に四色魔術師ーーきみがいる情報は私のもとに入ってきた。それを受けて、より深い情報を掴むため、ちょうど王立学院に今年入学する者に指示を出した」
「俺様を探るように、か」
アリスターが四色魔術師であることは、王立学院の教員であればほぼ全員が知っているはず。そのため誰が間者かを推測することは不可能だ。
一方、生徒についてはある程度の範囲まで特定することは可能だ。アリスターを探るためには当然、彼に接近しなくてはならない。それを自然に実行できる立場といえば、まず思い付くのはクラスメイトだろう。
あのクラスメイトたちの中に、アリスターの情報をランスロットへ流していた間者がいる。そしてその中でも、入学してからこれまで彼に接近してきた者といえば、それはさらに限られた。
「……ふむ。では、それほどまでに貴様が四色魔術師ーー俺様を気に掛ける理由はなんだ?」
「言ったろう。きみが欲しいからだよ」
ランスロットは眼鏡を外し、遮るものないその瞳をこちらへ向けた。彼は静かに言う。
「私には魔術の才覚がない」
「それはすでに聞いた」
「しかし王位を継承するには、最低限の魔術的素養がなくてはならない。求められる基準は低く、ほんのわずかでも魔力があれば良しとされるがね。事実、現国王である父も、先代の祖父も、魔術師としては大した腕じゃあない。同様に、兄弟の中で唯一魔力が扱える兄も、才覚なんてありゃしない。コネだけで王立学院を卒業したが、本来なら入学すら叶わなかっただろう」
「そうか。だからどうした」
ランスロットの長広舌も意に介さず、アリスターは続きを促す。長ったらしい前置きに飽きてきたのだ。
ランスロットは大仰な手振りを加え、言葉を続けた。
「そんな祖父が君主でありながら、先の戦においても我が国は独立を保てた。それは何故か。君主を支える配下に、比類なき魔術師がいたからに他ならない。逆説的に言えば、そのような魔術師を配下に持てるのであれば、君主自身に魔術の素養など必要ないわけだ」
「……で?」
「当時の祖父にとってその配下とは彼女ーー最悪の魔女だった。そして私にとってのそれが、きみだ」
長々とした演説も終わりを迎え、ランスロットは言葉を一瞬溜めた後、締めの一言を発した。
「アリスター・ドネア。かつて最悪の魔女がそうしたように、私に力を貸してほしい」
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