二章⑲
19
「いや、いいよ。とっといてくれ」
と言い返しながら、レイリーが足を蹴り上げた。その足に乗った砂利が、アリスターの顔面目掛けて飛び上がる。
眼前に迫る無数の砂粒。それらはアリスターの顔に突き刺さる寸前、ぴたりと静止した。
「……あ?」
宙に浮かんだ砂粒はその場に留まらず、呆気に取られるレイリー目掛けて弾け跳んだ。
「ちっ……!」
慌ててレイリーがその場から飛び退る。二歩、三歩と距離を取る彼に、アリスターは「おい忘れているぞ」と声を掛け、腕を軽く振るった。
同時に、その手に握られていたナイフが放たれる。
赤色魔術により強化された投擲力。ナイフは矢のような速度で一直線にレイリーへと迫る。
その刃を、レイリーは地面を転がるようにしてかわした。標的を失ったナイフは石壁に深々と突き刺さり、キィンという甲高い音が室内に響く。
「いまのが当たってたら、俺ぁ死んでたぜ?」
「だから当たらなかっただろう」
「かわしたからな、俺が」
膝に付いた埃を手で払いつつ、レイリーが立ち上がった。その両手には、これまた隠し持っていたらしい二振りのナイフが握られている。
「ずいぶん収容の良い服だな」
「だろ。特注品でな、高かったんだぜ」
まるでペンを回すように左右の手でナイフを回しながらレイリーは答える。いついかなる時も、魔術対策に抜かりないということだ。
二人の間に生まれた距離。もしもレイリーがこれを詰めに駆けた場合、要する時間は数秒といったところ。
……十分だな、とアリスターは胸中で算段を立てる。
「せっかくの機会だ。貴様に魔術の基礎について講義をしてやろう」
「そいつはどうも」
「魔術師はその系統別に多くの能力を有する。その中で最も求められる能力とはなにか、分かるか?」
「なるほど為になった、ありがとよ」
レイリーがわずかに重心を下げた。こちらに向かって突撃を仕掛けてくるつもりだろう。
それすら意に介さず、アリスターは自らの発した設問に対する答えを口にした。
「それは、水を操ることだ」
「――ふっ!」
レイリーが右手を振るい、その手に握られたナイフが放たれた。咄嗟に避けようとしたアリスターだったが、その必要がないことにすぐ気付く。レイリーの手から投げられたナイフはアリスターのはるか手前、二人の中間地点にあたる床に突き刺さったのだ。
投げ損ないかと視線をレイリーへ戻すと、すでに彼は地面を蹴り、こちらへ向け駆け出していた。
一歩、二歩と地面を蹴り進むレイリー。アリスターとの距離を半ばほどまで詰めたところで、彼は床ではなくそこに生えた突起物――自らが投じて突き刺したナイフに足を掛けた。
先ほどのナイフは投げ損ないではなく、最初から足場を作るためだった……!?
ナイフを蹴ったレイリーの身体が、まるで空中を歩くように一足飛びでアリスターへと迫る。その左手はすでに振りかぶられ、一瞬後にはナイフが振り下ろされようとしていた。
機敏かつ躍動感あふれる動作。その見事さに思わず瞠目してしまったアリスターだったが、はっと我に返り、魔術を発動した。
自らが有する四色魔術の全てを、同時に。
緑色魔術により、二人の間の空間に微量の水を生成。
赤色魔術により、水量を数百倍にまで増加。
黄色魔術により、空中に漂う水塊を一枚の壁になるよう形状を制御。
青色魔術により、壁を構成する水を、氷へと変質。
ガキィという鈍い音が響いた。レイリーが振り下ろしたナイフが、二人を遮る氷壁に突き刺さった音だ。
「なっ――!?」
突如現れた氷壁に自らの攻撃が阻まれたことに、レイリーの表情が驚愕に染まる。
また足場を崩されること危惧し、レイリーは一足飛びにアリスターへと迫った。そのため彼の身体は未だ宙にあり、身動き取ることはできない。
必然、アリスターの一撃をかわすこともまた不可能だった。
「上手く受けろよ」
呟き、再度魔術を発動。黄色魔術により、レイリーを巻き込んだまま氷壁を前方へと突き動かす。全魔力を一点に注がれた氷壁は急激に加速していくと、圧倒的な勢いのまま壁と激突した。
轟音とともに氷壁が砕け散る。
その場に残されたのは、半ば崩れかかっている石壁に力なく背中を預けるレイリーだけであった。
「生きてるか?」
「……ぁ」
声を掛けると、レイリーが呻き声と共に小さく手を振った。辛うじて意識はあるようだが、後頭部を強く打っている。すぐの会話は無理だろう。
攻撃方法を誤ったかとアリスターが反省をしていると、背後から扉の開く音が聞こえた。扉はレイリーが施錠したはず。アリスターが反射的に振り返る。
「いやぁ、まさかここまでとは。思った以上の逸物だったかな」
礼服をまとった乱入者が、室内の様子を見回した後、表情一つ変えずに言う。
「だれだ貴様は」
「……期待に沿えず、すみませんね。ランスロット、殿下……」
アリスターの問いに答えたわけではないだろうが、レイリーが途切れ途切れに声を発した。思ったよりも意識は確からしい。そのことに若干の安堵を覚えつつ、アリスターはその名を口の中で転がす。
はたしてアリスターは乱入者――ランスロット・ヴェルランドに向け、にやりと笑ってみせた。
「聞いたことがあるな」
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