二章⑱
18
「へえ。よく気付いたーーいや、よく受け入れられたな」
「奇妙な物言いだな」
受け入れるとはどういう意味か。アリスターの疑問に、レイリーは再びナイフを揺らしながら言った。
「魔術師ってのはどいつもこいつもプライドがバカ高いからな。非魔術師の力なんてゴミみたいなもんだと信じて、眼中にすらない」
「そういうものか」
挑発でも煽るわけでもなく、純粋な疑問としてアリスターは反応した。レイリーもまた怒る素振りすら見せず、
「俺の経験則では、そう言うことになってるな」
と平静のまま答えると、さらに言葉を続けた。
「だからこれまで仕留めてきた魔術師たちは、俺が非魔術師だと気付かないまま死んでいったよ。そんなことあるはずない、と受け入れられなかったんだろうよ」
「愚かだな」
こうして対峙し、命のやり取りをしてみれば相手が魔術師かどうかなどすぐに分かる。レイリーの挙動には、魔力の気配が微塵もなかったのだ。たとえどれほどの達人であっても、魔力の気配を完全に隠して魔術を行使することはできない。
これが意味するところは一つ。レイリーは魔術師でなく、そして魔術による強化なしでアリスターと渡り合っているのだ。
それは驚嘆に値する。
単純な腕力や反応速度は、赤色魔術による強化を施したアリスターが圧倒しているはず。にもかかわらずレイリーの攻撃に翻弄されているのは、彼の洗練された"無駄のある"動きによるものだ。
いまもナイフを揺らしているあの動き。その第一の目的は青色魔術の遠隔行使を防ぐためだろう。ただの物質に過ぎないナイフを変質ーーたとえば急激に錆びつかせて切れ味を奪うことは容易い。しかしそれも、対象が動くことなく狙える状況での話だ。
あそこまで小刻みかつ不規則に動かされては、魔術を行使するのは容易ではない。
そして第二の目的は、そこにアリスターの注意を惹きつけるためだろう。現に先ほどアリスターはレイリーの短剣の動きに目を奪われ、その結果、後手に回る形となったのだ。
「さて、そろそろ再開といこうか」
レイリーはナイフだけでなく自らの身体そのものを小刻みに飛び跳ねながら、アリスターを中心に円を描くように動き出した。
「念のため言っとくが、俺は非魔術師同権運動家じゃあねえぞ。力あるものが特権を享受するのは、そりゃあ当然ってもんだろうよ」
「同感だな」
非魔術師同権運動家、とはそもそもなんのことか分からないままアリスターは頷いた。まあおおよその意味は推測できる。
「だから俺は、魔術師どもに俺の力を示す。その方法が殺すことっていう、ただそれだけの話だ」
「……ひとつ訂正しよう。なにかの間違いで貴様を殺してしまうかもしれない、俺様はそう言ったな」
「おいおい。俺に勝てる気がしねぇってか? 天下の四色魔術師がずいぶんと弱気なことを言うじゃねぇか」
「勘違いするな。そういう意味ではない」
レイリーが怪訝げに眉をひそめる。そんな彼らに、アリスターは言い放つ。
非魔術師でありながら多くの魔術師を屠ってきたと思われる武人の目を真っ直ぐに見つめながら。
「喜べレイリー。俺様は貴様が欲しくなった。なにがあろうと殺さず、我が配下にしてやろう」
「……は?」
出会って初めてレイリーの表情が呆気に取られたように固まった。円を描いていた足捌きも止まり、じっとアリスターの目を見返してくる。
数秒の間。はたしてレイリーは愉快げにその顔を歪めながら、言った。
「やってみろ、クソガキ」
「そうさせてもらおう」
止まっていたレイリーが再び動いた。それと同時に、その手に握っていたナイフをアリスター目掛けて放る。
そのナイフをアリスターは眼前で掴み取った。視界が一瞬、自らの手に覆われる。
その一瞬を活かし、レイリーは床を強く蹴って間を詰めーーられない。
「っ……!?」
レイリーの足元ーーだけでなく、アリスターの周囲の床一面が砂利を含む砂に変質していた。
それにより足の踏ん張りが効かず、レイリーは瞬発力を発揮出来なかったのだ。
驚愕に目を見開くレイリーに向け、アリスターは口端を歪めながら言った。
「では、少しだけ本気を出してやろう」
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