二章⑰
17
「名を訊こう」
突然の襲撃者である男に対し、アリスターが訊ねた。その姿勢は特に身構えることもなく、自然体のままだ。
男は怪訝そうに眉をひそめ、
「それ、いま訊くことか?」
「無論。俺様も注意はするが、万が一ということもあるからな」
「万が一?」
やれやれ、と男の察しの悪さにアリスターは呆れて首を振り、そして言った。
「万が一貴様が死んでしまえば、死人は名乗れんだろう」
「……くくっ」
不意に男が吹き出した。それは嘲笑でも冷笑でもなく、純粋な笑みのようであった。
「くははっ。なるほど、確かにそうだ。いいぜ、教えてやるよ。俺の名はレイリー・ギア。どうだ満足したか?」
「レイリー・ギア……」
男――レイリーの名を口の中で転がすも、初めて聞く名である。そもそもアリスターが名を覚えている者などほんの数名しかいないが。
「俺様も名乗ったほうがいいか?」
「いや、いらね」
「だろうな」
アリスターが即座に言葉を返すと、レイリーは短剣を肩に担ぎながら、
「さすが四色魔術師のアリスター・ドネア様、察しが良くて助かる」
レイリーはアリスターが四色魔術師であることを知っている。当然ながらそのような情報は公開されておらず、にもかかわらずレイリーがそれを知っているということは、彼がアリスターについて事前調査していることを示していた。
つまりレイリーは、アリスターが四色魔術師であることを知っていてなお、襲撃したわけだ。
そこに勝算があると見込んで。
「……面白い」
思わず呟くと、レイリーが「あ?」と声を上げた。
「おいおいそれはこっちの台詞だっての。まさかこれから殺そうって人間を相手に名乗らされるとは思ってなかったよ。挑発目的で言ってたんなら無視したんだが……お前、本気で言ってたろ?」
「当然だろう」
「ほら、面白ぇ」
言いながらレイリーは短剣を身体の前で大きく左右に振り出した。ゆっくりとしたその動きは牽制のつもりか、それともただの癖か。
……いや、違うな。
アリスターがそう思い至ったその時、レイリーは短剣を手からそっと離した。重力に引かれ落下していく短剣。そのまま床に着地する寸前、それをレイリーが蹴り上げた。
「っ……!?」
短剣が回転しながら宙を翔ける。自身の顔面へ向かってくるそれを、アリスターは顔をわずかに横へ動かし、かわした。赤色魔術により動体視力含む身体能力を強化した状態であれば、この程度不意打ちをかわすことなど造作もない。
しかしそれでもレイリーは止まらない。
「これもかわすか!」
どこに隠し持っていたのか片手にナイフを持ったレイリーが、腕を振りながら飛び掛かってきた。またも顔面に向かって放たれる斬撃。短剣をかわすために重心を横へずらしたアリスターがその斬撃をかわすには、足元へ屈む他なかった。
そうして頭を下げたところに、蹴りが飛んできた。
「……ちっ!」
ナイフを振った勢いそのままにレイリーが放った回し蹴り。それをさける手立てをアリスターは持ち得なかった。
衝撃が頭蓋を捉え、視界が揺らぐ。鉄の匂いがつんと鼻をついた。
が、それだけだ。アリスターは一歩たりとも後ずさることなく、額なら流れてくる自らの血をペロリと舐める。
代わりに距離を取ったのはレイリーだ。彼はその場から飛び退り、苦笑を浮かべた。
「硬ぇなぁ、おい。その齢で化け物かオメー」
「大したことはない。赤色魔術で頭の硬度を強化しただけだ」
「それを咄嗟にやってのけたことを褒めてやってるんだよ」
身体能力の強化と、身体硬度の強化を同時に発動することはできない。厳密に言えば不可能ではないが、魔力の消費があまりに激しすぎる。そのためアリスターはいま、攻撃を避けられないと理解した瞬間に赤色魔術の対象を身体能力から硬度へ切り替えた。
それにより本来ならばむしろレイリーの足が負傷するはずだった。にもかかわらず実際は、アリスターは額から出血し、レイリーは二足満足のまま立っている。そこには確かな理由があるはずだった。
「貴様、その足になにか仕込んでいるな?」
「正解」
答えながらレイリーが自らのズボンの裾をめくり上げる。そこには黒光りする脛あてが仕込まれていた。
「こいつを着けた状態で俺が蹴れば、普通なら――普通の魔術師なら頭がはじけ飛ぶんだがな。いやはや大したもんだ」
「……なるほど」
いまのレイリーの言動、そして彼がこれまでしてみせた攻撃方法。それらを総合的に勘案して導き出せる推論。それをアリスターは口にする。
「貴様、魔術師ではないな?」
レイリーの口端がニヤリと歪んだ。
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