二章⑬
13
「それでメディアちゃんはさ、本当は何歳くらいなのー?」
「教えたくない。っていうかあなた、いつまでいるの。さっさと帰って」
「えー、いま来たばっかじゃん」
食卓を挟み、言葉を交わすミアとメディア。興味津々といった様子で瞳を輝かせるミアとは対照的にメディアは目すら合わせず、手元の『内職』に勤しみながらだが。
花弁や葉の形に型押しされた布が食卓の上には置かれていた。メディアはそれらを一枚づつ手に取り、糊付けをし、一輪の花へと形作っていく。
「それって造花? メディアちゃん、造花作ってるの?」
「見てわかることを訊くのがあなたの趣味?」
メディアが不機嫌さを隠すことなく答える。造花作りは王都に越してきてから始めた仕事だったが、手先の器用なメディアにその作業は向いていたのか、いつもは目にも止まらぬ速度で多くの造花を食卓に飾っていた。
が、今日はそうではない。ミアに話し掛けられている影響からか、一輪の造花を作るのに普段なら十は作れる時間を要していた。
そんなメディアを見かねたのか、ミアが食卓上の布へと手を伸ばした。
「あたしも手伝っていい?」
「やめて」
にべもなく断るメディア。ミアが「ぶー」と頬を膨らませ、不満を表す。
「なんでー」
「どう見てもあなた、こういう細かい作業が得意な人じゃないでしょ。そんな人に手伝われても邪魔なだけ」
「まあ得意ではないけどさ。でもそんなこと言ったら、メディアちゃんだってそうでしょ?」
「は……はぁ!?」
メディアが心外といった様子で声を上げる。たまたま本調子ではない彼女にとっては不本意極まりないだろう。
「あ、あたしは得意よ! 得意ったら得意なの。今日はその、ちょっと……星の巡り? それが悪いだけ」
「えー、本当かなぁ? ちょっと信じられないな~。っていうか星の巡りってなにさ」
「っ、っ、っ……!」
唇をわなわなと震わせ、頬を紅潮させるメディア。そろそろ止めるべきかとアリスターが思った矢先、
「――いらないって言ってるでしょ!」
メディアが声を上げ、手に握る布を食卓に叩きつけた。空気抵抗を受けた造花素材がひらひらと空中を舞い――そして静止する。
え、という音にも近い声がミアの口から漏れた。
次の瞬間、食卓上に広げられていた数百枚の造花素材が一斉に動き出し、まるで竜巻のように空中へ巻き上がった。
「わっわっ」
頭上に広がる花弁の海にミアが目を丸め、声を上げた。これほど多量の物体を同時に操る黄色魔術など、そうそう見られるはずがなく、その驚きは自然といえよう。
だが驚くのはまだ早い。
天井付近まで昇った数百枚の花弁と葉たち。それらはまるで一枚一枚が生きているかのように滑らかに動き、互いに絡み合い、組み付き、一輪の造花を形成していった。
そうして空中で製作された数十の造花がゆっくりと食卓へと降り注ぐ。そのうちの一つを恐る恐るといった所作で手に取ったミアが、またも声を上げた。
「えっ……これ、造花じゃなくて本物のお花!?」
「ほう」
アリスターも食卓上から造花を一輪拾い上げ、つぶさに観察する。
まず違うのは、その感触。ただの布であるはずの花弁は瑞々しく、水気を含んだ重みがあった。
次に香り。鼻腔をくすぐる芳香は、造花からは決して得られないものだ。
花弁と葉の繋ぎ目なども一切見られず、こうして直に触れて観察してもなお、手元のそれが造花だとはとても信じ難いほどだった。
「青色魔術……それと糊を生成した緑色魔術か?」
「正解」
師であるメディアが頷き、アリスターはそっと胸を撫で下ろす。
メディアの魔術のすべてを理解できたわけではない。が、結果からおおよその推測は出来た。
黄色魔術により造花素材を空中に浮かせた後、繋ぎ目部分に極少量の糊を緑色魔術により生成、各素材を組み付ける。この時点でただの造花としては完成だが、さらにそこから青色魔術を発動し、メディアは造花を変質させた。
その触感、香り、外観、それら全てを生花そのものに。
「……さすがだな」
そうした生まれた造花は、ありとあらゆる性質を生花と同じにする、“限りなく”生花に近い造花。これほど高度な青色魔術はアリスターにすらできない。
その高度な青色魔術を、他二色と掛け合わせながら、顔色一つ変えることなくこなしてみせたこと。それはまさに神業と呼ぶに相応しく、彼女が最高の魔術師であることを示すなによりの証左だった。
「え、青色魔術って、これメディアちゃんがやったの!?」
しばし呆気に取られていたミアが不意に食いついてきた。たしか彼女自身もまた青色魔術師であったはずで、自らの系統と同色の魔術についてはやはり興味があるらしい。
「ま、そうね」
答えるメディアの表情は、ほんの微かだが得意気に緩んでいた。ミアの鼻を明かせたことがよほど嬉しかったのだろう。……やってみせたことに対して、ずいぶんと子どもじみた反応である。
「嘘、すっご! えー、凄すぎでしょメディアちゃん! 青色魔術って、こんな造花を生花に変えちゃうことも出来るんだ!」
瞳を輝かせながらミアが息巻く。そんな彼女に水を差すようにメディアは静かに言った。
「それは無理。青色魔術に限らず、他のどんな魔術でも……どんな魔術師にも、命なき物に命を吹き込むようなことはできない」
「え、でもこのお花……」
「それも所詮は紛い物。どんなに生花に近付いても、そこに本物の命は宿っていない。あたしが込めた魔力が切れれば、ただの造花に戻るだけ」
魔術で生命を生み出すことはできない。それはアリスターも、メディアから幾度となく教えられてきた原則だった。その講釈を初めて聞いたミアは「はえ~」と神妙に唸った後、
「まあなんにせよ、メディアちゃんがすごいってことに変わりはないよね。すごいすごい~」
と、優しげな手つきでメディアの頭を撫でた。
「いやだからなんで上から目線なのよ!」
「あははー。なんでだろうねぇ。あたしも不思議」
「馬鹿なのあなた!?」
ミアの笑い声とメディアの悲鳴が重なり、狭いアパートメントの中は実に賑やかだった。
※※※
「ここまででいいよ」
貧民街を抜け、大通りまで出たところでミアがそう言った。彼女はアリスターの数歩先へと進み、こちらを振り返る。
「わざわざ送ってくれてありがとうね、アリスターくん」
「もう日も暮れるしな。礼など不要だ」
「おお、紳士だねぇ」
すでに夕陽が傾き、空は茜色に染まろうとしていた。市場の店も多くは店仕舞いを始めており、その光景を見ながらふと湧いた疑問をアリスターは口にする。
「今更だが、今日は家の手伝いは良かったのか?」
「うん、今日は定休日なんだ。でも明日からはなかなか寄り道出来ないから、メディアちゃんにもそう伝えておいて」
「きっと喜ぶことだろう」
正直に答えると、ミアは「あはは」と鈴が鳴るように笑った。疎まれている自覚はあるらしい。
「改めて今日はありがとうね。メディアちゃんに会わせてくれて」
「なに。俺様から誘ったことだ」
「あんなに可愛くて、しかもすごい魔術師と知り合えるなんて夢みたい」
すごい、よりも可愛いが先に来るのがミアらしい感想だと思った。
「さすがはアリスターくんの魔術の先生って感じ。やっぱり四色魔術師の先生は、四色魔術師じゃないと務まらないんだねぇ」
ゴーン、という鐘が王都に鳴り響いた。日暮れを告げる鐘の音だ。
「やばっ、ゆっくりしすぎた。それじゃあね、アリスターくん。また明日学校で!」
慌てた様子で駆け出すミア。アリスターが挨拶を返す頃には、彼女の背は王都の人混みに紛れ、見えなくなっていた。
ひとり残されたアリスターは、帰路に着きながら、先ほどの言葉を思い返す。
――何故ミアは、メディアが四色魔術師だと分かったんだ?
今日メディアが見せた魔術は造花に対してのものだけ。つまり黄、緑、青の三色のみだ。強化を司る赤色魔術は一度たりとも発動していない。
ただの勘違い? それともアリスターの師だから四色魔術師だろうという思い込み? それにしては先ほどの発言は不自然だったような……。
アパートメントまでの短い道中、疑惑に対する答えは得られなかった。
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