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一章③

3

 入学式の閉会を待たずして、アリスターは数名の教師たちに連行される形で講堂から追いやられてしまった。抵抗してもよかったのだが、他の生徒たちにとってせっかくの晴れ舞台である入学式をふいにしてしまうのも悪いと思い、自重したのだ。

 そうして彼が連れていかれた先は学院敷地内中央に建てられた尖塔の最上階――学院長室であった。

「なんたる不敬者だ貴様は!」

 自らを教務主任と称した壮年男性――ロス・キャンベル教諭が口角泡を飛ばし、正面に立つアリスターを叱責する。

 怒りに顔を紅潮させるロス教諭とは対照的に、執務机の前に着席するローブ姿の老人――マクスウェル・ロバートソン学院長は無表情のまま、アリスターを眺めていた。

「不敬?」

 そんな彼らを前に微塵も怯むことなく、アリスターは口を開いた。

「先の俺の発言に、どこか不敬な点があったのか?」

「分らんのか貴様! 恐れ多くも王女殿下に向かって『欲しい」などと、非礼にも程がある!」

「欲しい、が不味かったのか。しかし、それは何故だ」

「な、何故だぁ……?」

 素朴な疑問だったのだが、ロス教諭は怒りに瞳孔を開き、もはや怒髪天を衝かんばかりだ。

「欲しいとはつまり、その者の価値を認め、求めていることに他ならない。謂わば最大級の賛辞だろう。それのなにが不味い」

「屁理屈をこねるな! 王女殿下を物扱いすることがそもそも間違っている!」

「物扱い? これまた見解の相違だな。なにも俺は、自分の物になれと強要しているのではない。力による支配で屈服させるなどあってはならないことだ。俺は彼女に、自らの意思のもと俺についてきてほしい。そのためにはまず俺の度量に惚れ込ませ――」

「ええい黙れ!」

 怒号に話を遮られ、アリスターを肩をすくめる。これでは議論にすらならん。

 それから先もロス教諭からは学院生徒に求められる礼節についてのご高説が続いたのだが、アリスターはそれを聞き流し、学院長室の窓越しに広がる景観を眺めた。

 学年ごとの校舎、広大な校園、地方出身者のための学生寮など、学院施設が実によく見渡せる。その一事をもって、アリスターはこの部屋を気に入った。

「――まあロス先生、その辺りでよかろう」

 それまで沈黙を保っていたマクスウェル学院長が口を開いた。静かな口調ながら有無を許さぬ厳格さがその声にはあり、窓の外へと飛び出していたアリスターの注意も連れ戻される。

 まだ何事か言い足りない様子のロス教諭だったが、口を噤み、一歩脇へと下がった。

「アリスター・ドネア、きみの言い分はわかった。幸い、女王殿下は寛大なお方であるし、大きな問題とはなるまい。よって今回の件は不問としよう」

「学院長しかしそれでは――」

「ただしドネア、たとえきみの価値観ではそうでないとしても、先の言動が少々目に余ることは確かだ。社会とは無数の人々の価値観により形作られておる」

「ほう」

 素直に声が上がった。これまでアリスターにとっての社会とはすなわち、自らとメディアの二人のみで構成されていた。そこに価値観の相違などあるはずもなく、思うがままに行動すればよかった。

 しかしこれからはそうもいかない。何故ならアリスターは学院という小さな社内に降り立ったのだから。

「理解した。以後気を付けよう。指導いただいたことを感謝する、マクスウェル学院長」

「それでよい。下へ降りれば係の者がいよう。その者に従い、教室へ向かいたまえ」

 指示に従い、アリスターは学院長室から退室した。長い螺旋階段を下りながら、思う。

 マクスウェル学院長……あれも欲しいな! と。


 ※※※


 アリスター・ドネアが退室したのを確認し、ロス・キャンベルはそっと息を漏らした。

 肩に力が入っていたことが自分でもよく分かる。

 あれがアリスター・ドネア。その名はロスも把握していた……否、彼に限らず学院の教師陣の誰もが、アリスター・ドネアに注目していた。その注目度は、ある意味では王女であるブリジットすら上回るかもしれない。

 その注目の的が、あのような問題児だとは。由々しき事態だ。

 あのまま帰して良かったのかという不満が口をつく。

「不問に処してよろしかったのですか? せめて数日間の停学などの処罰を与えても……」

「あれがそこらの一般生徒であったなら、即刻この学院から叩き出している」

 表情を変えないまま、すでに閉じた扉の向こうをじっと睨みつけながら答えるマクスウェル学院長。その瞳から窺える静かな怒りに、ロスは震え上がった。

 理解する。ロスのそれとは比べようがないほどにマクスウェル学院長は、アリスターに激怒していた。

 しかしそれでもなお、彼の生徒を許した理由。それをロスは口にする。

「いまだに信じられません。あのような生徒が四色魔術師(パレット)だとは」

「魔術の才と人格は比例関係にないからの」

 答えるマクスウェル学院長の声はどこか悲しげに聞こえた。

「なんといっても、ほれ、先代の四色魔術師があやつじゃからな」

「……最悪の魔女」

 その名を口にすることが禁じられている、史上最強にして最悪の魔術師。かつてこの国を救い、そして破滅させようとし、十五年前に処刑された彼女と同じ資質をアリスターは有している。

 真っ当に育てば、間違いなく将来この国を支える大きな力になるだろう。しかし一歩間違えればこの国を滅ぼす悪魔へと――。

 ……いや、よそう。ロスは心中で自らをたしなめる。

 そうならないために学院は存在し、我ら教師はいるのだ。

 どれほど問題児であろうと、きっと正しく導いてみせる。

 そう決意し、ロスもまた学院長室を後にするのだった。


ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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