二章⑨
9
「……アリスターくんって、さてはそういうこと誰にでも言ってるでしょ」
頬を紅潮させたまま、ミアがまるで咎めるような目線を寄越してきた。言っている意味が分からず、アリスターは首を傾げる。
「そういうこと、とは?」
「だからその……うんうん、なんでもないっ。なんか口に出したら余計こっちが恥ずかしい思いしそうだし」
ぶつぶつと小声で何事かを呟くミア。やがて彼女は平静を取り戻し、歯を見せるように笑顔を浮かべた。
「仕方ない! アリスターくんがそこまで言うなら、これからも一緒にいてあげようかな」
「そうか、助かる。ありがとう」
「……そ、そんなに素直な反応を返されるとは思ってなかったけどね」
ミアはまたも顔を赤らめ、目線を逸らす。アリスターとしては当然の反応を返しただけなのだが、なにが彼女の琴線に触れたのか。
それにしても、と思う。
ミアが抱いたという畏怖の念。理解はできる。たしかにアリスターはそれに値するほどの器を有しているだろう。
とはいえ少なくとも現時点のアリスターは、彼にとって理想の魔術師であり目標でもある存在――メディアには遠く及ばない。
「――貴様が思うほど、まだ俺様も大した存在ではないがな」
その引け目がふと口をついた。ミアは目線をこちらに戻し、きょとんと目を丸めて言う。
「どういうこと?」
「たとえばこのパンだ」
と言って、すでに空になった包みをぐしゃっと握り潰す。
「まだ俺様は、こうして食い物を食わなければ生きていけない。自らの魔力だけを糧に生き永らえることができないわけだ」
「……うん?」
「五日くらいの絶食なら耐えられても、それは所詮ただの我慢だからな。水も飲まねばならないし、眠る必要もある。どうだ、いかに俺様が未熟か分かっただろう?」
「…………えーと、どこから訊ねたらいいかな」
ミアはなにやら考え込むように唸り始めた。アリスターとしては「そうなんだ!」とミアが明朗快活に納得すると予想していただけに、虚を突かれた気分である。
はたして彼女は口を開いた。
「それ、当たり前じゃない?」
「なにがだ」
「いやだから、食べ物とか水がないと生きられない、っていうの。どんなにすごい魔術師――歴代の魔軍大将でも、自分の魔力だけで生きられるなんて話、聞いたことないもん」
「そうなのか?」
アリスターは心底から驚く。しかし彼の知る魔術師――それはつまりメディア一人なわけだが――は、それらを体現していたのだ。
メディアは生きるための食事を必要としない。パンも水も、睡眠すら取らずとも彼女は平然としていられる。実際に、二人の暮らしていた農村が飢饉に見舞われた時、彼女は数か月もの間なにも食べず、わずかな食糧のすべてをアリスターに与えてくれた。
ただそれも“必要がない”ということであり、食糧に余裕がある時などは当然のように食べる。むしろ人一倍食べるし、人一倍よく眠る。
つまりメディアにとって食事や睡眠は一種の娯楽なのだ。逆説的に、ただ生きるだけならば自らの魔力で事足りる。
それこそが一流の魔術師であることの条件だと、これまでアリスターは信じて疑わなかったのだが……。
「そうだよ。逆に訊くけど、アリスターくんの知り合いにそんな人いるの!?」
「俺様の師にあたる魔術師が、そうだ」
答えてから、これは明かして良かっただろうか、と不意に懸念がよぎる。メディアからも、彼女の存在については極力他言しないよう言い含められていた。
「えー、本当にっ? すっご! ひょっとしてアリスターくんの先生って、めちゃくちゃすごい人なの!?」
興奮に瞳を輝かせたミアがまくし立てる。その内容にアリスターの口角が思わず上がった。
彼にとってメディアは魔術の師であり、恩人であり、なにより家族だ。家族のことを褒められ、嬉しく思わないはずがなかった。しかもそれが初めてのことであれば、尚更である。
「……まあ、そうだな。端的に言って、最高の魔術師だろう」
「はえ~。アリスターくんにそこまで言わせるなんて、本当にすごい人なんだ」
ミアにメディアのことを褒められ、言い知れない喜びがアリスターを包み込んだ。自らが注目を集めるとはまた違う快感に、彼は身を委ねる。
「そんなすごい人なら、一度会ってみたいかも」
そんな快感のなかミアがぽつりと漏らした一言。アリスターはほぼ無意識のうちに応えていた。
「会いに来るか?」
「ふぇ?」
「俺様とそいつは一緒に住んでいるからな。家に来れば、会えるぞ」
「え――」
一瞬の前を空け、ミアは声を上げた。
「いいの!? えー、嬉しい。でも本当に大丈夫? その先生に許可とか取らなくて」
「友人を家に上げることに、いちいち許可が要る間柄ではないからな」
そもそも学院に入学するまでアリスターに友人などおらず、当然ながら家に上げたことなど一度もなかったのだが。
教室の扉が開き、昼食を取ってきたクラスメイトたちが続々と戻ってきた。周囲の席が埋まったこともあり、先ほどまでより声を潜めてミアが言う。
「ありがとう。それじゃあ放課後、楽しみにしてるねっ」
「うむ」
鷹揚に頷いてから、思う。
――来いとは言ったが、今日いきなりの話だったのか。
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