二章⑥
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「計画?」
「ちょっと。いまさら私相手にとぼけないでよね。この国を転覆させて、あんたの大切なメディアの汚名をそそぐんでしょう? それを実現させるための計画を教えなさいって言っているの」
まるで絵本の読み聞かせをせがむ幼子のように瞳を期待に輝かせるブリジット。アリスターが考案した国家転覆計画。その詳細は、計画に反対するメディアをはじめ、他の誰にも明かしたことはない。数年来より温め続けてきたそれを、ついに披露する時が来たのだ。
「ふっ、いいだろう。特別に教えてやろう」
「いや特別もなにも、教えて当たり前のことだから」
こほん、と咳払いを一つ挟み、アリスターはいつになく饒舌に語り出した。
「当初の計画は壮大なものだ。まず王立魔術学院に入学し、首席で卒業する。そうすれば魔軍に将校として迎え入れられ、国王より叙任を受けるだろう。ここまでに六年を要する予定だったが、貴様という手札が手に入ったことでそれは必要なくなったわけだ」
「べつに私だって、国王とそう簡単に会えるわけではないけど。まあ、いいわ。それで?」
「……それで?」
問い掛けの意図が分からず、アリスターは眉間にしわを寄せた。ブリジットは苛立ちを隠さず、
「だから、魔軍に入った後でも私を利用してでもいいとして、国王に会ってそれでどうするのよ」
「……ふむ」
手をあごに添え、考え込むアリスター。ブリジットの顔がさっと青褪めた。
「ちょ、ちょっとそこで黙らないでよ。あるんでしょ? あるのよね!? ちゃんとした計画が!」
「そう興奮するな。直に会うことさえできればなんとでもなる。俺様を信じろ」
「ひょっとして……殺すの?」
恐る恐るといったふうにブリジットが訊ねる。その内容に虚を突かれたアリスターは一瞬固まった後、やれやれと首を振った。
「馬鹿を言え。暗殺などするはずがない」
アリスターはなにも国王や現政権に対して、個人的な恨みがあるわけではない。彼の目的は唯一、メディアの汚名をそそぐことのみ。国家を転覆させることはそのための方法論に過ぎない。
戦場における命の遣り取りならばいざ知らず、不意を突いての暗殺など、たとえどんな大義を掲げようとも正当化のしようもない悪事だ。
悪事をもってそそいだ名を、メディアに着せるわけにはいかない。
「そ、そう……」
ブリジットがそっと胸を撫で下ろす。その顔には安堵の表情が確かに浮かんでいた。
彼女と国王――ダミアン・ヴェルランドとの関係性をアリスターは知らない。計画に乗ったということは少なくとも良好な関係ではないのだろうが、殺害を良しとするほどの悪感情はないのかもしれない。
「でも、それじゃあどうするつもりなのよ」
「まあ細かい話などいまはいいだろう。ときにブリジット、近々王宮内で宴は催されるか?」
「は? なによ急に。宴?」
「うむ。そういった場であれば、俺様を貴様の友人として国王に紹介出来るだろう」
「……まあ、一般的にはそうかもね」
「だろう。宴の名目はなんだっていいぞ。そうだな、貴様の入学祝いなどはどうだ! 宴を開くにうってつけの慶事だろう」
「あー、ごめん。それは……無理」
目を逸らし、口ごもるようにブリジットは言った。アリスターが訊ねる。
「無理とは」
「だから、その、私の入学祝いでパーティを開くことが」
「ひょっとして、すでに開催されていたか?」
そうであれば、もう一度同じ名目で宴を開催することはたしかに難しいだろう。そう推測したアリスターの問いに、ブリジットは小さく首を振った。
「詳しくは言わないけど、私、王室内であまり良い立場にいないの。魔術の才能があって、利用価値があるから王室の末席に置かれているっていう、ただそれだけ。多分あの人たちは私のことを家族だなんてこれっぽちも思ってないわ。まあそれは私もなんだけど。だから、そんな人間の入学祝いなんて開くはずないでしょう?」
燦々と陽光を降り注いでいた太陽が雲に隠れ、二人のいる花園に陰が落ちる。すぐ目の前にあるはずのブリジットの表情すら陰に遮られ、はっきりと見えない。
ブリジットは目線を落としながら、言葉を続けた。
「当てが外れてがっかりした? それとも失望した? もしもそうならいいのよ、いまからでも協力関係を打ち切っても。そうなってもあんたのことを密告したりしない――」
「やっぱり貴様、とてつもなく馬鹿だな」
「ぶち殺すわよあんた!?」
雲が晴れる。陽光が花園に降り注ぎ、ブリジットの顔がよく見えた。唐突な暴言に眉を逆立てる彼女に、アリスターは平静のまま言う。
「俺様はブリジット、貴様という個人が欲しくて仲間にしたのだ。もちろん王女であること、魔術の才を有すること、それらも貴様を構成する要素ではあるだろう。だがたとえそれらがなくとも、俺様は貴様が欲しい!」
「な、な、なっ……!」
陽光のもと露わとなったブリジットの顔が見る見る紅潮していく。構わずアリスターは続けた。
「貴様は言ったな。『欲しい物があるなら、正攻法で勝ち取れ』と。あの言葉は俺様の理念を完全に表し、そして俺様の背中を押してくれた」
ブリジットの瞳が揺れる。唇をわなわと震わせながら、それでも彼女の目はアリスターから離れない。
「王女だからではない。魔術の才を有するからではない。ブリジットという一人の女を、俺様は欲しかったのだ!」
「~~っ……!」
唇を固く引き結ぶブリジット。顔を真っ赤に染めながら、やがて彼女は口を開き――、
「姫様ぁ~、もう無理ですぅ……!」
開いたブリジットの口からなにか発せられるより前に、その場に駆け込んできたエミリーの悲鳴が花園に響き渡った。
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