一章⑫
12
さて、とブリジットは自らを囲む男たちの様子を、頼りない月明かりのもと確認する。
暗がりのため表情までははっきりと窺えないが、その身なりは一様にみすぼらしいものだ。ほつれの目立つ衣類はひどく汚れ、生地本来の色合いすら分からない。短く刈られた坊主頭に痩せこけた頬という風体は、彼らが生活困窮者であること雄弁に物語っていた。
……だからといって追い剥ぎが許されるわけじゃないけど。
視界に入る限り武器を携帯しているのは背後の三人組のみだが、正面の五人組についても丸腰ではないだろう。まさか弓や槍を隠し持ってはいまいが、短剣程度は懐に忍ばせていると思ったほうがいい。
「……それで? 大人が揃いも揃って私になにか用? わざわざ小さな子に下手くそな演技までさせて。言っておくけど、お金なら持ってないわよ」
「金じゃあねえ」
正面に立つ男たちの一人が前に出て言った。体格に最も恵まれた彼は、この集団におけるまとめ役だろうか。
「お金じゃないならなにが……」
言いかけて、はっとする。なによりもまず確認すべきことがブリジットにはあった。
「……あなたたち、私が何者か分かっているのかしら?」
「おいおい! お前がどこの貴族だか知らねぇがな、家の名前を出されて俺らがビビるとでも思ってんのかぁ!?」
今度は背後から声が飛んできた。小者臭しか感じ取れないその声に、ブリジットはそっと安堵する。少なくとも彼らはブリジットが王女であるがゆえに狙ってきたわけではないらしい。
しかしそれなら、彼らの目的はなんだというのか。
「その制服、王立魔術学院のものだな」
先ほどのまとめ役が再び答えた。
「それがなに?」
「つまりお前は魔術師……少なくともその素質があるってことだ」
「当たり前のことを言わないでくれない? 時間の無駄だわ」
まとめ役の男は「ちっ」と舌打ちをし、唾を吐き捨てた。
「生意気なガキだな。俺たちは、お前みたいな勘違い魔術師をぶちのめす正義の集団だよ」
「……どこから問い質せばいいのかしら」
頭痛を覚え、ブリジットはこめかみを抑える。意味不明の言説を宣う謎の集団に対して、そろそろ苛立ちが我慢の限界を超えそうだった。
「お前、俺たちを見た瞬間、見下したろ? 薄汚いやつらだって。なあ? 何様だお前は」
「私の感情を勝手に想像しておいて、勝手に怒らないでほしいのだけど」
「なあ。お前と俺たち、なにが違うってんだよ。魔術師様ってのはそんなに偉いのか? 魔術が使えるってだけで立派な服を着られて、毎日腹一杯に飯が食えて、暖かい寝床が確保される。その一方で俺たちはこんなクソみたいな暮らしを強いられている。なんだよこれ。おかしいだろ。お前も俺たちも同じ人間だろうが!」
「……」
ブリジットは答えない。答える必要も、意味もないと思ったからだ。この男と問答する一秒が、徒労に思えて仕方なかった。
本当に、心の底から、どうでもよかったのだ。
「魔術師様は優遇されて当然で、それ以外の人間は底辺を這いずり回れってか? おかしいだろそんな世の中。だから俺たちがこうして是正してやってるんだよ」
「是正? まだ学生でしかない、こんないたいけな女の子を集団で襲うことが?」
「安心しな。命まで取りはしねえよ。ちょっとばかし痛い目に合ってもらって、有り金いただくだけだ」
え、結局お金も取るの? ご立派なお題目はどこに?
呆気に取られるブリジットを余所に男たちがじりじりと距離を詰めてくる。その手にはいつの間にか棍棒のような物が握られていた。
あんなもので殴られれば簡単に命を落としそうなものだが、きっと男たちはそんなことお構いなしに棍棒を振るってくるに違いない。
「……はぁ」
ため息が漏れた。男たちの主義主張には、多少の同情も覚えないではない。この国の魔術師至上主義には、ブリジットも嫌気が差すときがある。
だがそれでもなお、彼らに対してどうしようもないほどに苛立つ理由を、ブリジットは理解していた。
入学式という晴れ舞台をふいにしてくれたアリスター・ドネアなる不敬な男の存在。そんな男に食堂で論破されたこと。そして母から告げられた決別の言葉。それら今日一日あった出来事に、とにかくブリジットはムカついていたのだ。
その苛立ちを、目の前で理不尽な暴力を振るわんとしている男たちにぶつける。
「――とりあえず、燃えて」
刹那。
男たちの握る棍棒が炎に包まれた。暗がりの中迸った火明かりにそれまで不確かだった男たちの顔がはっきりと見て取れたが、特段思うこともない。
「熱っ……!? な、なんだこりゃあ……!」
男たちが悲鳴を上げながら棍棒を手放す。地面に打ち捨てられてなお火の手は収まることなく、棍棒を燃やし続けていた。
「なにって、自分で言ったじゃない。これがあたしとあんた達との、明確な違い――魔術」
「なんっ……!?」
混乱と恐怖。それらの感情に支配された男たちに、ブリジットは言う。
「それじゃあ今度は、あたしがあんた達を是正する番よね?」
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