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一章①

1

 アリスター・ドネアの朝は早い。

 日が昇り、小鳥のさえずりが聞こえる頃には起床し、朝食の支度に入る。アパートメントの壁は薄く、隣人のいびきはおろか王都の雑踏すら耳に入ってくるが、もはや慣れたものだ。

 薄く切ったライ麦パンを主食に、鮮度の落ちた生野菜をボウルに盛り付ける。記念日である今日はさらに目玉焼きを添える奮発ぶりだ。

 それら二人前の朝食を食卓に並べたところで、いまだ寝室から出てこない同居人へと声を掛けた。

「さあ起きろメディ。飯の時間だ」

 返事はない。窓枠に飛んできた小鳥だけがチチチと鳴いた。パンをひとかけら放る。

「おいメディ」

 寝室へ入ると、同居人たるメディ――メディア・スターは寝間着姿のままベッド上で膝を抱えるように座っていた。 

「起きてるじゃないか」

「……まだ寝てる」

「寝ててもいいから起きろ」

 メディの両脇に手を差し込み、その小柄で華奢な身体を持ち上げる。そのままベッドから強制的に引き離すと、食卓すぐそばまで運び、床へと着地させる。

 長身のアリスターと並び立つと、頭二つ分ほどの身長差がそこにはあった。

 寝癖のついた長い銀髪は絹のごとき艶やかさを備え、窓から注ぐ日光を浴びキラキラと輝いて見える。肌は雪のように白く、どれほど間近で見てもシミ一つない。小さな顔に浮かぶ真紅の瞳は見る者を無条件で魅了する宝石のようだ。

 外見年齢は十三、四歳といったところ。アリスターが物心ついた頃――十数年前から一切変わらぬその姿に、彼は言い知れない安心感を覚えるのだった。

「目玉焼きがある……!」

 それまで寝惚け眼だったメディアの瞳に光が差した。

「なにせ記念日だからな、今日は」

「……目玉焼き記念日?」

「惜しいな。俺の入学記念だ」

 メディアを食卓に着かせ、ようやくアリスターも着席する。まずシナシナのレタスにフォークを伸ばし、次に固くなったライ麦パンを一口かじる。

「ふぉいひぃわ」

 その間に目玉焼きとパンを平らげたメディアが、頬を膨らませながら感想を述べた。

「そいつはなにより。次は野菜の感想を頼む」

「……ごちそうさまでした」

「おい」

 目を伏せ、そっとフォークを置くメディアにアリスターはすかさず口をはさんだ。

「野菜を食べろ野菜を。シナシナだが、これも立派な野菜だぞ」

「ひょっとしてアリー、あたしが野菜嫌いだと思ってる?」

「思っているというか、知っているというか」

「それは誤解。あたしだってシャキシャキのレタスなら喜んで食べたのに。あぁ、このレタスがシャキシャキさえしていれば……」

 両手を胸の前で組み、大袈裟に天を仰ぐメディア。そんな彼女をアリスターはじっと見つめる。

 ただひたすら、じっと見つめ続ける。やがてメディアは口を開き、

「そ、そもそもあたしはべつに食事で栄養を摂る必要なんてないんだし」

「一瞬でパンと目玉焼きを食ったやつの台詞じゃないな。いいから食え」

「む、むぅ~……」

 恨みがましい目を向けてきながら、もそもそとレタスを食べるメディアだった。


 朝食を終え、食器類の片づけまですませ、アリスターは制服へと着替えた。アパートメントには食卓のあるキッチンと寝室、あとはトイレ付のバスルームしかないため、もちろんメディアに着替え姿を見られているわけだが、いまさらそんなことを気にするはずもない。

 育ての親に裸を見られて、恥ずかしがるわけがないのだから。

「どうだ?」

 白を基調とした上着に、下は格子柄のズボン。上着の胸元に輝く金細工は校章を模したものだ。その王立魔術学院の制服に身を包んだアリスターに、メディアは一言、答える。

「よく似合ってる」

「俺もそう思う」

 長い手足。鍛え上げられた厚い胸板。短いながら艶のある黒髪。そしてなにより端整かつ精悍な顔立ちをしている――と自負するアリスターに、この制服は恐ろしいまでに似合っていた。もはや俺のために設計されたのでは? と真剣に考えるほどだった。

「顔がにやけてる」

 メディアに指摘され、顔とついでに気を引き締める。そうだ、これから俺は遊びに行くわけではない。勝ち取りに行くのだ。

 絶対に達成しなくてはならない目的のために。

「……すこし心配」

 メディアがぽつりと呟いた。

「心配など、なにをする必要がある」

「アリーが、他の生徒たちにいじめられないか、とか」

「ふははっ。ありえんな」

「アリーが、他の生徒たちをいじめたりしないか、とか」

「それは……ありえるな」

 基本的には寛容なアリスターだが、彼の中には一つ、どうしても譲れない信念がある。もしもその信念を踏みにじる輩がいれば、きっと看過できないだろう。

「ほら」

「だが安心しろメディ。他の生徒とは、すなわち近い将来俺の配下となるかもしれない人材たちだ。未来の配下をぶち殺したりはせん」

「殺す心配まではしてなかったんだけど……」

 鞄を手に、玄関へと向かう。その背中にメディアの声が掛かる。

「お守りは絶対に外さないように」

「分かってるさ」

 振り返りながら、アリスターは右手を眼前へと掲げる。親指を除く四本の指それぞれに、赤、青、緑、黄色の小さな宝石が埋め込まれた指輪がはめられていた。

 その右手を握り締め、彼は言う。

「魔女様から頂戴した免許皆伝の証だからな。たとえ右手を斬り落とされようと、手放しはしない」

「そうならないためのお守りなんだけど」

 玄関を開ける。それまで薄い壁越しに聞こえていた雑踏がより大きくなった。

「行ってくる」


ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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