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「お嬢様、旦那様がお帰りになりました」
執事のトーマスがセイラの傍までくると、小声で耳打ちした。
トーマスはちらりとロベルトの足元に視線をずらすと
「ルドー侯爵には私も立ち会うことになった。そのようにお伝え願えるか?」
ロベルトの声に驚いたようにセイラの顔を覗き込み確認をする。
「トーマス。どうしてだかそんなことになってしまったのよ。
悪いけどお父様をこちらに呼んでもらえるかしら?」
セイラはあきれたように苦笑いをし、肩をすくめる。
「かしこまりました」
執事はすぐに玄関へと向かった。
しばらくして応接室にセイラの父親であるルドー侯爵が現れた。
執事から話があったため、部屋に入るなりロベルトへ手を伸ばし
「これはこれは、よくおいで下さいました。
本日は娘と一緒ということで、うちの娘が何か粗相でもしましたでしょうか?
本当に落ち着きのない娘でして、申し訳ありません」
笑顔を作りながらも腹の中ではロベルトに対して訝しさを持っていた。
「侯爵、突然の訪問をお許しいただきたい。
実は本日出先でご令嬢とお会いしましてね。そこで少し困ったことが・・・」
「お父様。今日、レインハルド様のところで具合の悪くなった私を、ここまで送ってくださいましたの。まずはお礼を申しあげてください」
「なに?それは申し訳ないことをいたしました。
お礼が遅くなりましたが。娘がご迷惑をおかけいたしました。ありがとうございました」
侯爵は深々と頭を下げる。
「侯爵、どうか頭をお上げください。私は紳士として当然のことをしたまでです」
ロベルトは侯爵の肩に手を置き姿勢を正させる。
「お父様、実はロベルト様のおっしゃる通り少し困ったことが起きましたの。
まずは座って話をさせてください」
三人はその場に座り、先ほどの事の顛末を話してきかせた。
話を聞き終わると眉間にしわを寄せ、目を閉じ、腕組みをしたまま黙り込む侯爵。
「お父様。私が不甲斐ないばかりにこんなことになって、ごめんなさい」
「いや、お前のせいではないよ。そうだろう?」
セイラは父親の隣でうつむき黙り込むしかなかった。
「第三者の目線から見ても、セイラ嬢は何一つ悪くないと誓って言えます。
咎は完全にあの二人にあるのです。慰謝料を請求することも可能かと。
もし何かあれば、私が証人になりましょう」
「ロベルト様のお心遣いには感謝いたします。あなた様のような方が味方についていただければ、それはもう心強いものがありますが・・・
しかし今はまだ先方からの動きがありませんしなぁ。
なあ、セイラ。お前はどうしたい?私はお前の幸せだけが大事だ。正直に言っておくれ」
「お父様、私はこの婚約の解消を望んでおります」
ロベルトはセイラの言葉に驚き、ガタンと椅子を傾け勢いよく立ち上がる
「そんな。それではあなたはどうなるのです?こんなバカげたことを許すつもりなのか?」
ロベルトの怒りにも、セイラは冷静だった。
全て理解し、わかった上での決断だったから。
「ロベルト様。私の代わりに怒っていただけるのはありがたいのですが、わたくし個人の感情だけではなく、家同士の関係もあります。
破棄などではなく、解消がお互いの為にも一番良い方法だと思うのです」
「あなたは何もわかっていない。婚約の破棄だろうが解消だろうが、女性にとっては傷にしかならない。今後社交界でのあなたの立場が危うくなるのですよ。
これからの婚姻に関する条件も悪くなる。それでも良いのですか?」
ロベルトの言葉はもっともだ。でも、そんな事を超えてもセイラは受け入れたかったのだ。
これから先、自分がどんなにみじめな立場になったとしても、どんな苦境に立たされたとしても。
それほどまでに、レインハルドを愛していたから・・・




