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ブルが死んだ夜の内に旅の準備が開始された。
明朝に出発するのが理想であったが馬や荷馬車が確保出来ず、村を出るのは更に次の朝となる。
シヌシヌの疲労も限界、ちょうどよかったのかもしれない。
状況を理解したズンズン達は絶望に叩き落とされた。
この先の人生に自由はない。
シヌシヌに生殺与奪の権を握られ、その命令には従わなければならない。
問答無用で故郷を離れる決定を下され、今後は下僕としての生活が待っている。
旅の準備に追われ、考えこむ暇はない。
しかしズンズン達の目は沈んでいる。
シヌシヌはその様子を見て一瞬、可哀想に思った。
わざわざごろつきを選んで罠に嵌めた訳だが、こんな目にあう程の悪党だろうか?
が、思い直した。
――決めたんだ。目的のためなら手段は選ばない。
ネコの顎髭に囚われていた時、人としての尊厳などなかった。
ぼぼ裸の状態で飾り付けられ、獣の顔の下で只々ブラブラと揺れる日々。
汚れ森の奥には青い樹液の溜まった泉がある。
いまだ人類の発見していない木の樹液、名はない。
ネコはそこで水浴びをする。
森全体に漂う刺激臭。
その元となる臭いを放つネットリとした泉に無造作に突っ込まれ、目鼻の激痛に耐える。
ネコに囚われた人間の唯一の栄養源がこれ。
生き残るためには青い樹液を摂取しなければならないが、困った事があった。
数日に一回の樹液摂取の後は決まって倦怠感、無力感に襲われる。
青い樹液にはそういう効果効能があるのだろう。
生きるために摂る樹液によって、生きる気力が削られていく……シヌシヌは危機感を感じていた。
――どんな手を使ってでもあいつらを、それに……
死んだ顔のカコに目をやる。
恨みだけでシヌシヌはこの境遇を我慢した。
「あいつら、連れていくんですね。これでここら辺も平和になると思います」
時は夜、場所は村唯一の酒場、前夜と違って静か、客はシヌシヌ一人だ。
チィコの父親、酒場の主人がシヌシヌに穏やかに話しかける。
「あいつらに何を言ったんです?あんなごろつき共が……お客さんに黙って従ってるし、様子も変だ」
「普通の交渉ですよ。頼んだだけです」
主人は一瞬釈然としない表情を見せたが自分を納得させるように、うんと頷いた。
「あいつらが素直に従うなんて不思議でしたが……お客さん相手ならなんとなく分かるような気がします。なんていうか……お客さんは普通じゃない」
シヌシヌは苦笑い。
「あ、別に変な意味ではないんです。肌の色とかそういう事でもない。普通じゃない凄みというか……強い意志みたいなものを感じるというか……。勘違いですかね?」
「ははは……勘違いですね」
「でもあいつらで役に立てますかね? あいつらは所詮小悪党。田舎で威張ってるのがお似合いの連中ですよ」
「大丈夫、彼らはきっと役に立ちますよ」
「立つわけないわよ」
チィコが口を挟む。
「そんな事ない。あの広く名の轟く刹那爆散隊だよ、きっと役に立つよ」
シヌシヌはにやけながら答える。
季節は冬ではないが外は底冷えする寒さ、夜は静かに更けていった。
「やり残した事は?」
朝、出発直前、シヌシヌは爆散隊に尋ねた。
ズンズンが答える。
「いや……ないです。俺は……ダチがいればなんだって出来ると思ってた、刹那爆散隊は最強だって。でもブルは裏切った。これは事実だから……。これで良かったんだと思います、へへ」
「そうか。じゃあ行こう」
出発である。