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北方の村クトゥヌムル、辺境のど田舎ではあるが一軒だけ酒場がある。
ど田舎の飲み屋である。
若者向けのバカ騒ぎもいかがわしいサービスもない。
本来なら健全な村人達の憩いの場だ。
そんな酒場においてゲハゲハ下品な笑い声を上げ、貧しい村の貴重な食料を食い散らかす一行がいた。
彼らは通称、宵闇櫻會。
クトゥヌムルの自治管理防衛を任された者達だ。
真っ昼間から酒を呷る宵闇櫻會。
自治管理防衛はどうした、と思われるかもしれないが心配ご無用。
彼らのすべき事は特にない。
元々は平和な村。
揉め事といえば専ら、地元の不良であった宵闇櫻會自身が起こす物ばかり。
貧しい村は外敵に狙われる事も少なく、村周辺に居着くモンスター達とも長年の経験から上手く付き合う術を身に付けていた。
村は細々ながらもしっかりと自立出来ていたはずだった。
中央政権にとって辺境の取るに足らない土地であるクトゥヌムル、しかし形だけでも管理はしなければならない。
そこで村の腕自慢の出番。
中央政権は宵闇櫻會に自治防衛を業務委託、要は丸投げした訳である。
村のならず者が国の後ろ楯を得たのだから当然、やりたい放題となる。
この日も働き者の農夫エスエルをいじめ飽きた後、いつものように村唯一の酒場になだれ込んだ次第。
「昨日の夜は激しかったな。思い出しただけでイキそうだ。お前もだろ?今夜も可愛がってやるよ」
細身の体格に幼さの残る顔立ち、髪を半分剃りあげた上から歪なタトゥーを入れたリーダー格のテオが酒場の娘にニヤニヤと話しかけ、ボロンと出して見せた。
娘エリーンは沈んだ目で愛想笑いを返す。
エリーンは酒場の看板娘、はじけるような笑顔が魅力の女性だった。
しかし最近はその笑顔がめっきりと影を潜めている。
テオはボロンと出したままお構いなしにエリーンに絡んだ。
一行はキャッキャキャッキャと騒ぎ、実に楽しそう。
「あの……すみません」
突然、男がテオとエリーンの間に割って入るように声をかけてきた。
自分達以外の唯一の客。
見た事のない顔の余所者である。
興を削がれた気分になったテオはいきなり男をぶん殴った。
自治管理防衛の権限を拡大解釈した宵闇櫻會はこんな事も平気でやってしまう。
男は簡単に吹っ飛びテーブルに腰を打ち付け呻いた。
床に転がる男を見て、宵闇櫻會の仲間が笑う。
テオはそれに気分を良くし、飲み直す事に。
再度エリーンを捕まえセクハラを再開した。
するとテオに近づく影、またあの男だ。
テオのパンチはしっかり効いているようで、膝をカクカクさせながら歩み寄ってくる。
「違うんです。私はただ貴方達の仲間になりたくて」
何の冗談だ、とテオは思った。
男はガリガリのひょろひょろ、テオとて細身だが比べ物にならない位痩せている。
喧嘩自慢の宵闇櫻會に混ざるには違和感がある、青白い顔のシャバ僧である。
いや、というよりは……。
青白い顔というのは顔面蒼白、ひ弱な様子を表した慣用句である、本当に顔が青いわけではない。
しかし男の顔は実際にやや青みがかっている。
――不気味な野郎だ
テオはそう感じた。
こんなやつを仲間に入れるのはまっぴらごめんだ。
テオは男を再度殴り飛ばした、鼻血が散る。
「気持ち悪いな。てめえなんか入れるわけねえだろ、とっとと消えろ」
それでも男は起き上がった。
青白い顔に鼻血の赤が映えている。
「只とは言いません、これを」
男の手には青く干からびた何か、 が握られていた。
青ミイラ。
裏で高額取引される呪具の原料である。
「まだまだたくさんあります。仲間にしていただけるなら全て差し上げます」
――マジか……これは。
潮目が変わった、そういう事なら話は別である。
男はテオのパーティに加わった。
森の中の小屋に青ミイラは隠してあるという。
その日のうちに一行は森へ入り、男の案内で小屋の前に辿り着いた。
小屋に入ったテオは思わず
「おお……」
と声を出した。
小指の関節一つでも高額取引されるミイラが、実に五体分。
青ミイラと同じく呪具に利用される青骨もある。
これを全て売り捌けば、しけた田舎とはおさらば。
都会で悠々自適に暮らせる。
テオは丸々、人の形を残したミイラに触れ息を漏らした。
今後の生活を思うと顔がにやけてしまう。
――金が入ったらどこに住もうか……大都市のシュポリか、酒が旨いグルフォル……。そうだ!エリーンも連れていこう。こんだけあればアイツだって大喜びで付いてくるはず。
テオは青白い顔の男に目をやる。
病的に痩せて身なりも悪い、気味が悪い。
ミイラさえ手に入ればもはや用済みだ。
テオはニヤニヤしながら男に感謝を伝えた。
「おう新入りご苦労だったな。この恩は一生忘れないよ。で、お前もういらない。短い間だったけどありがとう、じゃあな」
「わかりました。さようなら」
男が文句をつけてきたら、またぶん殴って黙らせるつもりだったテオ。
しかし男の予想外の返答に違和感を覚える。
二発ぶん殴られても、こんな高価な物を差し出してまでも仲間に入りたがったこの男、やけにあっさりしすぎているではないか。
違和感に気付かない仲間、フェニックスのへらへらした声が小屋に響く。
「ひっひっひ。おいおいテオ、酷いなあ。流石に可哀想じゃ――」
フェニックスが膝をついた。
胸を押さえ顔をゆでダコのように真っ赤にして、苦しそうに息をしている。
「おい、大丈夫か!?」
隣で仲間の一人ガイムが倒れた。
泡を吹き、全身が痙攣している。
呆気にとられ仲間を見つめていたその時、テオの心臓がビクンと脈打った。
同時に刺されたような痛みがテオの胸を襲う。
テオもまた胸を押さえうずくまった。
――声が出ない……誰か助けてくれ……
願いを込めて顔を上げる。
その目線の先には青白い男がいた。
男は目を輝かせ、興奮の眼差しをテオに向けている。
――こいつ……
テオの鼻の下を液体が流れる感触があった。
それが汗なのか血液なのか、確認する余裕もなくテオの意識は切れた。
宵闇櫻會の全滅を確認し、男は感動に打ち震えた。
実験を成功させた子供のごとく、高ぶりを抑えられないでいる。
この青白い男の名はシヌシヌ、この話の主人公である。