守るべきもの、見るべきもの
―――十年前
「―――ねぇ、君、名前はなんて言うの?」
誰に話しかけているんだ?
目の前が真っ白で、何も見えやしない。誰かそこにいるのか?
「ねぇってば、どうして目をつむったままなの?」
目をつむったままなら、眠っているんじゃないのか?
そっとしておいてやればいいのに、こいつはどうしてそんな奴に構ってるんだ?
「やめなさい、エマ。
その子は目が見えないんだ」
目が見えないのか...どこかで聞いたことのある話だな。
それよりも、こいつの名前エマって言ったのか?
「え、そうだったの!?
ごめんなさいね」
その瞬間、手を握られる感覚があった。
そして申し訳なさそうな少女の声が、耳を伝って聞こえてくる。
「ハベル。僕はハベルって名前だよ」
―――ああ、これ、俺が初めてエマに出会った日のことだ。
~~~~~~~~~~~~
それから数日が経って、エマはよく家に遊びに来るようになった。六歳の時に養子に取ってくれたステラ夫妻のお家だ。
彼女がいる時、僕(俺)はもっぱら話を聞いているだけで、あれやこれやと常に話し続けるエマの隣に座っていることが多かった。
それまで目が見えない事で、人に避けられていた俺は話し相手ができたことが、心底嬉しくて、その時間がこの上なく幸せだった。
今まで一度もできたことがなかった友達が、初めてできた瞬間だった。ステラ夫妻を除いたら、唯一僕に優しくしてくれる存在になった。
僕は、彼女のおかげで目の見えない自分を卑下することなく、特別なんだ、と思えるようになった。
気が付けば一年、二年と時は過ぎていき、僕が八歳の誕生日を迎えた時、奇跡が起きた。僕はもちろん、ステラ夫妻も飛び上がって喜んだことだ。その日、突然に目が見えるようになったのだ。
真っ白い瞳に変わりはないが、ハッキリとものが見えるようになった。
目が見えるようになって、初めて見たのはその日も家に来て、いつものように隣で話していたエマの顔だった。
その時の彼女の顔は、いや瞳は輝いていて、僕は彼女のことを好きになった。
俺は、ずっと隣にいてくれたエマのことを好きになった。それは必然だったのかもしれない。目が見えるようにならなくても、俺はいつかエマに好意を寄せていた...というか既に好きだったかもしれない。
それから九年が経ち、俺たちが高校に上がる年に、付き合うことになった。でも、俺らの関係は何も変わらない。いつも隣に座って、笑顔で話すエマの顔を見ながら、幸せな時間を過ごすだけ。ならなぜ付き合ったのかって?
その日、初めてキスをしたからさ、だから俺らは親友ではなく、恋人になった。
俺は、この笑顔があれば生きていける。
何に変えても、この笑顔を守るために生きると子供ながらに決意したんだ。かけがえのない、この笑顔を―――
~~~~~~~~~~~~~
―――燃え盛る炎、視界を遮る煙や煤に、息の詰まる空気。
俺は、いつこんな場所に来たんだろうか?
...いや、そんなことはどうでもいい、エマを探さなくちゃいけないんだった。そう、エマを見つけなくちゃいけない。
あれ、違うな。少しすれば、エマに会えるんだ。
...ほら、あそこにいる。すぐそこにエマが立っている。こちらを向いている。
俺は近づこうとして、その間に水があることに気がつく。
俺はかまわず進もうとするけれど、水たまりは進むにつれどんどんと深くなっていく。
早くエマに会いたいのに、水たまりの中央あたりまで来たら胸辺りまでの高さになってしまった。
とうとう歩けなくなり、俺は泳ぎ始める。流れもなく、抵抗のない水を泳いでいるから、すいすいと進む。
だが、おかしなことに距離が近づいていなかった。進めど進めど、泳いでいるうちはエマとの距離が全く近づいていない。
「え、エマっ!こっちだ、気が付いてるんだろ?」
俺は、とうとう堪えられなくて声をあげる。いくら足掻いても、あっちにつけなそうだったからだ。
しかし、エマはこちらを向いているのに、近づいてこない。
それどころか、その顔はなんの表情も浮かんでなかった。無感情な瞳で、水に浮く俺をただ見つめるばかり。
―――ボウッ!!
突然、エマの体が燃え上がる。火の勢いは止まらず、むしろどんどんと激しさを増し、あっという間にエマを灰にしてしまった。
「...どうして、みんな死んじまうんだ」
あの時だってそうだ。
生まれつき目の見えない俺を養子にしてくれたステラ夫妻も、二年前に死んでしまった。
エマは、死んだのか?
俺は、また大切な人を失ってしまったんだな。
もう、俺にどうしろっていうんだ。俺が何をしたっていうんだ。
俺は誰かと関わることを許されないのか?
なぜ?
わけが分からないよ。
誰か、助けてくれ―――
「―――っっ!」
なにかに引っ張られる感覚がした瞬間、突然に暗闇は明け、目の前にはどこかで見たような木々と雪の景色が入り込んでくる。
(...いや、ここはあの雪山だな)
どこかで見たような、なんて冗談じゃない。ここは怪物どもが徘徊し、そして俺が生きている場所だ。さっきのが夢で、ここが現実。
いつの間にか寝てしまっていたみたいだ。
(...俺は何を見ていたんだ?)
いるはずもないエマが現れて、それで目の前で燃えて消えてしまった。それに、昔のことも思い出した。昔の...目が見えなかった頃の記憶。
ここ最近のショックのせいか、ともかくあまり見ていて気持ちのいいものではなかった。あの頃のことは、乗り越えられたはずだったんだけど、どうしてか今思い出すと怖いと思ってしまう。
目が見えることに慣れたからだろうか?
『...起きたか』
「っ!?」
俺は、突然に聞こえてきた声にビックリして飛び上がってしまう。声の主は、巨大な狼。いや、銀狼か。
大丈夫だ、ちゃんと覚えている。この狼は、元々瀕死の状態だったのを、俺が持っていたリジルで回復したんだ。あの時は、俺も体がズタボロ...
「...あれ?治って、る?」
ふと目線を下ろすと、折れていたはずの腕が元通りの形になっていた。それに、めまいも痺れも痛みもなくなっている。
傷が、いつの間にか完治していた。どおりで体が軽くなったように感じたわけだ。勝手に治るような傷でもなかったし、寝ている間に、誰かが治してくれたんだろう...まあ誰か、なんてこの場には一匹しかいないんだけども。
「...もしかしなくても、銀狼が俺の傷を治してくれたんだよね?」
『ああ、無事に治って何よりだ』
銀狼は、腹を地面につけて座っており、非常にリラックスしているように見える。洞窟の中だから、外敵に突然会う心配もなさそうだし、それが理由だろう。まあ、当然ながら全くの無警戒という訳でもなさそうで、常に洞窟の入り口を警戒している。
「どうやったの?」
寝転んだ体勢から上体を起こして座る。その際、妙に体を起こすのが重くて、何かと思ったら、体の上に何かの毛皮が乗っかっていた。全く意識していなかったので、気が付かなかったが、そういえば全く寒いと感じなかったのは、これのおかげだろう。
俺が快適に眠れるように、これも銀狼がしてくれた計らいだろう、感謝してもしきれないな。
毛のついたモコモコな面は手触りが悪くザラザラを超えて、もはや棘のような質感で、毛のないツルツルな面は火で炙ってあるのか、所々焦げている。あと程よく大きい、俺の体をスッポリ包めるくらいの大きさだ。
『リジルは、覚えているな?』
「うん」
首を縦に振る。リジルっていうのは、俺が倒したサテュロスの遺体から出来た謎の物体のことだろう。意識を失う前に銀狼が言っていたのを覚えている。
『それを使った。サテュロスのは、体を治す効能がある』
「うーん、そもそもサテュロスが死ぬとリジルができるのは、なんでなの?」
申し訳ないけれど、ここに来てからというもの分からないことだらけだ。
銀狼には教えてもらえるうちに、色々と教えてもらいたい。
『サテュロス、というよりもモストロ全体がそうなのだが、奴らは死ぬと、外界との接触を断つ器官の活動が停止し、それまで一切外界と触れていなかった部分が空気に反応し、リジルが生まれる。
そしてお前も知っている通り、リジルは生物が口にすると様々な効果を発揮する。その効果は様々で、今回でいうならばサテュロスのリジルは肉体の機能を活性化させる効果がある』
「なるほどね、ありがと」
『礼には及ばん、お前には命を救われたのだからな』
そう言いながら大あくびをした銀狼の毛がそよそよと揺らいでいる。この洞窟は入り口が広いので、中に風が通ってきやすいみたいだ。毛皮をかぶっていない所に、冷たい風があたりブルッと震える。
入り口を見れば、ちょうど俺が目指すべき大樹が見える。
「これからの事なんだけどさ、俺はあそこに見えるあの大樹に行かないといけないんだ』
俺はポツリと言葉を漏らすように、話しはじめる。銀狼のおかげで体が治ったのだし、いつまでもここで休んでいるわけにはいかない。
エマを関する情報を掴むために、俺は一刻も早くあそこにたどり着かなくちゃならない。
『ほぉ、なぜあんなところを目指している?』
銀狼は、入り口から目を離し、俺の瞳をまっすぐに見ながら言葉を返す。
俺も目をまっすぐと見返して、言葉を返す。
「俺にとって掛け替えのない人を見つけるため、だよ」
『...ふむ、だがあの大樹は、この雪山の麓から最低でも数千ヒエロ(㎞と同義)は離れているぞ。
歩いていけるような距離でもないだろう、どうやって行くつもりだ?』
銀狼は、極めて冷静に話す。
「分かってるけど、それでも仕方ないさ。
歩く他にあそこまで行く方法がないんだもの」
俺は痛いところをつかれて、まっすぐと見ていた目をそらしてしまう。
『そうか、ならば私が連れて行ってやろう』
「いいの?」
『私にとっては、そう大した距離じゃないからな』
「あ、ありがとう、本当に」
『私は、お前に出会わなければ死んでいたのだ。
...そういえば、名前をまだ聞いていなかったな』
「あ、そうだった。名前は、ハベル・ペルセウス=ぺネレウスだよ」
『では参ろう、ハベルよ』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それからしばらく経った。
銀狼は言っていた通りに、俺を背中に乗せて走ってくれている。大分進んではいるはずだが、今も相変わらず周りは木ばかりで、周りの景色に大した変わりはない...はず。
銀狼の走る速度が凄まじいせいで、周りの状況をよく把握できていないので、もしかしたら変わっている可能性もあるのかもしれない。走り始める時には、ソニックブームが発生して耳は遠くなり、周りを見れば景色は異常な速さで流れていく上に、それだけでも過剰な程に速かったのに、そこからグングンと走る速度がさらに上がっていって、今じゃもう飛んでいるじゃないかって錯覚するほどだ。ただ、それだけの速さで移動してたら、風圧で落ちそうになったり、生身の俺は呼吸がし辛くなったりするはずだろうに、どういう訳か何もなかった。身構えていたのが馬鹿らしいほどに、騎乗している俺は快適なだけだった。
おかしな話で、俺がやることといえば落ちないように銀狼の首にしがみついているくらい。それなのに軽く百キロ以上は出して走っている当の銀狼の顔は、ずっと涼しそうだ。きっと余裕なんだろう、もしこれが全速力ではないのなら、一体全力を出したらどれだけ速いんだろうか。
『...ふむ。そうだな。』
銀狼が呟くのが聞こえた。と思ったら、いつの間にか走るのをやめて止まっていた。そこで目に飛び込んできたのは、木の立たない地平線の見える広々とした丘陵地帯だった。
いよいよ森を抜けたようだ。
『もう半分くらいは来ただろう、ここらで休憩をしようか』
「え、―――うっそぉ...」
『クックックッ、とぼけた顔をしよって』
銀狼は俺の様子を見てケラケラと笑っている。
俺は、そんな反応をよそに、目前まで迫った大樹の姿に面食らっていた。銀狼が言っていたように、まだ大樹に着くには遠いが、それでもこの距離に来ただけでも、まるで目の前にしたかのような感覚に陥るほどにデカい。
相変わらず空に浮かぶ雲を突き抜けていて、俺の目の端から端までを埋め尽くすほどの太さを持っている。その姿は、まるで山のようで、縦にも横にも全長を見るには大きく首を振る必要がある、といえばどれだけ大きいか想像つくだろうか?
「はは...改めて、どれだけ大きいのか分かったよ」
『忘れていないか?
まだまだ大樹とは離れているのだぞ』
「そ、そっか」
やれやれ、本当に想像を絶する、とはこのことだな。改めて正真正銘、大樹の前に来た時、どれだけの大きさなのか分かるのだろう、きっとその時は全容を見る事なんて到底できない大きさなのだろう、それだけは分かる。
『それはそれとして、次に止まる時は大樹だ、お前も少し休んでおけ』
「うん」
銀狼は、そう言うとその場にとぐろを巻くようにして、丸くなって座る。俺もそれに続き、銀狼から降りてお腹に寄りかかる。そして銀狼に尋ねかける。
「ここに体重かけても大丈夫?」
『ああ、問題ない』
銀狼は、何も気にしていない様子でサラッと返答をする。
ただ乗っていただけなので、疲れてなんかいないが、銀狼は疲れているだろうし俺も気を遣わせないために休憩をする。
少しばかりため息をついて、体の力を抜く。銀狼には、かなり長い間、運んでもらったわけで道中は、さっきは言っていなかったが当然、移動するだけではなかった。途中で、サテュロスのようなモストロとの戦闘があったのだ。
なんでそれを初めに言わなかったのかって?なにせどの戦いにおいても、すぐに終わってしまうのだ。当然、銀狼が瞬殺するっていう意味だ。
銀狼曰く、サテュロスはモストロと呼ばれる生き物の一種らしく、上級、中級、下級の中での下級に位置する弱さらしい。あれで一番弱いとか、モストロがいかに強いのか、怪物なのか分かるのと同時に、それを羽虫を潰すが如く殺す銀狼がいかに強いのかが分かる。つくづく銀狼に会っていなければ、ここまで生きていられなかっただろう。
なにせ、この雪山には一番弱いサテュロスよりも、もっと強いやつがうじゃうじゃいる。たまたま遭遇しなかっただけで、もしかしたらサテュロスではなく、もっと強い奴に出くわして死んでいたかもしれない。そう思うと一瞬だけ運が良いのかとも思ったけれど、そもそもこんな場所に来たんだから運が悪いんだろう。
俺が必死になって倒したサテュロスだけれど、銀狼は、それより強い昆虫型のモストロを瞬きする間に、ペチャンコに潰して絶命させた。ちなみにそのモストロの名は〈タロ・イカロス〉と言って、サテュロスと同じ下級ではあるものの、その枠の中では最上位に位置しているため、サテュロスと比べると別格の強さなんだとか。簡単に言えば、サテュロス百体分くらいの強さくらいは、最低でもあるらしい。
同じ下級でも、雲泥の差があるいう訳だ。一体どういう基準で分けられているのか不思議に思って銀狼に聞いたら、大体は体の大きさと強さらしい。要するに体の大きいモストロは、それだけ強力な個体になるという。タロ・イカロスは、あのサイズにしては凄まじいほどの強さではあるけれど、中級の中には入れない、なぜなら小さいから。
だから、下級で比べればタロ・イカロスとサテュロスの力の差は凄いが、いかにタロ・イカロスが強くとも所詮は下級であり、中級と比べると恐竜と蟻並みに違ってくる。
俺からすれば、一番怖いのは銀狼からすればどちらも誤差の範囲だと認識されているっぽいところだ。
銀狼はモストロではないらしいが、もしもモストロの階級で分けるなら上級の最上位くらいには強いと断言していた。
銀狼がモストロではない、という話を聞いて、何がモストロで何がモストロじゃないのか、っていうのも聞いてみた。そしたらモストロとは、起源が違うのだという。
銀狼はこの世界で自然に生まれた存在であるのに対して、モストロは魂の歪んだ存在であるらしい。死した神の成れの果て、だとかなんとか。ともかく普通の生き物とは違う存在なんだそうだ。
その話の流れで銀狼が何なのか聞くと、色々と教えてもらえた。この世界で最も長寿な三大生物一角だとか、銀狼というのは、本当は種族名だということとか、戦闘に特化した種族であり、その毛皮は剣も矢も通さない事から、決して毛が汚れず永遠に輝く様から銀狼と名付けられたのだとか、極めつけは最長老の狼は、既に一万年以上も生きているらしく、その体長は、足を乗せただけで一つの大陸を沈めてしまうといわれるほどなんだとか。末恐ろしい話を聞いたもんだ、一万年も生きているだとか、乗っただけで大陸を沈めるだとか、にわかには信じがたい話だけど、それを話すのが、俺の言葉を理解して、俺の分かる言葉を話す狼なのだから、もしかしたらあり得るかもしれない、と思った。この世界のどこかしらに、そんな超次元な銀狼がいるのだ。
でもそうなると気になるのは、銀狼にあれだけの怪我を負わせた存在についてだ。そのことに関して聞いても『気にするな』というばかりで答えは返ってこなかったけれど、もしそんな銀狼を羽虫のごとく殺せる怪物が、今この雪山のどこかにいることを想像したら背筋が凍ってしまった。そんなのと出くわしでもしたら、命がいくつあっても足りる気がしない。
―――それこそ、俺が一人で頑張って強くなったところで、無意味な気がしてならない。
「...」
今の俺にできるのは、ただ目の前にある物事に真摯に向き合うことだけで、ここまで来れたのも、俺が相手をするはずだったモストロを銀狼が片付けてくれたおかげだ。俺は結局、何も変わっていない、こんなんじゃエマを助けるなんて夢のまた夢の話だ。
だから俺は、変わらなくちゃならない。それも劇的に。
夢で会った悪魔から刀を二振り貰ったが、それだけではこの世界を生き残ることは出来ないと、痛感した。ならばどうするのか、答えは血の付いたタオルで包みバックパックにしまってあるタロ・イカロスから出来たリジルだ。余談だが、血で包んでいる理由として、リジルの持つ一つの特性が関係している。リジルは人でも動物でもなんでもいいけれど、とにかく血に由来する何かがなければ触ることはできないらしい。そしてそれは、奴らが呼吸を必要としていない事に関係している。銀狼の話を聞いていて、よく分からなかったが、それが血でしか触れれない主な理由であるらしい。死ぬまでは体に空気が入らない仕組みになっていて、死後に膜の役割を担っていた器官が活動を停止させると、空気と血液が混ざり合い強烈な爆発と共に結晶化してリジルが生まれる。
話を戻そう。
前にも話したが、リジルには生物に様々な作用を及ぼす効果がある。サテュロスは肉体の活性化だったが、これには肉体強度の限界突破の作用がある。端的に言うと、筋肉量や骨強度、神経、五感といった、本来の人体機能の限界を超えることができるようになる。それも、あくまで自然に。決して改造だとか、薬による疑似的なものなどではなく、元々それだけの機能があったかのように進化することができるのだ。
この世界の生物たちが、俺のいた地球の生物と違って格別に強力な力を持っているのも、それが理由だ。
この世界で生き残るには、それを摂取するのは当たり前のことだと認識されているみたいだ。いうなれば、ここではご飯の中の一種...いや全然違うか?まあ何でもいい。それだけこの世界では当たり前のものなのだ。
だが、そのことを知る人間は、あまりいない。この世界を生きる人間は、地球にいる人間と全く一緒の肉体強度なので、モストロ相手には逃亡ばかりしていて、立ち向かうものは限られている。その中でもモストロを殺し、しかもリジルを食すなんて考えに至った人間は、極々少数なのだ。
そもそも何億といるモストロの数に対して人間の数は半分にも満たない。この世界での人間は完全に捕食される側なのだ。そりゃあいくら探しても人に出会えない訳だ。
しかし、銀狼は言っていた。俺はその話のおかげで、エマを見つけることをあきらめずにいれた。俺もこの世界で生き残れるほどに強くなれる、という希望を抱かせてくれた。
この世界には、モストロを殺し、リジルを食した、限られた中に、とんでもない人間が存在するのだ。普通の人間として生まれたのにも関わらず、究極の力である魔法を手に入れ、モストロなど相手にもならない強さを手に入れた、この世界で最も強いとされる人間が、一人だけ存在する。
もちろん俺がどれだけ頑張っても、そこまでの強さは手に入らないだろうし、モストロを倒せるようになるのにも、相当な努力が必要だろう。だが、強くなることはできる、と分かっていることが何よりもありがたい。
「ねえ、銀狼。
俺が強くなりたいって言ったら、手伝ってくれる?」
少し悩んだのちに、そう尋ねる。すると、もぞもぞと銀狼が動き
『いくらでも手伝おう』
何も迷うことなく、ハッキリと、そう答えてくれた。
「ありがとう」
ここでの休憩が終わり、移動を再開すれば次には大樹に着く。
その時の俺は強くなっているはずだ。
―――あ、そうそう。
その最強の人は畏敬の念も込められて、こう呼ばれている。
デモンズロード、って。