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下書き  作者: ノットビーレディ
6/12

銀狼

突如として現れた紫色の球体。プラズマのようなものが発生していて、球の表面を稲妻が走っている。

「次から次へと...」

そろそろ頭がパンクしそうだ。そもそも羊野郎が出てきたあたりから既に許容範囲外であったのに、これはもうどうやったってキャパオーバーだ。

静寂の中で、それに手で触れられるところまで近づいた。目の前にしてみると、その形がよくわかる。

「凄く綺麗だな」

紫の球体は、半透明で透き通って見える。まるでガラスのような見た目をしており、触れれば割れてしまいそうだ。

「触っても、大丈夫なんだろうか?」

中心には核があり、その中で何かが蠢いている。その周りを透き通った紫色のガラスのようなものが覆っていて、またその球体の表面を紫の稲妻がさっきから引っ切り無しに走っている。

見た目は真珠のような感じ。

手で触れようとすると、肌でヒシヒシと感じる程に強力なエネルギーを感じる。

見た目はどう見たって安全な物には見えないけど...これを放っておいて、この場を去るのは、あまり良くない気がするのだ。

おかしな話だけれど、この球体は俺の役に立つと思うんだ。そんな気がする。

俺は、よく考えた後に恐る恐る手を伸ばし、球体に触れる。

「ん?」

球体に触れる。

すると、まず不思議だったのは手の上に乗っているのに、なぜだか触っている感触がないこと。手のひらには触れずに、その上でふわふわと浮いているような感覚だ。でも目で見ると明らかに手の平に触れているし、何なら少しめり込んでいるようにも見える。走っている稲妻も手に当たっているが、何の痛みもない。

ひとまず害にはならなそうなので、一安心。

「...」

しかしそう思ったのも束の間、どういう訳かずっと触れていると、どうしようもなく食べたくなる(......)衝動に駆られた。

(...知らない間に腹が減っていたのか?こんなものを食べたくなるなんて)

さすがにこんな得体のしれないものを食べるわけにもいかないので、取れかけていた袖をちぎって球体をそれに包んでバックパックにしまってしまう。俺の血がついていて汚いが、バックパックの中は既にグチャグチャになっているし、いまさら清潔感もクソもないので気にしないことにした。

それから手を離した途端、妙な空腹感はすぐに収まった。いったいなんだったのだろうか?

それよりも、今はこの場を離れるのが先決だ。先ほどの戦闘の音を聞きつけて、違う怪物がやってくる可能性も否めないからな。この辺りにどれ位の数がいるのかは分からないが、いくら何でもあいつだけしかいないなんて考え方はできない。そこまで楽観的じゃない。

「よし、あそこの崖際を辿って休める場所を探そう」

そうしたら体を休めればいい、それまでの辛抱だ。

怪物に会うのが最悪の事態だ、せめて休める場所に着くまでは何にも会わないように願っておこう。


幸いなことに、無事に岩場地帯を抜けると、崖際までは何事もなくやってこれた。

あれだけ大きい音を出しておいて、もしもやつの仲間がいたならば、出てきてもいい頃合いだが、未だその様子はないし近くにいなかったのかもしれない。

崖際に着き、木々の狭間に入っていく。ここなら俺の視界も悪くはなるが、敵に見つかる心配も低くなる。道なりに沿って行って、洞窟か何かを探せばいいはず。

あの時は洞窟を見つけられたのは偶々だったが、きっとここにだってあるはずだ。

意識が朦朧としてくる中、崖からあまり離れずに森の中を探す。主に見るのは木の下だ。脆そうな場所や、何なら既に穴が開いていたり、空洞になっている所なんかがあればつついたり覗いたりしたが、どれも不発だった。

流石にそう簡単には見つからないか、とげんなりしていると、再び穴を見つけた。しかし、少し入るのは躊躇してしまう。なぜって、クマが入れそうなくらいの大穴だったからだ。

それに、何かが這いずりだしたような跡もある。もしかしたら恐ろしく大きい何かが、この中にいるのかもしれない。

だが、俺ももう限界が近い。血は流れていないけれど、腕を見れば紫色になってパンパンにはれ上がっている。骨折もしているし内出血もあるのだ、傍から見たって山を歩くだけの体力が残っているようには見えないだろう。

「―――っ!」

俺は一瞬だけ悩んで、意を決して穴を除いた後、すぐに頭を引っ込めてしまった。洞窟のなかは広く、洞窟だから当然薄暗いし、光の届かない奥にいたっては真っ暗闇だ。見た感じでは、昨日寝た洞窟よりも大分広そうだ。

だが、問題はそこじゃない。

(な、なんだありゃ)

咄嗟に穴の上に逃げて、息を潜める。咄嗟のこととはいえ、今の体の状態でまだこんなに動けることに一瞬驚くがそんなことはどうでもいい。

陰から頭を少し出し先ほど見た光景をもう一度視界に入れて様子を窺う。

その中にいたのは、見間違いでもなんでもなく、やはり存在していた。そいつは、五メートルはあろうかという大きさの体毛を銀色に輝やかせた狼だった。

「嘘だろ、おい。あんなバケモノもいんのかよ」

逃げるにしろ、戦うにしろ。見つかったが最後、今回に限って言えば間違いなく生き残れる可能性は0だ。今は狼の位置からすごく近い。今のところ気づかれていないようだが、ここから立って物音を立てずにこの場を去るのは難しい。

「...」

唯一の救いは、狼は座ったまま動く様子がないこと。やはり気づかれていないのか、それとも、もしかして草食だったりするんだろうか?それか肉食だけど、人には興味が無かったりして...

ただ、さすがにさっきの戦闘でもう学んでる。物事を甘く見ることはしない。

きっとまだ運よく気づかれていないだけで、恐らくこちらに気づいたら餌を目の前にした鯉のように迫ってくるに違いない。

「...あれ、なんかおかしくないか?あの狼」

じっとしてバレないようにしながらも、策を練ろうとしていたら、おかしなところに気が付いた。穴の中から不自然なほどに荒い息が聞こえてくるのだ、しかも別に興奮しているような感じではなく、むしろ弱弱しい感じだ。不思議に思って狼を見てみると、呼吸をするたびに体が大きく上下しているのに気づいた。

狼の呼吸を見たことはないし、あれほど大きな生物の呼吸も見たことはないが、なんとなくその様子に違和感を感じた。

もしかしたら逃げられるかもしれないと思い、確認を取ろうと、もう一度よく見るために、穴を除く覚悟を決め今度は体を半身出して狼をよく観察してみる。

「やっぱり、怪我...してるな。」

見るとなぜ気が付かなかったのか不思議な程に、狼の下には大きな血だまりができており、広範囲にわたって雪が赤色に染まっていた。

そして血の出ている原因も分かった。あの狼の脇から下が抉れた(........)ようになくなっていた(..........)のだ。

あの狼は、もうすぐ死ぬ。

生存競争だろうか?いやいや、それは困るな。こんな大きな狼に勝つような怪物なんていてほしくないんだが。

「...うーん、どうしよう」

なんて言いながら、既にどうするかは決めている。俺の何がそうさせたのか知らないし、そんな気違いじみた発想がなぜ出てきたのだろう。

今からでも回れ右をして走り出した方が良いに決まっている。

だが、俺の足は迷いなく狼の方向へと向かっている。洞窟の穴に足を掛け、降りようとしている。

言っておくが、別に弱っているから今のうちに殺すだとかそんな野蛮な考えでは無い。

逆に近づけば食い殺される恐れだってあるわけだけど...

どういう訳か弱っている狼を見て、俺は助けたいと思ってしまった。助けるといっても、俺に何ができるわけでもない。

ただ、狼の傍によって何かできないかと考えてしまった。

俺の頭はおかしくなったんだろうか?俺が穴に足を掛けた時点で、狼は既に鋭い目つきで俺の方を見ていた。だが、その目は鋭かったが俺を食ってやろうなんていう思いは感じられない。

ただ...ただ、この先に待つ死を迎えているような...


...そんな哀しい目をしていた。


傷ついた狼の目の前までやってくる。近くで見ると、狼の状態がよりはっきりとわかる。

右の脇腹がごっそりと抜け落ちたようになくなっていて、生きているのが不思議な程の明らかな致命傷を負っている。

そんな傷を負っていてなお、苦悶の表情を浮かべながらではあるがしっかりと呼吸をしている。

一回の呼吸をするたびに全身に走っている血管が大きく脈打ち、皮膚の上からでもその動きが見える。

また、体の下にできた尋常ではない量の血だまり。さっき見た羊野郎から出た量の比じゃない。

まるで小さい池がそこにあるのかと錯覚してしまう程の血だまりがあり、今この瞬間にも狼の脇腹から血は流れ続けていて、その範囲を広げていた。

「ひどいな...何があったんだ?」

しかし風前の灯火であるのはあきらかなのに、俺に向けられた目には未だ力強さが残っていて、まだ死ぬまでには少し時間の猶予がありそうだった。

一旦狼から視線を外し、周辺を見渡してみる。

すると、あちこちに血の付いた毛が飛び散っているのに気づいた。

見れば尻尾から洞窟の入り口に向かって血の垂れた跡が続いている。目の前の血だまりとは比較にならないが、それでも無視できない量の血が残っている。中に入る時にちらっと見えたが、この血の痕跡は崖際の方まで続いていた。

「もしかして、昨日遠吠えは君だったりする?」

狼に目線を合わせて話しかける。

これまでに起きた現象を思えば狼と話せたって不思議じゃないが、これは別に答えが返ってくることを期待して話しかけているわけじゃない。

なんとなく聞いてしまっていた。

多分話す相手が欲しかったんだと思う。自分の身に起きている意味の分からない出来事を誰かに聞いてほしかった。

そう思ったから自然と言葉が口から出ていた。自然と狼に近づいていた。

昨日、対岸から聞こえてきた遠吠えが、この狼でないなら、この狼みたいな巨大な怪物たちが他にも何匹もこの森に生息しているってことだろう。

一体、この森にはどれだけの危険が潜んでいるんだ。こんな場所で生き残るのなんて、鼻から無理だったんじゃないのか?

『―――おまえのその包みの中にある〈リジル〉を私に分けてもらえないだろうか?』

「え?」

どこからか、声が聞こえてきた。驚いてあたりを確認しても人影はない。

声の主は見当たらない。

ここには俺と重傷を負った狼がいるだけだ。

『―――前を向け、私の声が聞こえないか?』

俺が黙っていると、またしても耳慣れない低い声が聞こえてくる。

しわがれているわけでも、幼さがあるわけでもなく、今までに聞いたことのないような声で。

その声に何か違和感を覚える。

まるで耳から聞こえてる訳じゃないような、上手く言えないがなんかこう、頭の中にこだましている風に聞こえる。

...気のせいだろうか?

ひとしきり辺りを見渡しても何も見つからなかったため、恐る恐る声に従って前を向く。

視線の先には当然、狼がいた。


ふと子供の頃に読んだ童話を思い出す。少女を食おうとする狼、豚を襲う狼、本の中じゃ狼だってしゃべる。それは何も不思議な事じゃなかった、だってそれは本の中だからで、童話だと分かっていたから。

だから現実で、いざ目の当たりにしても、すんなり受け入れる事は出来ない。

「その...あなたが話しかけているの?」

先ほどから鳴りやまない心臓の鼓動を押さえつけるようにして、のどから言葉を絞り出す。

喉がカラカラになっていて、出てきた声はかすれていた。

『ああ、そうだ。』

すると、当然だと言わんばかりの声音で答えが返ってくる。

今のは声が聞こえる瞬間に狼を見ていたけど、口を動かして発声しているわけじゃないみたい。でも、この狼が声の主なのは間違いない。内心ではひっくり返るほど驚いているのに、疲れ切った身体は何の反応も出来ないで少しの間その場で茫然としてしまった。

だけど狼が話した事で、自分の中の狼に対する恐ろしいという感情が薄れた気がした。いつの間にか力んでいた体の力が抜けていくのが分かる。

そして狼が話しているということを受け入れたら、今度は言っている内容に意識が行く。

狼が話していることに驚いて、今さらながら話の内容が頭に入っていなかったことに気づいた。

「ごめんなさい。その色々と驚いてしまっていて話を聞いてなかったので、もう一度言ってもらえませんか?」

『...その包みの中のモノを貰いたい』

一拍置いて、返答が返ってくる。

今度はしっかりと聞こえた。

包み...きっとバックパックの事だろう。

俺が今持ってるものはそれしかないし、間違いない。

だけど、何について言ってるんだろう?

中に入ってるのは、

―――潰れたパン。腹がすいてるとか?

いや、今空腹を満たしたいと思っているわけがないし、これじゃないな。


―――破けた服。これで傷口をふさぎたいとか?

いや、これじゃ残念だけどどう見たって大きさが足りない。


―――最後に出てきたのは、さっきの羊野郎が爆発した後にできた紫色の球体を包んだ服の切れ端...

「ええと...これ?」

そう言ってバックパックを狼に広げて見せる。

さっきの戦闘のせいでファスナーが壊れてしまっていたから、開けるのに少し手間取ってしまったが、狼は何も言わずに待っててくれた。

『光る玉を持っていないか?』

狼は、目を細めてそんな事を聞いてくる。

なぜだか疑ぐったような視線に一瞬気圧されるも何とか返答をする。

「...これのこと?」

俺が今持っている光る玉なんて思い当たる物は一つしかない。バックパックから稲妻の走る紫色の玉を取り出して、狼の前に包みを広げて置く。今気が付いたけれど、これは見るだけでもちょっとした空腹感に襲われるようだ。

狼も似たような感覚に陥っているのか、食い入るように玉を見つめている。

「これ、知ってるの?」

『...これを貰っても良いか?』

これが何なのか、知っているんだろうか?

という意味だったんだけど。

「まあ、別に要らないからいいよ』

これが何なのか知らないけど、食欲に襲われる感覚は気味が悪いし、欲しいというならあげて損はない。さっきは役に立ちそうだとか思ってたけど、持っててもきっと何に使うのか分からないしね。

『...ありがたい。いただこう』

そんな俺の考えなど露知らず、言うや早いか包んでいた俺の服ごと紫の玉に物凄い勢いで食いつく。

狼は夢中で玉を口の中で転がしては、歯で噛み砕こうとしている。

「大丈夫...?」

あんながっつくように食べられる美味いもんなのか?

というか、俺の時は触った感触もなかったはずなのにどういう訳か目で見えない口の中を器用に転がしている。

「―――ッッ」

―――次の瞬間、何の前触れもなく強烈な閃光が走る。またこれか、さっきの羊野郎が死んだときと同じだ。

でも今回はもっと強烈な光だし、さっきと違ってすぐに光がやむ様子はない。


どれだけの時間がたっただろうか。光が止み、視力が段々と戻っていく。

そして視界に飛び込んできたのは...

「...え...何それ」

悠然とその場に佇む美しい銀毛の狼の姿。

腹の傷は消え、荒かった呼吸は鳴りを潜めている。

さっきまで死にかけていた面影は一切なくて、その姿はただ美しかった。

見れば地面に広がっていた血も綺麗に消えている。

傷が治ったおかげで、立てるようになった狼は改めて大きいと感じる...いや、単純にさっきよりデカくなってないか?

堂々としてるから、そう見えるんだろうか?

一回り大きく見えるし、目の錯覚で済まされないと思うけど。一体、何が起きたんだ。

のそのそと狼がこちらに歩み寄ってきて、首をもたげてこちらを見下ろす。

『ありがとう、人の子よ。助かった』

と思ったら、座り直し目線を合わせてくれる。

今さらな気もするけれど、ホントに地球じゃないんだな、改めてそう思う。何でもありって感じだもんな。

「いえ、治ったなら良かった。それより傷が消えたのは...どうして?」

不思議だ。数分前まで弱り切った顔で死にそうだった狼が、今は堂々としていて美しい銀色の毛をなびかせている。

地球にある、どんな最新医療技術であっても、消えた脇腹を一瞬で戻すなんて不可能なはずだ。それこそ魔法でもなければ。

『―――信じられない、といった顔だ。でも君が〈サテュロス〉を倒したんだろう?

 それなのに〈リジル〉を知らなかったのかい?』

今度は普通に質問に答えてくれた。

さっきまでは息も絶え絶えといった調子だったのに、流暢に話せている。

「サテュロス、っていうのは、あの羊足の怪物の名前ですか?

それに、さっきの紫の...リジルでしたっけ?どちらも今日初めて見ましたし、初めて聞きましたよ」

知っていることを素直に話す。

『...これは驚いたなぁ。まさか何も知らないのか?』

心底驚いたと言った感じで凛々しかった顔を少しばかり間抜けな顔にさせている。

「信じてもらえないかもしれないけど、昨日、目が覚めたら突然知らない場所に...ここに来ていたんだ―――」

この狼は、この世界に来て初めての意思疎通できる相手だ。俺は、せっかくこの世界の事情を知ることのできる機会を逃したくなくて、狼に自分がどうしてここに来たのかを、自分の身に起きた事の顛末を掻い摘んで伝える。

目が覚めた時には既にこの場所に来ていたこと。

多分違う星から来たという事。

そしてこの星の文化やら知識やら何の情報も持ち合わせていない事。

今の俺じゃこの土地で生きていくことは不可能に近いのが分かった。このままでは、大樹に近づくのは難しいだろう。

サテュロスにもう一度出会っただけで俺の命はたちどころに消え去ってしまう。だから、この機会を逃すわけにはいかない。

俺の言葉を理解し、俺も理解できる言葉を話す狼。

この地に生息している動物ならば、きっとこの世界についても詳しいはずだ。


俺は、どんどんとひどくなる右腕のしびれ、ひいてはもう体のどこが痛いのかわからなくなってきている体に耐えながら、話を終える。

狼と俺の状況がさっきと逆だ。

何とか動けていた状態だったのが、立っているだけで目一杯な程にどんどんと体に力が入らなくなってきている...想像以上の苦痛が全身を襲っている。

息を吸い長らくしゃべったせいで強張った口を再度開く

「...そんな感じです。俺は、エマを助けたいんです」

『...』

狼はこちらをただじっと見つめてくるばかりで何も言おうとはしない。

何も、言おうとしてはくれない。

息を吐き、本日何度目かになるが疲れ切った体の力を抜く。話をし終わったあたりから右腕の感覚はもうなくなっていた。

残っていた気力はもう切れかけているのか、全身を蝕んでいる痛みの感覚が更に強まっていく。

狼は長らく瞬きをした後、はっきりとした口調で話す。

『あまり、動くでない。まずはお前の体を何とかしてやろう』

その言葉を最後に、とうとう立っている事も出来なくなってその場に尻もちをつくように倒れてしまう。

緊張の糸が切れたのか、安心したのか、瞼が重くなってくる。

普通こんな大きな狼の前で呑気に寝るなんて真似できないけど、なんだかこの狼からはやっぱり恐ろしい感じとかが全くしない。

「―――そういえば」

俺は、ふと思い付いた最も単純なことを口にする。

「あなたの名前が、聞きたいです」

『人は皆〈銀狼〉と呼ぶ。

起きたらば、お前の名も聞こう』



最後に聞こえたのはそんな言葉だった。

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