条件があるのだけれども?
「しっかしなー。冴えない地味男君の山田が、あの上杉信玄様だったなんて……ショックだわー。嗚呼、ショックだわー」
「オレがVTuberの上杉信玄だって信じるのか?」
「まぁね。だって、声はそっくりだし、何より電話番号が同じじゃない。信玄様がディスコードで教えてくれたやつと一緒。これ以上の証拠ある?」
「いや、ないかもです……」
「なら、せめてそのダッサい伊達眼鏡は外して。アンタはそこそこイケてるし、なによりもイケボなんだから」
う、伊達眼鏡だって気付かれていたか。もうこうなったらしゃーない。お手上げだ。
オレは眼鏡を外し、それを胸ポケットに入れた。
「そんなことよりさ、マズいって」
「なにが?」
「ウチの校則は厳しい。もし、スパチャしてることがバレたら、停学ものだぞ。お互いバレないようにしないと」
「ああ、そこ。ウチはパパの許可を取っているから、大丈夫」
「どういうことなんだよ?」
「パパがウチの学園の他に、芸能プロダクションもやっててね。あたしがモデルをやりたいって言ったら、『ふむ。では、まず素顔がバレないVTuberをしてみてはどうだね?』って」
「なんだそりゃ?」
「『実はあの百万登録の大人気VTuberの花園チョコラは、石田美鈴でしたー』とか、話題作りも含めての提案なんじゃない? 父からしてみれば。そうやって、VTuber花園チョコラの実績を引き下げ、華々しくモデルデビュー。で、その後、女優をさせたいみたい」
モデルをやってから、女優ですか。
まぁ、この石田なら有りか。元々、モデルの様なルックスだしな。
「もっとも、そんな親から敷かれたレールなんか、私はごめんだけどね」
石田はちょっと含みのある顔をしながら、グラスを傾ける。
「はぁ……いや、しかしだな。去年からウチの高校の校則が厳しくなったのは、理事会の意向が大きいって聞いたぞ」
「それは本当。ウチの学園の理事長が、去年、御爺様からパパへと代替わりした。パパはやり手のビジネスマンだから、学生がバイトしようが気にしない質なんだけど、理事会に煩いのがいてさー。パパは新理事長になったばかりだから、古参の理事メンバーの顔を立てて、校則を厳しくする意見を嫌々飲んでしまった。そういうことなのよ」
「そ、そうだったんだ。しかし、それで校則対する締め付けが強くなったってのは、納得いかないな」
「それは私も同じ。けど、そこは安心して。その古参の理事メンバーは、どうせ歳で近々引退するのだから。校則で後輩達には迷惑をかけないつもりよ」
そうなのか……
まぁ、オレとしては、今すぐ校則を緩やかにして欲しいところだが、そうもいかないみたいだな。大人の政治に関して、一介の高校生では出る幕などないのだから。
石田の方に視線を戻すと、明らかに面白くない顔をしていた。
「校則で迷惑しているのは、私も同じなのよ。なんたって、読モとしてデビューする話はご破算になったんだから」
そうだったんだ。すると、コイツもある意味、厳しくなった校則の犠牲者なのか。
いや、モデルとしてデビュー出来たのに、それがお預けになったんだ。石田の方がよっぽどダメージが大きかったんだな。
「その代わり、2Dアバター姿でオッケーなVTuberの花園チョコラとなったわけ。なんたって、素顔が割れないからね。まぁ、その辺はパパの要求を飲んだ形になっちゃったんだけどさ」
「成程、事情は大体把握した。その上で質問があるんだけど」
「何よ?」
「どうやら君は、モデルなる話題作りの為、VTuberになった節がある。で、今はどうなんだ? VTuberを――花園チョコラを好きなのか?」
「始めはVTuberなんて、あまり興味がなかったから、どうかと思ったけどさ。でも、なんていうのかな……実際始めてみたら、スパチャで皆が応援してくれて、そこから励まして貰ったり、『今日の放送、最高でした』って言って貰ったしてさ。徐々に人気も出ていって」
オレは首肯し、彼女の話に耳を傾けた。
「そういうのに、すっごく励まされるわけ。そして、次の配信で、どうしたら皆にもっと喜んで貰えるかなーって考えたりしてさ。そうしているうちに応援してくれくれる皆、大好きなった。そして、私はそれに応えたい。だから、今ではVTuberの花園チョコラは、大好きになったの! だって、応援してくる皆に笑顔を届けたいから!」
石田はとびきりの笑顔を見せた。彼女が眩しく見えてしまう。不覚にもオレは、それにクラッときてしまった。
そんな気持ちを悟られまいと、ごほんと咳払い。
「そう、そこはオレも一緒だよ、花園チョコラちゃん。オレも応援してくる皆に元気をあげたい。そう思って、配信しているよ。チャンネル登録してくれている皆に感謝の気持しかないよ」
「だよね、上杉さん!」
「うんうん」
「けど、それはそれ、これはこれだよねー」
「はい?」
石田は笑顔から一転、真顔になる。え? なんなのこの反応は。
「もしアナタがこれからも上杉信玄様を続けていきたいなら、折を見て、父に言って、許可を貰ってあげてもいいわ。ただし――」
「ただし?」
「条件があるのだけれども、いいかしら?」
「お前の足を舐めろとかか? ハッ、冗談じゃない」
「んなわけ、ねーだろうがよ! アンタ、舐めてんの?」
「じょ、冗談。冗談だよ、うん」
オレは軽く両手を上げ、降参のポーズを取る。
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