ニセ恋
いきなり理事長室に乱入したので、そこにいた石田の親父さんーーいや、理事長は目を白黒させた。
「いきなりなんだ君は? 不躾だろう。それに娘まで」
「はい。失礼を承知でお邪魔します」
「要件はなんだね? ――というか君、ウチの娘の手を握っているじゃないか!」
「はい、見ての通りです。オレ――いや、僕は石田さんと真剣な交際をしています。勿論、プラトニックな関係の。石田さんは、断じて織田ヨシモトとかいうVとは付き合っていません! だからお願いです。どうかチョコラを引退させないでやって下さい!」
「なんなんだ、その話は? 織田とかいう小物はさておき、君が我が愛娘が交際しているなど、とんでもない話だ。大体、君は何者なんだね?」
「申し遅れました。僕は石田さんの同級生の山田哲と申します」
そこでオレは息を吸い込む。それを吐き出してから、捲し立てた。
「VTuberの上杉信玄をやらせてもらっています、山田哲です!」
「ちょ、山田。なに余計なことを言っているのよ? 貴方がバイトをしていることがバレたら停学になっちゃう!」
言葉を放ってから、石田は失言したとばかりに口元を押さえた。
「ほぅ……君が、VTuberの上杉信玄か。娘が入れ込んいたと噂の。ところで、君。校則は知っているな? アルバイト禁止の校則を」
「分かってます」
「ならば、君は停学だ。そして、停学開けの前に、娘はC組からA組に入れ替えさせる。それでももし、娘に近づくようなら……」
「や、やめてよ、パパ。なら、あたしも一緒に停学にして! あたしもVTuberの花園チョコラとして、お金を稼いでいるんだから!」
「その点は心配ないよ、美鈴。停学になるのは、この不埒な男だけなのだから。お前は100万登録VTuber花園チョコラの実績をひっさげ、私の芸能事務所で華々しくモデルデビューする。お前の美貌とパーフェクトなプロポーションがあれば、すぐにトップモデルになれる。プロモートの一切合切は、この私に任せておけばいい」
「山田が停学になって、理事長の娘であるあたしだけお目こぼしを貰うとか、最高に最低だわ! パパは卑怯者よ!」
「なんとでも言い給え。お前は黙って私に従っていればいいのだよ。そうすれば、前途洋々。そして、そこの下らん男など忘れろ。いいか、美鈴。上杉信玄などというのは、路傍の石。ただの小物なのだよ」
「……どうとでも言ってください。オレは停学になってもいい。その代わり、VTuber花園チョコラを辞めさせるのだけは、考え直してください!」
理事長は、オレの叫びなど意にも介さず、如何にも高価そうな椅子に座ったまま葉巻を吹かす。
「……やはり、娘がVTuber花園チョコラを辞めるのに、いいタイミングみたいだな。もう十分話題作りには成功したしな。それに、このまま活動を続け、お前や織田ヨシモトとかいう雑魚と噂話にでもなったら事だ。やはり、花園チョコラは、引退させた方が得策だな」
「し、しかし。花園チョコラに励まされている視聴者がどれほどいるか。彼女――いや、石田のお陰で、今日も頑張れると思っている人がどれだけいると思っているのですか?」
「下らんね、そんなこと。所詮、VTuberなどガキのお遊戯だ。私はただ、娘の話題作りさえ出来れば、それで良かったのだよ」
あまりの言葉に拳を握り締める。身体もわなわなと震えていた。
「理事長みたいな夢のない方が、大手芸能事務所の社長とか、オレは失望しました。VTuberもアイドルもモデルも女優もファンのために頑張っている。そういうことじゃないんですか?」
「青いな君も。プロモートやコネクション。それが如何に大事か全く分かっていないようだ。アイドルがファンのために頑張るだって? 逆だよ。ファンから搾取する。それが正解なんだよ」
「なんてことを……少なくとも、オレ達VTuberは、ファンがどうしたら喜んでくれるのか、どうしたら元気づけてあげられるのか。そればかりを考えていますよ」
理事長は聞く耳を持たず、悠々と葉巻を吸い、紫煙を吐き出した。




