ブラックコーヒーと恋の苦味
覚悟を決め、図書室の前に来たのだが、ソロソロと扉を開け、コソコソ中に入った。
中野はやはりカウンターの中にいた。こちらに向かって手を振ってきたが、返本する生徒が来たので、彼女はその手続きをした。
図書室を見渡すと、5人くらいの生徒がいたので、全員がはけるまで待つことにする。なんか勉強している奴もいるし、いきなり中野と二人きりにならないだろう。その分、心の余裕が出来るので助かる。
とか思っていたら、ものの1時間ほどで、図書室にいた生徒全員がはけてしまった。なんてこった、こうなったら、行くしかない。
腹を括り、受付カウンターに行くと、中野がニコニコと微笑んでいた。
「う、ウス」
「よっす、山田君」
「文芸部の方はいいのか?」
「うん。図書当番の日は、こっちに来ているの」
「そっか……」
そこで言い淀んでしまった。うわー、妙に中野を意識しちゃって、言葉が続かねぇよ。
しどろもどろするオレを尻目に中野は喋り出す。
「山田先生の小説を読ませて貰いました。面白かったよ」
「ん、小説? あれはTRPGのシナリオつもりなのだが」
「あれはシナリオではありません。小説です。シナリオとか台本は、登場人物の後に台詞になります」
「というと?」
「こんなかんじかしら?」
中野はざっとA4のコピー用紙に書き出す。
柱 学校、図書室。
ト書き うら若き美少女魔道士、中野小町と、勇者の血筋を引く山田が、図書室でばったりと出会った。
台詞 中野「こんにちは、勇者様」
山田「おう、こんにちは、中野」
中野からコピー用紙を受け取り、眺める。
「ああ成程。なんとなく把握。ということは、オレがノートに100頁も書いたやつって……」
「そう、あれではただの小説です」
「うわー、そうだったのかー!」
「更に言えば、TRPGとか違うから。もっとフローチャートっぽいていうか」
「フローチャート?」
「まぁ、こういうことです」
中野はもう一枚コピー用紙を取り出し、そこに書き出す。
→YES→街に行く街道でモンスターと出くわした。
勇者ハガネは街に行くか?
→YES サイコロを振る。
→NO→剣の稽古をするか?
→NO 休憩をした。
用紙を渡され、「おお!」と感嘆した。成程、確かにこれならゲームっぽいな。
「とまぁ、主人公の行動でシナリオが分岐していきます。これでモンスターと出くわしたとき、逃げるか戦うかの二択になるの。剣の稽古をした場合、サイコロの目が……そうですね、5以上出たら、パラメータが上がるとか。そんなかんじ」
「うおお、得心したぜ! じゃあ、モンスターと戦った場合は?」
「まず、逃げた場合もサイコロ。いくつ以上の目で、逃走成功になるの。戦った場合、まず攻撃が敵にヒットするか、サイコロを振ります。ここも一定以上の目で、攻撃が当たったか判定します。攻撃が当たった場合、いくつダメージを与えたか、またサイコロを振るの」
「スゲー。だいぶ分かってきたぞ!」
「大まかな流れは以上。詳しくは、ゲームブックの書き方とか、TRPGの書き方とかあるから、それを参考にして?」
「りょ、了解ッス。いやー、大助かりだよ中野。ありがとうな」
「うん、それでいいんだよ、山田君はさ」
「何が?」
「君は笑顔が似合う。2年になってから、クラスが別々になっちゃって、分からなくなったけど、私は陽気な山田君が好きだな」
なんというか、中野から「好き」という単語が出てきて、妙にドギマギしてしまった。意識過剰だって、オレ。普通に喋ればいいんだよ。
「ありがとうな、中野。このお礼はきっとするから。要望とかあったら、きくけど?」
「え、本当に?」
中野はなんか目を輝かせたので、「あ、ああ」と口にした。
「じゃあ、リクエストがあるのだけれども」
「どうぞ」
「あのー、鬼を滅するアニメ映画。私、まだ観てないのです」
あ、アレ? これは、映画観に行くの付き合って欲しい的なやつか?
確かに中野には恩義を感じたが、いきなりデートくさいのとかオレにはハードルが高い。心の準備が---。
我ながら情けない話だが、ここは丁重に断るとしよう。
「あー、済まん中野。オレ、あの映画観たばっかりでさ」
「あ、そ、そうなんだ……」
「同じ映画をまた観るのもなんだし、他の映画とか考えておくよ。それより、今からハンバーガーを食いにいかないか? 勿論、今日のお礼に奢ってあげますとも」
「え、本当に?」
「勿論ですとも。しかも、ただのハンバーガーではなく、ワッパーだ。キングだ」
「え、えっと。じゃあお言葉に甘えちゃってもいいかな?」
「ウェルカムですよ」
そう返すと、中野は微笑んだ。
まぁ、ファーストフードを食いに行くくらいなら、オレもキョドらなくて済むから助かる。1年の頃は、仲のいい4人でよく行っていたしな。
それから、図書室が閉まる時間まで、彼女と他愛ない話をした。こうしていると、1年の頃に戻ったみたいだ。
時間が来てから、中野が図書室の鍵を閉め、それを職員室に返しにいく。そこから、二人して下校し、バーガー屋に足を運んだ。
対面に座る中野が「おいしーい」と目尻を下げながら、ワッパーを食べたので何より。
オレも半分ほどワッパーを食べてから、オーダーしたホットのブラックコーヒーを飲んだ。
その時不意に、石田と遙の顔が頭に浮かんできてしまい、ほんの一瞬だけ苦い顔をした。
ブラックコーヒーは飲み慣れているが、恋の苦味にはまだまだ慣れが必要だと感じ、軽く嘆息した。
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