あのね、哲君
まぁ、そんなことがあった明くる日。今日が土曜日で助かった。スマホをどうしていいか悩んでいるのに、学校で石田に会いたくないからな。
今日は病院に行って、遥と会って。帰ってきてから勉強して、それからライブ配信して。――って、ああ。今日の配信する内容を考えていなかった。ど、どうしよう。
ネタ。ネタは落ちてねーか。ネタは。
家の玄関を出て、路面を見るも、そこにあるのは歩道のみ。そうそう都合良くネタなど落ちていなかった。
けどまぁ、こうやって歩いてから、電車に乗って、病院まで行けば、意外とヒントとか転がっていたりするかもしれない。
とか期待しつつ、遥のいる病室まで来たもののネタなど落ちていなかった。だよねー。
病室の中に入り、奥のベッドまで行く。そこの白いカーテンを開けると、遙がいて、目が合うと彼女がにっこりと微笑んだ。
そうだよな……遙はどちらかといえば、奥ゆかしい。これが大和撫子ってやつか。あーあ、どっかのVTuberさんも見習ってほしいものだねぇ。
いつも通り持ってきた見舞いの品を遥に手渡す。
「いつもありがとう、哲君」
「応よ」
「でもね、私困るなー」
「何でだよ?」
「お見舞いの中に、私が好きなチョコがあって、ついつい食べちゃう。乙女にこれは大敵なのですよ」
「体重的にか?」
「端的に言えばそうだねー。えへへー」
遥は、はにかんでみせる。うん、やっぱコイツは可愛いし、笑顔がいい。なんつーの、癒やされるっていうか。
その真逆なのが石田だよなー。アイツはジェットコースターってか。まっ、そこがいいとこでもあるんだけどさ。
「あ、そういえばね、哲君」
「どうしたんだ? そんなに嬉しそうな顔をしてからに」
「来月には退院出来そうなんだよ。そしたら、また学校に行けるよ。哲君と同じあの高校に」
「そうか! それは良かったな、遥。けど、退院したからといって、あまり無茶するなよ?」
「うん」
そうか、遥が久しぶりに退院するのかー。実に目出度いことだ。
コイツには不幸になった分だけ、幸せになってもらいたい。本当にそう思っている。
「それでね、それでね。私、部活とかやってみたいなー。高校生活をエンジョイしたいんだー」
「しかし、部活つっても、お前。身体が……」
「部活といっても色々あるじゃない。哲君みたいにボクシング部とかじゃなくて、文化系の部もあるわけだからさ」
「あ、ああ、そうだな。そうだよな。うん、それはいい考えだよ」
「哲君は、まだボクシング続けているの?」
「2年になって、スパッと辞めたよ。バイトしなきゃいけなくなったしな」
「あ、そう、なんだ……ゴメンね、なんか余計なこと言っちゃって」
いや、気にしていないとばかりに手を振った。確かに、ボクシングは楽しかったけど、今の現状にも満足している。なんたってVTuberをやるのは面白いからな。
遙はゴソゴソと見舞いの品を漁り、そこからポッキーを取り出し、そのうちの一本をオレに手渡してくれた。
それをポリポリとかじっていると、妙案が浮かんだ。
「なぁ、遥。ゲーム部。ゲーム部とかどうかな?」
「え、ゲーム部? そんなのウチの高校にあったっけ?」
「今はない。だが、来月の7月辺りから新設される予定なんだ。だから、お前もそこに入ってさ。部員達で一緒にわいわいとゲームをやったりとか、どうかな?」
「うーん、それは魅力的な話ですねー。考えておくね、哲君」
「ああ。是非そうしてくれ」
目尻を下げて喜んだ。これなら新設のゲーム部に部員も増えるし、一石二鳥。
となると、これまで以上に配信を頑張って、投げ銭をしてもらわなくちゃな。
「よーし、頑張るぞー。頑張ってバイトして、これまで以上に……」
「これまで以上になに?」
なんか遥が睨んできた。多少引いてしまったが、構わず続ける。
「これまで以上に、商品券を渡そうかと。ほら、だってさ。姫路家の家計も大変そうだし……」
「あのね、哲君。そういうのもう止めてくれるかな? ウチのお父さんもやっと立ち直って、親戚の税理士事務所に勤め始めたのだし。お父さん、元々税理士の資格を持っていたから、これからは安定した収入を得られそうだしさ。まぁ、その親戚の叔父さんには、一杯借金作っちゃったのだけれども」
「い、いや、だってさ。ウチのクソ親父が、遥のお母さんをそそのかしたせいで、そっちの家が大変なことになって。だからその……代わりにオレが償わなくちゃなって」
「ううん、そうじゃない。そうじゃないのよ、哲君。男女の仲、それも大人なら、色々あると思うの。たとえ、それが業の深いものでも。それが悪いことだと分かっていてもさ。止められない気持ちってあるんじゃないかな?」
「いや、違う。それは違うよ、遥。もし、互いに好きになってもさ、立場ってものがある。そこをわきまえて、グッと堪えるのが大人だろ? 親父はそれをわきまえなかった。だから、母さんも遥の親父さんも、そしてお前も……辛い思いをしなきゃならないんだよ……」
「あのね、哲君。私はもうお母さんを憎んだりしていないよ。勿論、哲君のお父さんのことも。だから、哲君。貴方が犠牲になるとか、無理をする必要なんかちっともないんだよ」
ギリッと歯噛みした。オレは生憎と遙みたいな寛大な心を持ち合わせていねぇ。親父も憎いし、正直なところ、親父についていってしまった遙の母さんも……
クソッ、遥の退院の知らせで目出度いはずなのに、心が煮えくり返る。このままここにいたら、口論になりそうだ。
「もう帰るよ。またな、遥」
そう言い置き、踵を返した。今、振り向いたら、彼女はどんな表情をしているのだろうか……それがどうにも怖い。
無言のまま病院を出た。もうどんよりと沈み込み、気持ちは鈍色の鉛のようだ。こんな状態で、配信なんか出来るかどうか……いっそのこと、今日はお休みしてしまおうかな。
けど、オレのチャンネルを楽しみしてくれている視聴者に悪いしな。
浮かぬ顔をぶら下げたまま電車に乗った。
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