「罰ゲームだよな?」「そうよ?」~学校一の美女ギャルが陰キャのあんたを本気で好きになるわけないじゃない~
◇SideA 笹塚 敬一(1年1組)
「罰ゲームだよな?」
「……そうよ?」
尋ねると、目の前の氷室 美子は一瞬の間の後で悪びれる様子もなく平然と答えた。このやろう。
今は昼休み。ここは校舎の裏側。人気のない場所。今朝下駄箱に入っていた手紙により、オレは呼び出された。
「拝啓 笹塚 敬一様
今日の昼休み、校舎裏で待っています。
あなたを好きな女子より♡」
怪しさ満点。特に“♡”が。
すぐに罰ゲームだと分かった。なぜ分かったかというとオレは過去に二回告白された経験があるからだ。羨ましいと思った奴、前へ出ろ。悲しい話を聞かせてやろう。
一度目の悲劇は、小学校5年生の時だ。
クラスで一番かわいい女子に呼び出され告白されたのだ。クール気取りのオレも破顔しもちろんOKした。だがその瞬間、隠れていた女子たちがわらわらと出現した。すぐに罰ゲームだと知らされ愕然とした。告白した女子はOKされた事実に泣き、なぜかオレが謝らなければならなかった。泣きたいのはオレの方だというのに。
二度目の悲劇は、中学二年生の時だ。また女子に呼び出された。前回学習したオレは、「罰ゲームだろ、からかいやがって」と言った。やはり女子は泣き、隠れていたお仲間たちがわらわらと出現して口々にオレを罵り始めた。以降、卒業まで女子たちには総スカンを食らった。
そう、オレは何を隠そう罰ゲーム告白の被害者なのだ。
そして今、三度目の悲劇が起ころうとしている。手紙の主は学年一の派手ギャル、氷室だった。そいつに「ずっと好きでした。わたしと付き合ってください」と言われたところで、校舎の陰から氷室とつるんでいる女子たちの姿がチラチラと見えているのだから手に負えない。
騙す気なら本気でやれ、罰ゲームを食らわされるこっちの身にもなれ。
行かないという選択肢もあったが、笹塚のくせに生意気だという噂を立てられたら敵わん。
……オレは見た目が非常に地味だ。人と広く付き合うタイプでも、訳も分からず騒ぐタイプでもない。いわゆる陰キャだ。べつにいい。陽キャになりたいとも思わん。
しかし、人に迷惑をかけずに、世界の片隅で小さく生きている。だからそんな哀れなオレに対して、見た目が地味でからかいやすいというだけで、いたずらを仕掛けてくる奴は憎たらしい。人は見た目じゃない。見た目で判断する奴は嫌いだ。陰キャだって生きている。陰キャだって傷つくんだぞちくしょう。
氷室のことは元々知っていた。クラスで噂している奴らもいるし、見た目が派手だからかなり目立つ。それに行きの電車が一緒で、毎朝同じ車両に乗っていた。向こうはオレの存在すら認識していないと思うが……。
もじもじとした演技を続ける氷室の一方、オレは黙った。
OKしても断っても、どちらにせよ女子は泣き、その先には地獄が待っている。まだ高校一年生の若き身空、残りの高校生活を無事に生き延びるためどのように切り抜けるのが正解かを考えたい。
しかし氷室はその時間すら与えず、オレの学ランの襟をつかむ。怖い。激しく揺さぶられる。やめて。氷室の茶色に染めた髪の毛も揺れ、いい匂いがした。やばい。
「で? 返事はどうなのよっ!」
「ひゃ、ひゃい!!」
反射的に返事をしてしまう。罰ゲームであると見え見えなのに、返事を要求するとはやはりギャルは恐ろしい。これを弱みに脅されるのではないのか。いや、今の返事は反射で、了承したという意味じゃない。
しかし氷室は、ぱっと顔を輝かせた。この後に及んで演技を続ける度胸があるとは大したもんだ。
そういう表情をすると、大きな目がより大きく見えた。
氷室はかわいい。スタイルもいい。クラスの男たちに人気がある。何人もの男を食い物にしてきたとか、一億人に告られたことがあるとかそんな噂が絶えない。
が、氷室はギャルだ。オレはギャルが嫌いだ。なぜなら中学時代、ギャルにいじめられていたからだ。証明終了。オレは氷室が好きではない。
「……じゃ、これからよろしく」
「はあ?」
氷室が謎の発言をしたのでヘンな返事をしてしまう。一応確認をする。
「罰ゲームだよな?」
「そうよ?」
けろっと氷室は言う。
「じゃあ、放課後教室に迎えに行くから」
ぽつんと残されるオレ。氷室を待ち構えていた女子たちから歓声が上がった。
罰ゲームだとわかっていて、まだ付き合わされるのか。哀れなオレが翻弄されるのを、あざ笑うつもりに違いない。やはり、女子は恐ろしい。
そして放課後、氷室が来た。ざわつく教室。凍り付く、かわいそうなオレ。
「笹塚、一緒に帰りましょう」
「え、どうして」
「だって、付き合ってるんだから」
氷室がクラスメイトの前で言うものだから、教室は騒然とする。
「えーまじで」「信じられない」「ほんとかよ」
安心したまえ諸君、本当ではないのだ。オレは周囲の誤解を解くために言った。
「罰ゲームだよな?」
「そうよ?」
氷室はけろりとそう言った。
「カラオケ行かない?」
連れ立って歩きながら氷室が言った。
「なんで?」
「だって、は、初デートだから。遊んで帰ろう?」
思わず周囲を見渡した。どこかに女子たちが潜んでいて動揺するオレを見ているのではないかと思ったのだ。しかし気配はない。ならICレコーダーでも忍ばせていて、あとで試聴会でも開く気だろう。ちくしょう女子め。
オレは閃いた。
「金、持ってない」
聞いた話で真偽は定かではないが、女子という生き物は男に金を支払わせる生態があるという。
だからこう言えば引き下がるはずだ。しかし氷室はふふ、と笑った。
「わたしが誘ったんだから、わたしが払うに決まってるでしょ。さ、行こう」
なんてこった“偽”か!
袖をぐいぐい引っ張られる。少し前を行く氷室を見る。意外と身長小さいんだな。まつげ長いんだな。ああ、いい匂いが……。いかんいかん、流されるな。
カラオケで、マイクを持たされる。正直言うと音痴だし歌いたくない。歌といえばアニソンくらいしか知らんし、ICレコーダーで録音されていると思うとさらに歌えない。
それでもじっと見つめる氷室に根負けしてなんとか一曲だけ知っていた流行の歌を歌う。
「笹塚、上手いじゃん」
「嘘つけ、オレは音楽1だぞ」
「あはは、上手いっていうのは嘘」
泣いていいだろうか。素で落ち込むオレに氷室は慌てたように言った。
「でも笹塚の声、好きだからもっと聞いていたいな」
――くそが。不覚にもドキッとしてしまった。こいつ、演劇部にでも入った方がいいんじゃないのか。
オレは心を落ち着けるために言った。
「罰ゲームだよな?」告白したのは。
「そうよ?」氷室は微笑んだ。
そして今度は某ハンバーガーチェーン店にいる。氷室はバイト先のヘンな客の事や友達の面白かった話をずっとしている。そのすべてにオレは適当に相づちを打っていた。
さっきのカラオケもこのハンバーガーも、当たり前のように氷室が金を出した。なんて手のこんだ罰ゲームだ。危うく本当は罰ゲームではないのでは、と疑ってしまいそうになる。
ああ、早く解放されたい。ギャルと陰キャを見て、周りは何を思ってるだろう。
いじめっ子といじめられっ子?
ご主人様と奴隷?
神様と生贄?
……主よ、どうかこの哀れな羊をお救いください。
いつの間にか氷室は一方的な会話を止め、オレをじっと見つめていた。
「ねえ笹塚」氷室が真剣な目をして話しかけてくる。
「付き合ってくれて本当にありがとう。今日がわたしの人生で、一番幸せな日になっちゃった」
それから頬を染めて俯いた。片手で髪をかき上げる氷室の耳にはピアスが二個ついていた。
くそお。くそお!
オレの情緒はかつてないほど不安定だ。氷室は学年で一番美人だ。それは客観的事実なのでオレも認めておく。正直、化粧なんていらないと思う。清楚好きなオレとしてはややケバいように思える。
まつげは長いし、目は大きい。色素のうすい瞳はきらきらしている。生まれ持った顔が優れた奴は得だなちくしょう。
オレの視線に気がついた氷室が顔を上げて不思議そうな顔をする。
「なに?」
「あいや、美人だと思って」
やばい、オレは何を言っているんだ。これはきっと写真を撮られて黒板に張られるやつだ。
氷室は、はにかんだ演技をする。
「そ、そうかな? でもお化粧しないとすっごいブスだよ」
「氷室は化粧なんてしなくても綺麗だと思うが」
――ああ! また。くそあほ!
さっき思っていたこととはいえ口がすべった。写真に加えて録音されて拡散されるやつだ。
氷室は顔を赤らめる演技をした。
「ふふ、ありがとう。笹塚がそう言うなら、明日からお化粧やめようかな」
その台詞になぜかオレも照れる。あかーん。いやいや、危ない、騙されるな。しっかりしろ。
別れる直前に、氷室は手を胸の前で小さく振った。
「じゃあね、今日は本当にありがとう」
いよいよ来るぞ、とこの先に待つ地獄に向かって身構える。さあ女子たちが現れネタばらしだ。「学校一の美女ギャルが陰キャのあんたを好きになるわけないじゃない」とオレをバカにするために。いや、ネタなら既にばれているのだが。
しかし、覚悟虚しく誰も現れない。キョロキョロと周りを見るが、やはり誰もいない。
なんだこれは……どうなっている。
心の平穏を取り戻すため、氷室に確認する。
「罰ゲームだよな?」
「そうよ?」
氷室は顔を真っ赤にして答える。なぜ顔を赤らめる? 意味が分からない。
途方に暮れるオレに氷室は言った。
「笹塚。また明日、一緒に帰ろう?」
少しオレを伺うように見上げる氷室はかわいかった。ああ、でも、オレの矜恃のためにこれだけはガツンと言っておかなければ。
◇SideB 氷室 美子(1年3組)
「王様から、3番にめいれ~い!」
お調子者の優奈の声が放課後の教室に響く。いつもの仲良しグループで、最近はまっている“王様ゲーム”をしていた。
適当にくじを引き、王様とそれ以外を決め、それ以外に振られた番号に王様が何でも命令できるのだ。
たいていは、ジュースをおごるとか、嫌いな授業で手を挙げるとかそんなものだ。でも王様が優奈な時点で少し怖い。彼女はたまに、素っ頓狂なことを言い出すから。
「明日の昼休みにぃ~。告白してくること! ただし条件付き」
やっぱり、そんなことだろう。学校で一番からかいがいのある奴に、とでも続くんだろうな。
「3番誰〜?」
別の子の声が響く。人ごとだから楽しそうだ。
ああ、嫌だなあ。3番はわたしだった。
「美子ね! よーし、じゃあ条件を言うね……」
優奈は楽しそうに次の言葉を言った。
告白の相手は決めていた。1組の笹塚 敬一。あまり目立たない男子だけど、わたしは彼を知っていた。
あれは、入学式に向かう電車の中だった。わたしは痴漢にあってしまった。
こういうとき、泣き寝入りをしてしまう子もいるけど、わたしは違った。こういうのは許せない。痴漢の手を捻り上げ叫んだ。
「この人、痴漢です!」
電車内はざわつく。しかし、痴漢は手をぱっと振りほどき、舌打ちをした。
「やめてくれ、俺は何もしていない! でっち上げだ! 冤罪だ! いつもそうやって、金を巻き上げているんだろう!」
その必死さに、周りは言った。
「最近冤罪も多いって聞くし」「あの子はあんな派手で、いかにも金が必要だって感じだ」
この見た目は気に入っていた。必死にお小遣いを貯めて髪を染めたし、パパとママをなんとか説得してピアスを開けるのも許してもらった。確かに派手と言えば派手だ。でも、わたしの中身はいたって誠実なのだ。これは好きなファッションだというだけ。
一方の痴漢は真面目なリーマン風。どっちを信じるのか、周りの人は考えるまでもないみたいだった。疑いの目は、わたしに向けられている。
すごく悔しかった。でも、その時、ふいに助けの声が聞こえた。
「オレも見たよ。さっきそのおっさんがヘンな動きをしていたの。触ってたかまでは分からなかったけど、そうやって、見た目が派手だとか真面目だとかで判断すんなよ」
驚いてそっちを見ると、同じ学校の制服を着た男子がいた。周りも彼の言葉に思わず黙った。
「ありがとう」と礼を言うと、「見た目で判断する奴が嫌いなだけだ」とぶっきらぼうに言われた。
結局、親切な女性が味方になってくれて次の駅で痴漢を駅員に引き渡した。痴漢は諦めて罪を認めた。
その男子と再会したのは入学式だった。なんと同じ学年で、ちらっと見た名札には“笹塚 敬一”と書いてあった。でも残念ながら違うクラスだった。
……以来、話す機会をずっと伺っていた。チャンスはあった。一度だけ。たまたま掃除当番で隣の持ち場になったのだ。
だから思い切って声をかけてみた。
「あの、この前はありがとう」
「はあ?」
怪訝な顔をされた。なんと、笹塚はわたしのことを覚えていなかったのだ。笹塚はヘンな顔をしたまま去ってしまったので、話せたのは本当にその一回きりだった。
……でも、覚えていないのも当然かもしれない。見ていると、笹塚は本当にいいことばかりしているのだ。
電車では必ずお年寄りに席を譲るし、迷子を助けたこともある(毎日登校時間を合わせているし、帰りもたまに後をつけるから間違いない)。だからわたしを助けてくれたのも、そんな善行のうちの、ほんのわずかなひとつなだけだった。
笹塚はなにげに成績はいいし、お箸の持ち方もきれいだ。魚の骨も丁寧に取る。実は字も綺麗。声もいい。地味だけど、悪い顔じゃない。むしろ、ひそかにかっこいい。恋は盲目だと優奈には笑われるけど、ずっと見ていたから分かるのだ。まだ同学年の女子に彼の良さはばれていないけど、目の肥えた先輩女子たちにはさりげなく人気がある。
もっと広まってしまう前に、なんとか手を打たなければ。なんとかしなくては……!
だから、条件付き罰ゲームで告白する相手は決まっていた。まさか、すぐOKしてもらえるなんて思わなかったけど。
今日、一緒にこうやって帰れるなんて、夢みたいだ。照れているのか、笹塚はすこし挙動不審だ。それもいつもとは違って新鮮で嬉しい。
そしてしきりに尋ねてくる。
「罰ゲームだよな?」
「そうよ?」
どうして知っているのか分からないけど、本当のことだから否定はしない。彼の前では素直でいたいし。おしゃべりな優奈あたりが言っちゃったのかなあ。少し照れる。
笹塚とカラオケに行って、ハンバーガーを食べた。いつも友達と遊ぶコースも、笹塚とだと全然違って感じる。
化粧をしなくても美人だと言われて、すごく嬉しい。笹塚がそう言うなら、信じてみようかな?
そしてあっという間に時間が経ってしまった。もう帰る時間だ。
……こういうとき、手練れの優奈ならささっとキスでもするのだろうが、わたしは男の子と付き合うのは初めてだから、小さく手を振るのが精一杯だった。
「じゃあね、今日は本当にありがとう」
そう言うと笹塚は周りをキョロキョロ見回した。もしかして、人がいないのを確認してる?
――キ、キスとかしちゃう流れなのかな。どうしよう、心の準備ができていない!
心臓がバカになったかと思うくらいどきどきしてきた。
しかし、
「罰ゲームだよな?」笹塚はそう言っただけだった。
なんでそんなに何度も確認するんだろう。不思議だけど、答える。
「そうよ?」
キスを期待していたから顔は真っ赤かもしれない。それに、罰ゲームの内容を思い出してさらに赤面する。
――本当に好きな人に、がち告白すること!
ゲームの条件はそれだった。優奈は言った後、わたしに向かってウインクをした。
彼女には恋の相談を何度もしていて、優柔不断な背中を押してくれようとしていたのだ。
告白が成功して、一番に喜んでくれたのも彼女だった。校舎の裏で大きな歓声を上げてくれて、自分のことのようにはしゃいでいた。持つべきものは親友だ。
だって一人だったら、笹塚に「ずっと好きでした。わたしと付き合ってください」だなんて本心、言えないもの。
だから、当の本人に何度も何度も「本当に好きな人に告白した罰ゲーム」のことを確認されると照れてしまう。
それでも笹塚を見上げて、なんとか言う。
「笹塚。また明日、一緒に帰ろう?」
明日も会いたい。こんなことをこうやって言える日が来るなんて、わたしはなんて幸せ者なんだろう。
なぜか困惑気味だった笹塚は、意を決したような表情になるとわたしの目をまっすぐに見つめて言った。
「わかった。でも明日は、オレがおごるから。……男の矜恃だ」
ああ、こういうところも、大好きだなあと思った。
〈おしまい〉
初めてラブコメを書きました!
読んでいただきありがとうございました!
二年くらい前に書いて投稿した短編ですが、今になってたくさんの人に読んでいただけて、驚きとともに嬉しく思っております。
他にも色々書いているので、お読みいただけると嬉しいです!^_^