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08 偽りと真実

 レオに背中をさすられて、子供みたいに泣いてしまった。

 溢れ出した涙の理由は想い出せないけど、貴方のそばにいられる。

 今は、それだけで…………


 「妃梨、美味しくなかったですか?」

 「ううん……美味しいよ……」


 そう応えたリリーは、先程から箸が進んでいない。オムライスは半分も減っていないのだ。


 「午後の授業は眠くなるわよねー」

 「紫苑でも、そうなるの?」

 「ええー、勿論なるわよー」

 

 カフェテリアで揃って昼食を済ませると、特進科の棟に戻ってきていた。

 

 「でも、今日は特別講師のジル様だから楽しみだわ」

 「紫苑は相変わらずジル様のファンだなー」

 「英司、いいでしょ? ほっといて」


 ーーーージル様?

 

 「妃梨は編入したばかりだから、知らないよな?」

 「う、うん……」

 「ジル様っていうのは、北宮きたみやジル様よ。花の世代の三大貴族って言われてるくらい、綺麗な方なの。新入生が出た時にしか来て下さらないのよ?」

 「…………凄いね」

 

 リリーは、その一言に集約していた。


 紫苑の初めて見る姿もだけど、新入生って事は……私が編入したから、講師をして下さるって事だよね?

 それに……花の世代の三大貴族??


 「ーーーー紫苑、うるさい」

 「ちょっと、ノエル? あんまりじゃない?」

 「騒ぎすぎだろ?」

 「本当、ジル様とは大違いねー」


 紫苑とノエルのやり取りは授業中とは違い、年相応な学生のようだ。


 「妃梨……」

 「ん?」


 ギーに腕を引き寄せられると、リリーは補足を受けた。


 「ノエルとジル様は兄弟なのですよ」

 「そう……なんだ……」


 それにしても……花の世代の三大貴族って、一体何なんだろう?


 そちらについての補足はない。


 二人のやり取りが終わると、教室に午後の講師を担当するジルが入ってきた。これが普通科なら、昨日の黄色い声の比じゃなかった事だろう。


 ーーーー本当だ……綺麗な人……


 ノエルと同じようなダークブロンドの髪に、ヘーゼル色の瞳が印象的な男性だ。歳はレオと同い年くらいの見た目である。


 髪色が似ていたりするのは、人と変わらないよね。

 顔立ちも……何となく、ノエルと似ている気がするから……


 「……妃梨は、はじめましてだね」

 「は、はい……」

 

 彼は優しく微笑むと、ヴァンパイアについて講義を始めた。


 「妃梨、ヴァンクレールという単語は聞いた事があるか?」

 「ーーーーいえ、ありません」

 「そうか……これは、新入生にする質問なんだ。知らなくて当然だから、気にしなくていい」

 「はい……」

 「それでは、これからヴァンクレールについて少し話をしようか」


 明るく通る声に、紫苑は『はい!』と、元気よく応えそうな勢いだ。


 「簡潔に言えば、ヴァンパイアと人との間に生まれた子をそう呼んでいたな……ある王族がそう名付けたんだが、それ以上の事は何も残っていない。古い文献には、『この世界に一筋の希望の光をもたらすモノ』とされるような記述があるが、定かではない。当時生きていたとされる者は、一人も残っていないからな」


 ーーーーこの世界に……一筋の希望の光をもたらすモノ?

 私の知っているヴァンクレールとは……あまりにも違う。

 よく歴史は都合よく描かれていたりするけど、そういうのが影響しているの?


 「……要するにヴァンクレールは、ヴァンパイアと人とのハーフだ」


 さっきまでの暗い雰囲気が、一気に明るくなったというか……ハーフって……


 砕けた話ぶりに、教室から微かに笑みがこぼれる。


 「実際に生きている奴を見た事は、俺もないけどな。妃梨は、どうしてだか分かるか?」

 「ーーーーそんな人は……今は、存在しないからですか?」

 「まぁー、そうだな。殆どの教授はそう言ってるし、それも事実ではあるけど……こういう見解もある。ヴァンパイアが生き残る為に、そうせざるを得なかったって事だ。綾人、ヴァンパイアの王族の髪色は分かるか?」

 「ブロンドです」

 「そう、昔からブロンドの髪だと決まっている。詳しい解明はされていないけどな。だが、此処にいる特進科は、ほぼ栗色だろ?」


 リリーは思わず周囲の髪色を見ていた。


 ーーーー本当だ……ブロンドの要素があるのは、ジル先生と……ノエルだけ……


 「これは歴史で学んだと思うが、王族が他の……人の血を入れた事が反映されてると考えられている。今の王は、姿こそ俺も見た事はないが、綺麗なブロンドの髪だそうだ。だからこそ、純血の君は貴重な存在で、俺達のような貴族が生きる意味になっている」


 純血の君……レオのこと、だよね……

 そんなに尊い存在とされているなんて、知らなかった。


 「ーーーー何て言っても、俺達には殆ど関係のない話で、貴族の流儀とやらを守っているのは、ごく少数派だ。だから、必然的にヴァンパイアがかつて持っていたとされる能力も低くなっている。皆も寿命が尽きれば、いずれは死に……また新たな命に生まれ変わる。人もヴァンパイアも、見た目は何ら変わりないからな」


 砕けた口調で放たれた言葉は、ある意味真実だが、それが全てではない。

 リリーは違和感を覚えていた。


 ーーーーーーーーヴァンパイアが不老不死じゃない?

 それなら、王が六百年も在り続けている意味は?


 様々な疑問が浮かんでいたが、その表情は授業前と少しも変わっていない。冷静さを保ったまま、話を聞き続けていた。


 「ーーーー自分達のルーツを知るのは、面白いだろ?」

 

 リリーに向けられた視線で、彼女に聞いてる事は明らかだ。


 「はい」


 簡潔に応えると、ちょうどチャイムが鳴り、ジルによる特別授業が終わりを告げた。


 今の言葉をそのまま受け止めるなら、人よりも少し丈夫で、吸血行為をしないと日中歩けなくなって何かと不都合だから、輸血って形で飲んでいる人が多いってことで……


 考えても頭の中が混乱するだけだ。リリーでなくとも事実を知っていれば、そう感じていた事だろう。

 

 「妃梨、帰れますか?」


 いつもの口調のまま尋ねたギーに、笑顔で応える。


 「うん!」


 ギーが彼女の手を握ると、二人は手を繋いだまま帰っていく。対策は万全である。登下校の際に周囲に見せている甲斐があり、リリーに取り入ろうとするような輩はいない。遠巻きに二人を眺めているだけだ。

 

 ーーーージル……先生…………

 ノエルと初めて会った時は感じなかったけど、あの人には……以前にも、会った事があるような気がするの。

 だから、『はじめまして』って言われて……戸惑ってしまった。

 

 「リリー、ギー、おかえり」


 考え込んだままギーに手を引かれ、マンションに帰って来ていたようだ。

 玄関に入るなり、レオが出迎えていた。


 「ただいま……レオ……」

 「どうかしたのか?」

 「……あの……今日ね……」

 

 王族がブロンドの髪なら、レオの栗色の髪は何故なんだろう。

 それに……ジルって…………名前に聞き覚えはないけど、やっぱり何処かで……


 リリーが言葉を探していると、リビングから聞き覚えのある声がした。


 「レオーー、姫様が帰ったのか?」

 「あぁー」


 ーーーーえっ……この声って……


 彼女の反応に、レオは微笑んでいる。先程まで講義をしていた声だ。聞き間違えようがない。


 「リリーには、まだ紹介していなかったな。今日、会ったと思うけど、王国騎士のバジルとオレールだ」

 「さっきぶりだな姫様」

 「バジル、少しは改めなさい……お初にお目にかかります、リリー様」

 「ーーーーはい……」


 ジルの違和感の正体は、名前だったんだ……

 オレールは……何となくお茶が香るようなイメージが浮かんでいるけど……


 二人とも中世ヨーロッパの騎士のような上下黒の服を着ている。先程まで学園で講義を行なっていたジルと、同一人物とは思えないで立ちだ。


 丁寧に膝を折って、彼女の手の甲にキスをするオレールの振る舞いは、正に中世の騎士そのもののようだ。


 オレールはプラチナベージュの長い髪を一つに束ね、リリーに向けて柔らかに微笑んだ瞳はヘーゼル色に近いブラウンだ。

 二人とも、その目立つ容姿に出で立ちの為、帝都内で見かけたら、外人のコスプレと勘違いされそうである。


 オレールの規律を乱さない所作に、バジルも仕方がなさそうに従う。同じように膝を折ると、リリーの手の甲にキスをしていた。


 「ーーーーお久し……ぶりです……?」

 「…………リリー様?」

 「ううん、何でもないです!」


 リリーは慌てて首を横に振った。無意識に口から出た言葉に、彼女自身も戸惑いを隠せないようだ。


 すんなりと出てきた言葉……懐かしさを感じる瞳に、騎士の服装。

 見覚えがある筈なのに、あと少しが想い出せない。


 「リリー」


 落ち着いた声で呼ばれ振り向くと、彼が同じように跪いていた。


 「レ、レオ……」

 「……リリー」

 

 手を取られたリリーは、先程までとは違い頬が染まる。レオの唇が手の甲に触れているからだ。


 ーーーーこれは……前にもあった…………

 今度は、はっきりとそう思える。

 

 思わずしゃがみ込み、同じ目線になったリリーは、彼の手を取っていた。


 「……リリー?」


 レオの声は届いていないようだ。

 周囲を気にせずに彼の手の甲に唇を寄せている事が、その証拠だろう。


 敬愛を示すような彼女は制服姿のままだが、レオには遠い記憶の中にいる少女が目の前にいるような錯覚を起こしていた。


 「ーーーーレオ……ありがとう……」


 花が咲いたように微笑んだ彼女から、甘い香りが強く放たれる。


 その場に倒れそうになるリリーは、強く抱き寄せられていた。


 ーーーーーーーーレオだ…………今更だけど、本当に……レオなんだね。

 貴方のそばにいたいと、どれだけ願ったか分からない。

 今は、それだけで……なんて嘘だ…………それだけじゃ足りないの……


 強く甘美な香りが、元の微かな香りに戻っていく。彼の腕の中で、リリーは意識を手放していた。

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