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06 特進科と普通科

 ーーーーようやく眠れたみたいだな……

 

 自分の腕の中で眠るリリーは、昔と変わらないのだろう。無防備な姿に、溜息を吐きそうになるレオがいた。


 もっと、避けられるかと思ったけど……このままか……

 

 小さな寝息を立てるリリーは、彼の胸に額を寄せたままだ。


 「悪いな、リリー……」


 彼女の首筋を強く吸い上げると、赤い痕を残していった。






 「リリー、おはよう」

 「おはよう……ございます……」


 何事もなかったかのように、挨拶を交わしているが、リリーの胸中は複雑だ。

 何故なら、二人はベッドの上で抱き合ったままだからだ。


 あんなに恥ずかしがってたのに、あのまま寝ちゃったなんて……


 頬が赤くなっているリリーを、彼は愛おしそうに見つめている。


 「そろそろ、ギーが来る。制服に着替えておいで」

 「う、うん……」

 

 リリーが寝室を出て行くと、レオもスーツ姿に着替えていた。彼も表向きの仕事に行くようだ。


 二人がリビングに揃って顔を出すと、リリーと同じ白いブレザーに、チェック柄のパンツに、ネクタイを締めた制服姿のギーがエプロンをつけ、キッチンに立っていた。


 「おはよう、ギー」

 「おはようございます」

 「手伝ってもいい?」

 「初日なので今日は私が……明日から、お願い出来ますか?」

 「うん!」


 ギーは嬉しそうにするリリーからレオに視線を移した。


 レオ様の仰るとおり、記憶は不完全。

 『なるべく好きにさせて』と仰るから、そのようにしているけれど……あの頃と変わらずに、微笑まれるのですね。


 ギーが彼女に向ける視線も、実に柔らかなものだ。主人の大切な人は、彼にとっても大切な人のようだ。


 「学園では、東宮とうみや妃梨ゆりで通して貰うから」

 「東宮?」

 「あぁー、俺と綾人の仮の名だ」

 「うん……」


 東宮妃梨か……リリーって呼ばれるのには、最初から抵抗がなかったけど、気をつけないと……咄嗟に反応出来なそう。


 リリーの順応性の高さだろう。特に質問する事はなく、自分の名を受け入れている。

 そんな彼女の様子に敬意の念を、ギーは少なからず抱いていた。


 「ギー、あとは託す」

 「はい」


 レオは二人の頭を優しく撫で、送り出した。




 リリーがこれから通う学園は、高層ビルから近くに見えた広い森が広がっているような場所にあった。距離でいうと、徒歩十分以内といった所だ。


 「ーーーー広い……」

 

 思わず漏らしたリリーに、ギーは微笑んでいる。


 「妃梨、行きますよ」

 「うん」


 差し出された手を躊躇なく、リリーは握り返していた。


 「ーーーー綾人……何か……目立ってない?」

 「そうですね。このブレザーは、特進科の生徒だけですから」

 「えっ……」


 リリーが周囲を見渡せば、グレーのブレザーに彼女達よりも濃い色のチェック柄のプリーツスカートやパンツを履いた人しか歩いていないのだ。


 「ーーーー……着替えたい」

 「そんな事を言っていると、玲二さんが悲しみますよ?」

 「うっ……」


 二人が並んで歩く姿は高校生のカップルのようだが、実際は彼女の護衛の役割をギーは果たしていた。


 遠野とおの先生は普通の人みたいだけど、雰囲気が……


 ギーと分かれたリリーは特進科の教室に向かう為、担任の後をついて歩いている。


 普通科の教室とは別の棟にあり、教師であれど特進科担当でない限り、出入りが許されていない。その為、少人数精鋭のエリート集団と周囲から思われているが、事実とは異なる部分もある。

 近隣諸国にいる若いヴァンパイアが集められ、その歴史と生き方について学ぶ場だ。各学年関係なく一つのクラスに纏められている為、一人も入学者がいない年も多々ある。


 ーーーー要は王家が統括しやすいように、数十年前に出来たばかりの体制って、言ってたっけ……


 「この時期の編入は珍しくてね。特進科は特殊な奴の集まりみたいなものだから、卒業生は起業した奴が殆どかな」

 「そう……ですか……」


 レオも一昨年、卒業したって言ってたから……人でいう十九歳か、二十歳くらいって事だよね。


 遠野の話を聞きながらも、リリーは学園での生活について、レオから受けたレクチャーを思い浮かべていた。


 「東宮、ここが特進科だ」

 「はい」


 ーーーーーーーー此処にいるのは、全員ヴァンパイア。

 

 独特の雰囲気が漂っていると想像していた教室は、窓を薄いカーテンが覆っている以外、特に変わった様子はない。

 高校の教室というより、長い机や椅子が並んでいる為、大学のような教室の造りになっているが、並んでいる数が圧倒的に少ない。机は二列分で、十名分の椅子しか用意されていなかった。

 

 「今日から特進科に編入になった東宮だ」

 

 その名に教室は騒然となるが、リリーの想定の範囲内だ。レオとギーが名乗っているという事は、近しい間柄を示している。

 彼が王族という事は伏せられていたが、その存在感から位の高い者だという事は、周知の事実となっていた。


 予想通りの反応……レオとギーの足枷にだけはなりたくないから……


 「東宮妃梨と申します。よろしくお願い致します」


 リリーは綺麗に一礼すると、にこやかに微笑んでみせた。

 その仕草に騒然としていた雰囲気は一掃され、歓迎ムードに変わる。


 えーーっと、この後はギーの……綾人の隣で、授業を受けて……


 所作とは裏腹に、リリーの頭はフル稼働している。何故なら、彼女が唯一の生き残りとされるヴァンクレールとは、誰にも知られてはならないからだ。


 「……綾人」

 

 また美しい笑みを浮かべる彼女に、ギーも応える。


 「妃梨、此方へ」

 「うん」


 ギーは彼女の手を引き、隣に座らせる。これもレオに言われていたパフォーマンスの一環だ。

 

 うっ……視線を感じるけど、我慢…………

 私が此処に編入した理由は二つ。

 ヴァンパイアについて学ぶこと。

 そして、もう一つは……記憶を取り戻すきっかけを探すこと。

 断片的な事しか想い出せていない私は、香りも無防備な状態らしいから……木を隠すなら、森という事みたい。


 教卓に立つ講師は、大学教授とか偉い学者ばかりだ。とても高校生が学ぶ授業内容ではないが、ペンやノートを使用しない電子機器を使った授業に、リリーは抵抗なくついていけている。


 ーーーー今までとは違う授業ばかりだから疲れるけど……一度聞いた事は忘れないから、問題はなさそう。

 試験で態と満点を取らないよりは、ずっと楽かもしれない。


 「妃梨、大丈夫ですか?」

 「うん、ありがとう」

 

 授業は滞りなく終わり、昼食の時間となった。チャイムは特進科も普通科も共通である。


 二人の周囲には、特進科の生徒が勢揃いしていた。


 「綾人、知り合いだったのか?」

 「はい」


 同級生と話す時も敬語なのね……


 小さく笑うリリーに、ギーは少し気恥ずかしそうだ。


 「妃梨って、呼んでいい?」

 「はい、よろしくお願いします」

 「私も紫苑シオンでいいわ」

 

 本当にこの国にもヴァンパイアがいるんだ。

 今まで男の人にしか会った事がなかったから、初めて女の子のヴァンパイアに会ったけど……綺麗……


 紫苑と名乗った女子生徒は、リリーの一つ年上だが、見た目はもっと年上と言ってもいい美少女だ。ふわふわの栗色の髪に、青みがかった瞳をしている。


 「ところで綾人と妃梨は、親戚なの?」

 「そうですよ」


 柔らかな口調で応えたのはギーだ。

 これは今朝、話を合わせる際に辻褄を合わせた結果である。

 『それ以上追求するな』と、瞳が物語っているのだろう。ギーの返答に、それ以上の追求をする者はいない。


 「妃梨、行きますよ?」

 「う、うん」


 ギーに手を引かれて行った先は、カフェテリアだ。

 支払いは不要で、その日のメニューから好きな物を好きなだけ、注文出来るシステムになっている。

 此処は学園内で唯一、普通科と共有のスペースになっている為、特進科の生徒というだけで注目の的だ。


 「うわっ……綺麗な子……」 「顔小さい」

 「本当、初めて見たな」 「足長……モデルさんかな?」

 「噂の編入生か?」 「すごい美人じゃん!」

 

 普通科の生徒は遠巻きに、特進科の生徒に視線を向けているだけだ。

 普通科といえど、この学園に入学するには、難解な試験をクリアした限られた者だけだ。その為、学園に通っている事自体がエリートの証である。大きな騒ぎを起こすような人格者はいないようだ。


 「綾人は何をよく食べるの?」

 「そうですね。毎日メニューが変わるので、その日の気分によりますかね」

 「そうなんだ……」

 「妃梨、好きな物を選んで大丈夫ですよ」

 「うん」


 でも、こんなにあると迷っちゃう。

 特進科の生徒も、基本的には人と同じ物を食べるって言ってたけど……雰囲気で感じ取れなければ、人との違いはない気がする。


 リリーはギーと同じ定食を選んだ。二人の周囲には、特進科の生徒がいつの間にか揃っている。


 私の前にいるのが一つ年上の紫苑シオン、女の子は私を含めて二人だけで……

 ギーの右隣には、同い年のゴウ。あとは、一つ年上の有斗アルト英司エイジ、ノエル……

 私とギーも合わせると七人だけが、特進科の生徒で、今年の一年生の入学者はいなかったみたい。

 同い年って事だけど……実年齢は不明だから、本当にそうかは分からないけど……


 食事をする所作すら美しいのだろう。普通科の視線を集めていたが、彼等に気にする様子はなく、編入したリリーに次々と話しかけていた。特に紫苑は、二年振りに入学した同性が嬉しいようだ。


 「妃梨は、この近くに住んでるの?」

 「はい、紫苑さんはお近くですか?」

 「もう、紫苑でいいわよ。殆どの特進科は、学園の寮に住んでるの」

 「そうなんですね」

 「今のメンバーで寮に住んでないのは、ノエルと綾人くらいよね?」

 「そうだな」 「はい」


 こうして話していると、普通の生徒って感じなのに……不思議。


 「妃梨、そろそろ戻りましょうか?」

 「うん」

 「綾人ったら、過保護ねー」

 「だよなー」

 「そうですか?」


 周囲の反応にギーは応える気がない為、リリーの手を引くと特進科の棟に戻っていくが、いつもと変わらない対応なのだろう。誰も気に留めていないようだ。


 特進科が七人揃って移動する姿に、普通科の生徒達が小声で色めき立つ。


 「ノエル先輩! これ、貰って下さい!」


 一人の女子生徒が、実習で作ったであろうマフィンの入った袋を手渡した。


 「ーーーーありがとう……」


 にこやかに微笑む彼に、周囲から黄色い声が上がる。

 騒ぎを起こす者はいないが、こういった反応は彼等にとって日常のようだ。


 ーーーー凄い……破壊力…………

 ノエルは、確か……モデルをしてるんだよね。


 リリーが特進科のメンバーに視線を移し、騒がれる事にも納得していた。

 眉目秀麗とは、彼等の為にあるような言葉だった。

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