45 忌み子と双子 下編
散々罵られ、貴族だというのに暴力を受けた事もあった。
力があれば、理不尽な目に合う事はないと思った。
強い力さえあれば、誰にも文句なんて言わせない。
虐げられた彼女を見た時、自身のように映った。
「クロヴィス、僕は決めたよ」
「ーーーー……」
「殿下をお守りするんだ!」
「…………そうか」
その時、自分がどんな顔をしていたのか思い出せない。
ただダヴィドは困ったように微笑んでいたーーーーそれだけが印象に残った。
業火に焼かれ、何も残らない城を見ても、何も思わない。
一族が死んだから何だというのだ……何故、分からないんだ。
あの瞬間に戻れるなら、今度は片割れの手を取るだろう。
自らの矛盾に気づきながら、どうにもならない。
叶うなら…………こんなになる前の、もう少しまともだった頃に、彼女に会いたかった…………
叶わないなら、いっそ全て滅んでしまえ。
消えてなくなったところで、彼女が帰る事はない。
泣き叫ぶダヴィドは馬鹿だ……あんな女、一人いなくなったくらいで何だというのだ。
色目を使った家庭教師が悪いんだろ?
それなのに、何故そんな目で見るんだ…………
向けられる感情が表面的でしかないと知った。
双子というだけで忌み嫌われ、犯してもいない罪を問われる。
無自覚に傷つけると言われた所で、少しも分からない。
それが何だというのだ。
髪色が、瞳が、外見なんて些細なことで、双子だって事も、自分ではどうしようもない。
仮に葬った所で、また悪意を向けてくる癖に……なんて身勝手なんだ。
知っていたなら、いっそ殺してくれたら良かった…………こんな世界、大嫌いだ。
全部なくなってしまえばいい。
そうすれば、こんな感情ともおさらば出来る。
短絡的思考は誰に強要された訳でもない。自身が考えを放棄した結果だ。どんなに願っても叶わないなら、いっそ無くなってくれた方がマシであると。
「ーーーークリスティー……」
溢れた愛しい人の名に、選ばれなかった自身が滑稽に映る。そう唆した者がいると気づきながらも、深い闇に呑まれていった。
劣悪な環境で生まれ育った侯爵家の双子は、徹底した実力主義の教育がなされた。親にしてみれば、軽んじられる事のないように身を案じての事だったかもしれないが、双子にとってはいい迷惑であった。
愛する人との子だと捨てることの出来なかった母に対し、父がそれを受け入れる事はなかった。
彼らに弟が生まれるまでは、それなりに幸せな幼少期だったといえるが、父の容姿を受け継いだ弟は溺愛された。
何でも彼の思い通りになった。だからこそ、彼のせいで侯爵家は廃嫡となったが、その事実を知る者はいない。好き放題にやらかした結果、多くの民と同族を死に追いやったのだ。
タチの悪い事に純血に近しい力をもって生まれた弟にとって、相手に認識させないようにする事くらいは簡単だった。印象に残したいならば、黒髪に変えればいい。実に簡単に人々は騙され、侯爵家の双子はますます厄介者扱いされていった。
無知が罪になるのなら、何故アイツが捌かれない?
私達は、何一つ犯していないのに……断罪されていく彼女を見つめる事しか出来なかった。
『ーーーー感情は厄介ね』
当時は理解できなかったが、今なら分かる。
心なんて無くなってしまえば、こんな感情を知らずに済んだのに…………
「また怪我したのか?!」
「……大した事ない」
「血が出てるだろ!!」
自分の事のように感情を表す片割れに、告げる言葉はない。彼にとって、これが日常であり今に始まった事ではないのだ。
「擦り傷くらいなら、すぐに治るだろ?」
「そういう問題じゃない!!」
声を荒げる弟には分かっていたのだろう。いくら傷の治りが尋常じゃないスピードでも、感情まではそうはいかない。そして傷も、銀製の物で付けられれば治りが遅くなり、場合によっては痕が残る事もある。
唆したであろう弟の仕業は全てクロヴィスのせいになった。甘やかされ、与えられるのが当たり前の環境で育った弟を増長させたのは、間違いなく両親であり領地の民によるものだった。
何度呪ったか分からない……母は陰でよく泣いていた。
『双子などありえない!』と、『他の奴との子ではないか』と…………要するに、父は父親ではなかった。
少なくとも私達にとっては、敵と呼べる者でしかなくなっていた。
ほとんど老いる事がない両親が死んだのは、私が毒をもったからだ。
母は毒と知りつつ飲み、父の後を追った。
彼女が愛していたのは、結局厳格な父だけだったのだと悟った。
哀れみを向けられる一方で、平然と暴力も振るわれた。今までの事が全て私のせいであるかのように。
弁解した所で現状が変わるとは思えなかった。そんな事もあり、口を閉ざした。
馬鹿な片割れは必死に俺を庇おうとしたが、いつしか疎遠になっていった。
全てアイツのせいなのに…………何一つ、報われない。
こんな世界なくなってしまえばいい。滅んだ所で知った事ではない。
こんな理不尽な世界は大嫌いだ。たった一人の双子の弟すら守れないこんな自分も……
「あの、これを……」
震える手で差し伸べられたハンカチに、涙が溢れそうになった。
現状を打破する事は敵わなくとも、たった一人でもいい……救われていたんだ。
「痛みますよね……今、薬を……」
「いや……いいんだ……」
小さな手は遠慮がちに頬の血を拭った。得体の知れない私にすら慈悲をかける。
この子が……あの殿下の、娘か…………
プラチナブロンドの長い髪が揺れ、宝石のような瞳が心配そうに見つめる。
…………恥ずかしくなった。
ただ殺す事でしか保てない自身が滑稽に映った。
それを伝える相手は既にいなかったが、そのように感じずにはいられなかった。
世迷いごとと言われても仕方がない。
魔女は確かにいたんだ。
それがアイツによって造られたと知った時、黒い感情が去来してそれ以降の事は覚えていない。
ーーーーーーーー気づけば、灰の上に立っていた。
きっと片割れも同じだろう。
気づいた時には、戻れない場所まで来ていた。
血に染まり過ぎた我々に、救いの手は無い。
魔女はきっかけに過ぎず、彼等の選択次第では違った未来もあっただろう。考える事を放棄し、他者に委ねて諦めた結果だ。
時折戻る感情に戸惑いながらも、どうする事も出来ない。
ただ無力な自身を思い知らされるだけだ。
錯綜する記憶に感情が追いつかない。頭を抱えたところで、玉座に一人だ。
「…………今さラ…………」
今さら嘆いた所で、片割れとの仲が修復する事はない。
我々は個々でありながら、『二人でようやく一人前だ』……それが正しかったのだろう。
重たい扉が開く気配はなかったが、見下ろせば弟が見た事のない笑みを浮かべていた。
「あーー、もう少し遊んでくれないと、つまらないじゃないかーー」
「…………オマエハ……」
「あ、気づいた? 兄さんにそっくりでしょ?」
無邪気に笑う弟はクロヴィスの姿をしていた。口調を正せば、彼にしか見えないだろう。
「本当、馬鹿だよねーー。兄さん、知ってる? 君の片割れは、君を守る為にその身を差し出したんだよ?」
「?!!」
「ふふふ、いい顔……でも、これくらいじゃ足りないかなーー」
「……オマエ、ハ…………」
「はい、はい、おやすみーー」
軽い口調でクロヴィスの顔に手をかざせば、見るみるうちに真っ黒に染まっていった。
「ふふふ、どうせ君達には分からないよ」
「アア……ア……」
玉座に座った彼は、クロヴィスの形を保っていない。言葉を発する事は叶わず、伸ばそうとした手は無惨に斬り飛ばされる。黒い瘴気が立ち上り、嫌な匂いが漂うが、クロヴィスの顔を成した人物には関係ないのだろう。鼻を覆う事はせず、侮蔑の視線を向けるだけだ。
「偽りの王には退場して貰って、彼の方に宣言して貰わないとねーーって事で、クリス、頼んだよ?」
「はい」
音もなく現れた美女に笑みを向ければ、返答と共に消えていった。
「ーーーーさて、姫がようやく僕のモノになるのが待ち遠しいよ……」
そう口にした彼は、ダークブロンドの髪が印象的な美丈夫に変わっていた。
空になった玉座に腰掛け、何も無い部屋を見下ろしたかと思えば、指先を鳴らして影を呼び出す。
「……さぁー、楽しい殺戮の時間だ」
部屋を埋め尽くす影と共に、彼の姿も消え去っていた。