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42 目覚めと眠り 上編

 『ーーーー火炙りの刑に処す』


 長い罪状と名、侯爵家の家名を傷つけるには十分な処罰だ。


 『ようやく……ようやく平穏に戻るのね』

 『ーーーー許せない!』 『あの女のせいで!!』

 『あぁー……神様……』 『まだ生きてるなんて!』

 『火炙りじゃ足りぬ!!』


 恐ろしい魔女の存在に、怯えて暮らしていた人々は次々と安堵の言葉を口にしたが、そこには被害者による怒りが多く含まれていた。

 中には石を投げる者までいたが、止める者はいない。夫は打ちひしがれながら何も出来ずにいた。ある意味それは正しく、当然の行為であった。


 業火に焼かれる中、美しい女性は小さく呟き、何かを残そうとしながらも叶う事はなく、そのまま三日三晩焼かれ、最後は灰となった。


 彼女の為に涙を流したのは夫であったダヴィド。ただ一人だけであった。


 幼心に残忍さを知った。

 それは、人間に限った事ではなくて……ヴァンパイアこそが狂気であるとさえ感じた。

 段々と威張り散らすようになり、人が変わってしまったダヴィドに同情の声はない。

 王であるベルだけが、冷淡さを保っていながらも悲しんでいた。

 そして、アベルとマリアも…………




 涙をつたうリリーの頬に触れても反応はない。酷い顔色のままベッドに横たわっている。


 「ーーーーリリー……目覚めてくれ……」


 両手で手を取り唇を寄せて願うレオの横顔に、バジルはそっと扉を閉めた。


 「まだ目覚めないのか?」

 「あぁー……力の使いすぎだろうな……」

 「そうですか……」


 城ではなく帝都の自宅に戻っていた。クロヴィスの狙いがリリーならば、学園が狙われる可能性が高いからだ。

 当の本人は、あれから二日経った今も目覚める気配はない。騎士達は入れ替わりで学園の警護に当たっている為、任務ではないメンバーがリリーの様子を見に通っていた。


 リビングにはバジル、トマ、オレールの三人と、ギーがティーカップを持ってやって来た。

 華やかな香りと苺ジャムがサンドされたクッキーがテーブルに並び、揃ってソファーに腰を下ろした。


 「ーーーーーーーーマズいな」

 「す、すみません! 入れ直します!!」

 「あっ、違う、違う! 紅茶もクッキーも美味いよ。ギー、ありがとう」

 「い、いえ……」


 慌てた様子のギーも冷静さを取り戻す。トマの呟きは現状についてだ。


 「そうですね…………このまま……リリー様が目覚めなかった場合、最悪の可能性もあり得ますからね」

 「あぁー……それに、レオまで倒れられたら困るからな」


 気配を感じ態とらしく告げるトマに、レオは苦笑いするしかない。

 

 「ーーーー分かってる。配給品は飲むから、問題ない」

 「顔色が悪い」

 「あぁー、姫様が目覚める前にレオが倒れたら悲しむぞ?」

 「あぁー……」


 頭では分かっていても、心情まではどうにもならないのだろう。ソファーに座りながら視線だけは寝室の扉に向けられていた。


 「今日も……クロヴィスの動きは無いみたいだな」

 「あぁー、何処に雲隠れしたんだか……」

 「そうですね……」


 重い空気に紅茶の華やかな香りが気分を和らげる。ギーが淹れたのはリリーが好きな紅茶だ。そこには、早く目覚めて欲しいという願いが込められていた。


 「ーーーー陛下の報告はどうだった?」

 「あぁー……謝られたな」

 「そうですか……」


 払拭した筈の空気が沈んでいくようだ。此処にリリーがいたならと、誰もが感じていた事だろう。お転婆な姫は、そこにいるだけで空気が和らぐような存在だった。


 「……陛下の言葉に、疑問が残るんだが……」

 「あぁー……クロヴィスについてか?」

 「結局、彼奴は逃げたんだろ?」

 「供給源がいなくなったからな。力を蓄えて、また……リリーを奪うつもりだろうな……」

 

 レオにだけは、クロヴィスの明確な目的が分かっているようだ。


 「ーーーーレオ様……」

 「どうした? ギー」

 「……クロヴィスは何故……リリー様を?」

 「そうだな……リリーの記憶も完全に戻ったしな……」


 ティーカップを空にしたレオから語られる現実は、何処までも非情さが残っているようだ。


 「…………陛下から報告のあった通りだが……それが全てではない」

 「全てじゃない? 結局、魔女も操られていたんだろ?」

 「あぁー……そもそもの発端が間違いだったんだ……」

 「どういう事ですか?」


 いつもは冷静沈着なオレールも身を乗り出す。


 「ーーーーあの村に魔女は確かにいた。でも、それは……愚かな王の自作自演だったんだ」

 「まさか!!」


 レオが冷静に頷く姿に、僅かな情報でも彼等には伝わったようだ。


 「魔女のいた村は、人間だけじゃない。ヴァンパイアやハンター……ヴァンクレールだっていたんだ……」

 「ーーーーっ、では!!」

 「あぁー……今思えば、長老達の策略だろうな」

 「そんな!!」


 スムーズに話が伝わる中、ギーには疑問しかない。百年分の知識の差があるからだろう。

 考え込むギーの様子で伝わっていないと悟ったのだろう。レオが概要を話し始めた。


 「アントムが王の時代……あの村から毎年のように生贄を募った。供給源の始まりともされているが……人からしてみれば、溜まったものじゃないよな……」

 

 長い沈黙は肯定と同義だ。親しい仲間がそんな扱いをされれば、黙っていられるはずが無い。

 レオは喉を潤し、懐かしい香りから仲間へ視線を移す。


 「…………魔女とされた人間に特別な力はなかった。ただ薬を巧みに使い、人々を癒していたんだ。本来ならあの村の救世主になる存在だったはずだ……だが、人々は魔女を責めた。彼女のせいで生贄を差し出す事になったと……責め続けられた心は、酷く歪んでいった。王を殺す気で生贄になった筈のマリオンまで魅了され、子供まで残した。許せるはずが無いんだ…………魔女に助けられた恩を、アントムは仇で返した。魔女がいなければ、ヴァンパイアも生き残れなかったのかもしれないんだ……」

 「何で、レオは……そんなに詳しく分かるんだ?」


 初めて耳にした情報に驚嘆するばかりだ。魔女が元凶とされているが、細かい内情までは知り得ない。現在の王、ベルナールから語られる事が彼等の真実であった。


 「それは…………俺が次期王だからだ……」

 「どういう意味ですか?」

 「王がどうやって決まるか……誰も知らないだろ?」


 顔を見合わせ頷く。世襲制である事以外、その全貌は明らかにされていない。騎士にとって純血を護る事が使命であり、疑問に抱く事すら無い。それこそが純血の力であり、尊いとされる所以でもあった。


 「ーーーーーーーー生まれた時から、決まっているんだ…………呪われているだろ?」

 「では……陛下は……」

 「全て知っているさ。次期王が、全ての記憶を引き継ぐんだからな」

 「えっ!?」


 声を上げるバジルの反応は当然である。現在の王が仮初だとは微塵も思っていなかったのだ。反応は違うが、予想外の答えに戸惑いを隠せない。


 「そう……王が不在はあくまでもイレギュラー。父上とアベルが前王ガスパルを殺めた事によって生じた、空白の期間だ。二人は長老達にバレず、今まで上手くやってきた。お互いを補って……理想を現実にする為に、奮闘してきたんだ」

 「レオ様…………全ての記憶とは?」

 「ーーーー言葉のままの意味だよ、ギー……」


 振り向けばプラチナブロンドの綺麗な髪が目に入る。


 「リリー!!」 「リリー様!!」


 喜びの声を上げる騎士に反し、レオはすぐさま駆け寄っていた。


 ぎゅっと抱きしめられ、長いこと寝ていたのだと気づく。彼の手は微かに震えていたのだ。

 

 「ーーーーーーーーレオ…………やっと会えた……」

 「あぁー……」


 ようやく記憶が戻った。

 だからこそ、躊躇わずに銃が持てた。

 遠い記憶は、いつだって不条理で……何度、この運命を呪ったか分からない。

 元から……悲しい結末しか用意されていなかった。

 オルも、ダヴィドも……マリアも…………みんな、逝ってしまった…………こんな現実、あって欲しくなかった。


 潤んだ瞳が宝石のように輝き、吸い込まれそうだ。


 「……リリー…………」

 

 頬に触れる手に染まり、思わず視線を逸らす。二人きりだったならリリーも受け入れていたかもしれないが、リビングには騎士達にギーと、側近と呼べる仲間が揃っていた。


 「ーーーーっ、レオ?!」


 ふわりと宙に浮いたかと思えば、レオに横抱きにされたままソファーに腰掛けていた。至近距離に戸惑いながらも、無理に離れようとはしない。リリーにも彼がどれほど心配していたかは分かっていた。


 「ーーーー姫様……良かった……」

 「はい……」

 「リリー様……」


 安堵から本音が漏れ、仲間の緩んだ表情にリリーも笑みを浮かべる。


 「大丈夫だよ……この通り…………レオ?」

 「ん?」


 何でも無いような顔をしているが、その腕の力が緩む事はない。本来なら立っている事さえ儘ならないと、レオには分かっていたのだ。

 リリーもそれ以上は何も言わず、彼の腕の中に収まっていた。


 「ーーーーーーーーそばに……」


 消え入りそうな声に、首筋に手を回し頷く。


 「うん……」


 安堵の息がレオから思わず漏れる。


 抱き合う二人に遠くで扉の閉まる音がした。それが合図になったかのように、リリーの首筋に牙が刺さっていた。

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