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41 闇夜と星明かり 下編

 無力な自分を責めている事がレオにも分かった。

 『リリーのせいでは無い』と、言ったところで届かない事も分かっていた。


 息をするのもままならない空間に光が宿る。リリーを包んでいた光が広がり、瘴気を押し留めた。


 「ーーーーっ、貴女には分からないわ! 全てを持っている貴女には!!」


 向けられる害悪に呑み込まれる事なく微笑む。

 どんな時も気丈に振る舞う姿は、騎士にとってはマリアと重なっていたが、魔女にとっては違う。セリアとして生きた時代のマリオンと重なって映る。それは、リリーが彼女の血を色濃く受け継いでいるからだろう。

 ヴァンクレールとは、正に光の女神であった。


 敵わないと分かり、怒りをぶつけるように蔦を打ち付け、壁や床を破壊していく。

 マリユスへ向かってきた蔦は光に阻まれ、枯れていった。


 「ーーーーこれは……」


 傷だらけの衣服が再生し、瘴気を放つモノだけを消滅させていく。絶対的な力に驚嘆を隠せない。守るべき姫に守られていた。


 「……セリア様、思い出して……」


 蔦が朽ち果て、元の姿に戻る。それはクリスティーではなく、元王妃セリアの姿であった。その足元には、呑み込まれた筈のオルティーズとカーラが横たわっている。


 「……セリア様」

 

 躊躇いなく目の前に差し出された手に戸惑う。周囲から向けられる警戒心の強い色とは違い、目の前の少女は慈愛に満ちている。


 「ーーーーリリー……」


 レオに触れられた肩に微笑む。それは、魔女がかつて夢見た信頼し合う二人の姿だった。


 手を伸ばそうとした魔女は、激しい痛みに襲われ膝をつく。守るようにリリーを庇うレオに、在りもし無い現実を重ねていた。


 ーーーーーーーーこれは、罰だわ…………

 多くの命を奪い生きながらえてきた…………魔女の、呪いだわ……


 「クリスティーー!!」


 虚な瞳のまま叫んだダヴィドが、魔女へ手を伸ばす。一瞬煌めいた瞳は、元の深い闇に戻っていった。


 「ぐっ……」


 魔女の目の前でダヴィドが倒れ、顔に黒い飛沫が纏わり付き、記憶を呼び起こす。かつて魔女と揶揄された頃の記憶を。


 村中から迫害された……今思えば、誰でも良かったのよ。

 自分じゃない他人が犠牲になるなら、誰だって良かった。

 私になったのは、身寄りがなく好都合だったから……だから、魔女に選ばれた。

 そう、始まりはただの人であった筈なのに……


 「クリスティー……」


 銃声が響き、突きつけられていた筈の剣を弾き飛ばす。魔女の目の前には、ダヴィドと瓜二つの彼が刃を向けていた。


 「……な、何故……」


 片割れを何の躊躇いもなく刺したクロヴィスに、足がすくむ。


 「何故? 今更おかしな事を……全て、其方の望みだったではないか」


 ーーーー私の……望み…………?


 不安定な心は蝕まれていき、たとえリリーの声であっても届かない所まで来ていた。時折戻るのは、彼女自身の後悔からだろう。頭に流れ込むのは魔女がされた仕打ちの数々。それは人間ではなく、ヴァンパイアの所業であった。


 甦ったわたくしの生き甲斐は……マリオンの娘を見守る事だけだった。

 陛下は死に際に、私の幸せを願っていたけれど、最期まで信じる事が出来なかった。

 マリオンのように信じられる強い心があれば、また違った結末になっていたのだと思うわ。


 純血が唯一無二の存在だったとしても、他者を蔑ろにしていい理由にはならない。

 力を持つ者にこそ、それ相応の行動が求められる。

 記憶が薄れていく中で、マリアやアベル……ベルナールの行動は、いつも他者の為にあった。

 そう……か弱い人間にいつも寄り添っていたわ…………


 「……今の、貴女達のよう……」


 呟くような言葉は、自身に言い聞かせているようだ。


 「我のクリスティーよ」

 「ーーーーっ……」


 奥歯を噛み締め、悟る。


 そう呼ばれる度、居場所を貰ったような気がしていた。

 だけど……私ですら、あの子を手に入れる為の駒に過ぎなかったのね。


 「ーーーーっ、私は! 覚えていますよ!!」


 黒い雫が浄化され、透明に変わっていく。それは魔女が望んでいた言葉だった。


 他の誰でもない、わたくしを見て……そう叫んだ所で、誰にも届かなかった。

 魔女になった時には、陛下のいいように使われていたのだと気づく。

 でも……それを伝える術は、私にはなかった。

 村を焼いてくれて、心底安堵したのよ。

 私を殺しにきた彼女は、今のあの子のように澄んだ瞳の持ち主だった。

 混沌の時代の中、色褪せる事なく輝いているように映った。

 羨ましく、妬ましくもある彼女は……私のような醜い魔女の為に、泣いてくれる優しいヴァンパイアだった。

 

 分かっていた筈なのに、私自身もヴァンパイアを恐ろしい化け物だと決めつけていた事に気付かされた。

 一番愚かなのは、こんな姿になってまで……まだ縋ろうとする私自身だ。

 どんなに美しく着飾った所で、心根までは変えられない。

 セリアは、とっくの昔に私が食べてしまったようなモノだから……


 「何も知らぬ娘は、我らの贄になるのだ!!」


 語気を強めるクロヴィスに、生きる意味を他者に委ねたツケが回ってきたのだと気づく。


 度重なる過ちを許してくれとは言えないけれど…………せめて…………


 「ーーーーっ、止めないと!」

 「リリー?」

 「セリア様は全て消し去る気だよ!!」


 断言するリリーにレオも頷く。予想できた事態の範囲内だが、それでもそうあって欲しくないと願っていた。

 全てを消し去る。それは、ヴァンクレールが滅んだとされる虐殺と同じ事が起こるという事だ。


 「ーーーー呼んでる」

 「あぁー」

 「……行かなくちゃ」


 手を離そうとしないレオに告げると、抱き寄せられる。

 

 「…………レオ……」

 「ーーーー必ず生きて帰ってくれ」

 「……はい、殿下」


 リリー固有の力でなければ、危ない事はさせたくない。それがレオの本音だが、そうはいかない。


 「相変わらず……お転婆だな……」

 「あぁー……生きて帰れよ」


 仲間に告げるレオの真剣な眼差しに、膝をついて応える。騎士は誓いを違えはしない。その姿勢に微かに笑みを浮かべ、銃を構えた。


 「……ア、ア……ア……」


 言葉にならない声に、悲痛な思いが駆け巡る。レオ達の前には、オルティーズとカーラが寄り添ったまま剣を取っていた。


 「ーーーーそれを選択するか……」

 「……ア、アリガ……ト」


 姿は元に戻っていても依然として闇のような瞳のままだ。向けられる銃に申し開きはない。黒い涙が全てを物語っているかのようだ。


 バン、バーーンと、立て続けに響く銃声に、リリーは振り返りそうになりながらも、身軽にジャンプを繰り返す。


 躊躇いなく飛び込んだ目の前には、半分ほど蔦に覆われたままの魔女を守るように構えるダヴィドがいた。先程まで苛立ちを露わにしたクロヴィスの影はない。


 「セリア様…………いえ、貴女の名前は?」

 「ーーーーッ!!」


 初めて名を聞かれた事に気づき、蔦がみるみるうちに朽ちていく。


 「…………マ……」


 戸惑った様子の魔女に手が差し出された。その姿は、村が焼かれたあの日のマリオンと重なって映る。


 …………そうだった……彼女は、真の黒幕を分かっていた。

 今頃になって、思い出すなんて…………


 記憶が曖昧だったのはリリーだけではない。魔女となった彼女もまた操られていたのだ。


 「……リア…………」

 「そう……貴女だったのね……」


 エメラルドグリーンの瞳がルビーのように輝き、綺麗な涙を流しながら手を取る。その瞬間、二人は光に包まれていた。


 …………温かい……これが、彼女の力……他にはない……マリオンから受け継いだ能力なんだわ。


 静かに塵になっていく魔女とダヴィドを優しさが包んでいた。


 奪うことしか出来なかった私とは違う……どの世を生きても、息苦しくて、どうしようもなかった。

 愛していた筈のダヴィドは変わり果て、そうさせてしまった自分が許せなくなった。

 彷徨っていたのは、私もセリアも一緒だった。

 自分の居場所を求めすぎて誤ったんだわ。

 彼に手を貸さなければ、もっと彼等の言葉に耳を傾けていたら…………今更、何を言っても言い訳にしかならない。

 私は結局、自分の事ばかり……欲望に忠実なクロヴィスと変わらない。

 だからこそ、弱いわ……代わりに泣いてくれる貴女は、少しも変わっていないのね。

 もっと憎んでくれていたら良かったのに……そしたら、全て焼き尽くして終わりにする事が出来たのに…………


 滅ぼされると知りながら、抵抗する気は無いのだとリリーにも分かった。


 「ーーーーマリア…………ありがとう……守ってくれて……」

 

 無言のままの魔女は、頭を残すだけとなった。煌めく瞳から涙がこぼれ落ちる。


 「…………ダヴィド、マリア……さようなら……」


 それは呪いの言葉ではなく、安らかに眠れるようにと紡いだ言葉だった。


 魔女達と共に光が消え、倒れ込むリリーをレオが支えていた。


 「ーーーーーーーーレオ……」

 「よくやった」

 「うん……」

 

 小さく頷いた瞳から溢れ出す。レオに横抱きにされ、いつもなら反論するリリーだが、そんな余裕はない。


 「リリー様……」


 いつの間にか夜は明けていた。駆けつけた仲間に安堵しながら、音もなく消えていく二人に視線を移す。


 「…………オル……カーラ…………」

 「ーーーーヒ、ヒメ……さ、ま……」


 レオの膝に乗ったまま、倒れたままの二人と視線が交わる。


 「……すみま、せん……」

 「…………キヲ……つけ、て……く、ださ……」

 「うん…………さようなら……」


 別れの言葉に反応したかのように、一気に消えて無くなっていく。崩れかけた城壁から朝日が降り注ぎ、空へと帰るように輝いて見えた。


 腕の中で重みを感じ、レオが胸元に視線を移す。


 「……リリー? リリー?!」


 レオの叫び声は届かず、青ざめた顔で意識を失っていた。

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