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40 闇夜と星明かり 中編

 何度となく夢を見てきた……その中には、現実であって欲しくない悪夢が無数にあって……


 「姫様……」


 いつも結んでいた髪を下ろした状態のオルティーズが口にした言葉には、親愛が込められていた。

 死んだはずの彼が生きている。リリー達の目の前に確かにいるが、時折虚な目に戻る。


 …………本当に、オルなの?


 眷属に成り果てたオルティーズの声色は元に戻ったかに見えたが、完全に戻った訳ではない。


 「…………ホシイ……ヒメサ……マ……」


 入れ替わる性質は魔女に支配されているからだろう。頭を押さえ、必死に抑え込もうとする様が見て取れる。


 「ふふふ、よく此処まで来たわね」


 棺から降りると、オルティーズの前に足を差し出した。


 「ーーーーオル、願いを叶えてあげるわ」

 「は、はい!!」


 魔女のつま先に唇を寄せ、跪く。歓喜に満ちた声色に虫唾が走る。


 どうしたって叶わない願い…………オルが、一番知っていたはずなのに……


 「ーーーーっ、ダメ!!」


 棺に手をかけるオルティーズに向けて叫ぶ。少しの隙間から勢いよく瘴気が漏れ出る。


 「オル!!」


 駆け寄る事は叶わず、レオに抱き寄せられる。棺が開かれた瞬間、外套に包まれていた。


 また……何度繰り返せば、この悪夢は終わるの? 

 何度、繰り返せば…………


 黒い靄が広がり、青白い手が見える。


 「あ、あぁー……カーラ……」


 思わず声を上げ、痩せ細った手に口づける。棺から起き上がった女性はオルティーズに向けて微笑んだ。


 「……カーラ! カーラ!!」


 オルティーズの瞳には愛し合った頃のままの美しい姿が映っていた。


 「ーーーーあれが……」

 

 マリユスの呟きに、リリーは無意識にレオの服を握りしめた。


 あれが……カーラなわけが無い…………そう頭では分かっているのに、なんて卑怯な……


 痩せ細り正気を失った姿だが、身なりだけは整えられていた。生前のカーラ自身の持ち物なのだろう。古びた状態にも関わらず、オルティーズにだけはあの頃と変わらずに映っているようだ。


 「ふふふ、いい顔ね」


 頭上から聞こえる不快感に、思わず顔を顰める。仲間も同じ気持ちなのだろう。剣を抜き、臨戦態勢だ。


 「さあ、オル……あの娘の血を捧げ、完全なモノするのよ」

 「……はい…………」


 一瞬で赤黒く染まる瞳に体が震える。かつての仲間に剣先を向ける事しか出来ない無力さに襲われていた。


 「ーーーーっ、オル!! オルティーズ!!」


 目の前で剣を交えるレオの横顔に、また胸が締め付ける。

 赤みが消え漆黒の闇のような瞳から、黒い涙がこぼれ落ちていた。


 「ーーーーっ、くそ!」


 悪態をつくレオの腕は、しっかりとリリーを抱きしめていた。


 負の感情は何処にでもあった。

 いつだって呑み込まれそうになりながら、それでも自分自身を奮い立たせ戦ってきた。

 血で染まっていく手に絶望しながら、何度も……


 カチャッと、小さく金属の擦れる音がした。僅かな隙にレオの腕の隙間から弾丸を放つ。


 「ーーーーーーーーさようなら……」

 「ぐっ、うわぁぁぁぁぁぁっ?!」


 剣を握っていた腕が弾け飛び、黒い液体が血飛沫のように飛散する。オルティーズだった男には理解し難いのだろう。無くなった右腕で剣を拾おうとしたが敵わない。これ以上は再生しないようだ。


 瞳に涙を溜めながら放つ弾丸に迷いはない。見事な命中率だ。


 「リリー……」


 耳元で響くレオの声にまた溢れ出す涙を拭い、魔女へ向けて放つ。確実に心臓を捕らえていただろう。彼等が間に入らなければ。


 「ダヴィド!!」


 変わり果てた姿……もう、本人かどうかさえも分からない。

 それでも彼にとっては、愛おしいクリスティーのままなんだ……


 変わらない現実に嫌気が差す。不条理な世界に嘆いてはいられない。これがリリーの現実であった。


 「……クリスティー…………私は、許さないから……」


 その言葉とは対照的に何の反応も示さない。許さないと口にしながら、その表情は何処か憐れみが混じっているようだ。


 「ーーーーっ、生意気だわ。貴女に同情される覚えはなくてよ!!」


 簡単に魔女の思い通りに動く双子に、弾丸を撃ち込む。その度に泣き出しそうになりながらも、必死に仲間と共に在る勇敢な姫に、魔女でさえたじろぐ。


 「……正気じゃないわ…………」


 向かって来るなら放つしかない。

 もう救いなんて……一つもないの。

 正気でいられるはずがないじゃない……魔女を滅ぼさなければ、私達に未来はない。

 ここで終わらせる為に、仮初の日常があったのだから……


 「…………正気だった事なんて、一度もない……」


 まともな頭で……仲間の死を、何度となく目の当たりに出来るわけが無い。

 どんなに泣き叫んでも、生き返るわけじゃない。

 どんなに張り裂けそうでも、何かが変わるわけじゃない。

 いつだって、死と隣り合わせだった…………でも、それでも幸せだった。

 魔女に操られ、オルの姿を模したクロヴィスに滅ぼされるまでは……


 躊躇う事なく引き金に触れる指は微かに震えている。魔女への怒り、悲しみ、さまざまな感情が混ざり合いながらも、表情だけは毅然としたまま堪えていた。


 「……レオ…………」


 引き金に手が重なり、見上げれば同じような表情の次期王がいた。


 「お前を絶対に許さない……魔女に呑み込まれた愚かな元王妃、セリア。そして……全てを知っていながら、加担したクロヴィス!!」


 怒りの矛先は元凶であるクロヴィスに向く。魔女に操られていると知りながら、私利私欲の為だけに力を欲した双子の片割れのせいで、ダヴィドは狂っていったのだ。リリーとレオはそう確信していた。


 「ーーーーそう、貴方達は……」


 時折、何処か懐かしい口調になる魔女に、騎士達は驚きを隠せない。

 魔女は敵である。それが絶対的な共通認識だったが、リリーとレオだけは簡単に切り離せない感情があった。それは純血であるが故の記憶があるからかもしれない。


 「セリア様! 戻って来て下さい!!」


 声を張り上げながらも、弾丸を浴びせる。これだけ命中しても死なない。簡単に死ねない事こそが、純血である証でもある。魔女と呼ばれ、自身もそうであると分かっていながら、空白の時間が訪れる。それはオルティーズが感じていたよりも長い時間だ。次に意識を取り戻した時には手遅れである。錯綜する記憶はリリーと通ずるものがあった。

 目の前で朽ちていく命に嘆いた数なら、二人はあまり変わらないのかもしれない。それ程までに魔女は、人を、同胞を、殺しすぎた。その命をもって償っても足りないくらいに。


 多くの恨みを買い、石を投げられた記憶が過ぎる。それは魔女として火炙りとなった日の事だ。気づいた時には戻れない場所まで来ていた。本人の想いとは裏腹に、魔女として裁かれる事になった。


 苦い記憶を跳ね返すかのように蔦を這わせる。リリーに救えなかった命を責め立てているようだ。


 暗月の夜は、イヤな記憶ばかり脳裏に浮かぶ。

 幸せだった日々も、確かにあったはずなのに…………


 引き金の音と特有の香りに、当時を思い出す。


 惨殺されたあの日……私がいなくなればよかった…………そしたら、修さんと史代さんが死ぬ事は……少なくともなかった。

 私が……多くの命を奪ったようなものだ……


 「リリー」


 レオの声に我に返る。目の前にいた筈の魔女は蔦に覆われ、棺から出てきたカーラは友人の姿をしていた。


 「ーーーーーーーー早絵……」

 「その名で呼ばないで、私は……カーラよ?」


 話し方の違う彼女に落胆を隠せない。意識を刈り取り側にいたはずの早絵は黒い影と入れ替わっていた。


 何があったのかは分からないけど……早絵は、もう…………いない。

 カーラの……彼女の生贄になったのだけは、分かる。


 不敵な笑みを浮かべ、リリーに向け蔦を放つ。


 明確な敵対心に揺れながら唇を噛めば、微かな血が滲み甘い香りが漂う。

 襲い掛かる双子をバジルとマリユスが退け、リリーはカーラへ歩み寄る。その傍らには、姿の変わったオルティーズが佇んでいた。リリーにレオが寄り添うように、愛しそうに見つめている。


 「…………オル……」


 微かに肩が揺れ動くが、その視線は棺から甦った彼女に注がれたままだ。願いの叶った筈の瞳は光を失ったまま、黒い涙を零す。本能では理解しているのだろう。彼女が本物である筈がない事も、永遠に抜け出せない地獄にいる事も。


 これでも、生きているって言えるのかな…………こんなになってまで……


 虚な瞳は都合の良い夢だけを見せているようだ。時折微笑む横顔がリリーの心を乱す。


 一度は死んだ命…………甦る事はない。

 今、目の前にいるのは……オルであって、本物ではない。

 魔女が今も操っていられるのは、ヴァンパイアだから……そう、頭では分かっているの。


 引き金に触れる手に、重なる指先で覚悟を決める。澄んだ瞳に泣きそうになりながら放つ。


 「ーーーーっ、オル!!」


 戻らないと分かっていても、頭が追いつかない。

 この世はーーーーいつだって不条理だ。


 叫び声に反応を示し、微かに動きが鈍る。それだけでリリーとレオには十分だった。


 「グワワワワワワワワァァァーーーー!!」


 心臓を貫いた弾丸がクリスティーの頬を掠める。魔女からは何の反応もない。ただ肌に傷ついた痕がついただけで、側で苦しむオルティーズを蔑む。


 「…………うるさいわね」


 もがき苦しむオルティーズの手を払い除ける。

 魔女にとって利用価値が無いものは、生かす価値が無い。中途半端な存在の彼は不要と判断したのだろう。蔦に呑み込まれていった。


 「オル!!」


 早絵の姿をしていた彼女がカーラに戻る。悲痛な叫び声と共に駆け出す。彼を助けるように伸ばした手は蔦に切り裂かれ、瘴気が充満していった。

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