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39 闇夜と星明かり 上編

 多くの命を失い、復讐に身を焦がしたのは、魔女に限ったことではない。負の感情は何処にでもあった。


 また…………救えなかった……


 「ーーーーっ……」


 声が詰まり、嗚咽を堪える。オルティーズと同じように消えていく二人に、涙を流す事しか出来ずにいた。


 ……また、目の前で……消えていく命。


 唯一の救いは、二人が傷つきながらも元の姿に戻った事だろう。最期まで座り込むリリーの傍らには、肩を寄せるレオの姿があった。アベルとマリアを知る騎士にとっては、悲痛な記憶が頭を過ぎると共に、交わした言葉を呼び起こし、二人の姿と重なって映った。


 「ーーーーリリー……」


 涙を拭う温かな手に、また視界が滲んでいく。


 「……レオ…………」

 「…………すまなかった……」


 首を横に振り、抱きつく。

 

 ーーーーレオのせいじゃない。

 始まりは、アントムの愚かな行いからだった…………だけど、それすら魔女の意のままだったのかもしれない。

 純血は…………


 手に違和感を覚え、強く握った拳を開く。そこには消えてしまった筈の髪紐だけが残っていた。溢れ出る涙を拭い、立ち上がる姿に、また記憶が巡る。特にバジルには、あの燃え盛る炎が脳裏に蘇る。思わず顔を背けていたが、背後にまで神経を巡らせる余裕がリリーにはない。自身の事で手一杯の為、複雑な心境の仲間には気づかない。


 泣いている場合じゃない。

 魔女を倒さないと……また、大切な人達が亡くなってしまう。

 私の、せいで…………


 「ーーーー玉座の間は分かるか?」


 リリーの気持ちを察したかのようにレオが口を開く。


 「あ、あぁー……二つ上の一番奥の部屋みたいだ」

 「行くしかないな」

 「ーーーー何処までもお供しますよ、殿下」


 軽口を言って場を和ませるバジルに、リリーも微笑んでみせる。変わらずに微笑む強さに、士気が高まる。


 「ーーーーーーーー来た」

 「あぁー、どうやら簡単にはいきそうにないな」


 剣を構え、影を切り裂く。何処からともなく現れる影は、人と呼べるモノではない。黒い影がほとんどの中、年老いた肉体に青白い顔色。数刻前までの修達のような二体が現れ、思わず息を呑む。


 「リリー、背中は任せた!」

 「はい! 殿下!!」


 恐れる事なく、弾丸を撃ち込む逞しい姫に、マリユスは驚きを隠せずにいた。

 姫の護衛任務に当たっていた騎士なら知っている事だ。誰よりも頭の回転が速く、どんな時でも気丈に振る舞い、仲間を癒す。その姿に惹かれたのは騎士に限った事ではない。

 記憶の戻ったリリーにとって、戦場での臨機応変な判断は造作もない事だが、それを実行出来るだけの強さに驚嘆するばかりだ。並の令嬢ならば、戦いに身を投じようとはしないだろう。経験の差だけでは埋まりそうにない強さには、信念のようなモノが垣間見える。レオが背中を預けられるほどの技量がリリーには備わっていた。

 聞いていた話以上の能力に、微かに頬が緩む。それは騎士にとって当然の反応であった。


 無数の影に混じり、二体が襲いかかる。

 剣で斬りつける音だけが辺りに響く。かろうじて人の形を保っている二体からも声が上がることはなく、鮮血が飛び散るような場面もない。ただ静かに消えていくだけだが、それが惨殺のあった日を余計に思い起こさせた。


 銃声に、剣で斬り裂く残音が耳につく。必死にトリガーを握り、照準を定める。一度も外すことはないが、その表情は優れない。そう、黒い影は元は人間であり、変わり果てた姿の二体も元は仲間だったはずだからだ。


 何も無いところから創る事は出来ない。人やハンター、あるいはヴァンパイアを使って操れば、簡単に下僕を増やす事が出来る。そして、気づかなければ心を痛める事なく対峙していただろう。


 「ーーーーーーーー早絵…………」


 悍ましい姿になった影が時折放つ光で気づく。それは二人がお揃いで買ったピアスの名残りであった。


 「……っ、早絵!!」


 剣を掲げ襲い掛かる影に声を張り上げる。悲痛な叫びに応えはない。ゆらゆらと不安定な動きをしながら向かってくるだけだ。


 剣を受け流し、弾き飛ばす。戦力の差は否めない。魔女にとって戯れの一つと何ら変わりはないのだ。


 「リリーー!!」


 一瞬の隙をつき、何処からともなく現れた彼に剣先を向けられ、白い首筋から微かに血が滲む。特有の香りが漂い、バジル達も振り返る。戦力差は圧倒的にリリー達に分があるが、数の多さでは不利だ。部屋の中では武器にも制限がかかる為、気の抜ける状態ではない。それでも、リリーには背中を預けられるだけの技量があった。彼女が巻き込まれてさえいなければ。


 「フフフ、ヒメハ、ワレラノモノダ!!」

 「ーーーーっ!!」


 腕で首を締め付けられ、呼吸さえもままならない中、視線だけはレオに向けていた。


 『ーーーーレオ……クロヴィスを……』

 『だが……』

 『時間が、ないの……』


 頭に届く声に驚きながら、レオは銃を構えた。


 「フッ、ソナタニハデキヌナ」


 悍ましい声色も、その姿さえもクロヴィスではないが、リリーとレオにだけは分かっていた。もう死ぬことさえ叶わない事が。


 銃声が響き、クロヴィスの額を貫く。黒い瘴気が漂い、手で口元を覆う。一瞬の出来事に反応出来たのは、レオの指示と騎士の忠誠心のなせる技だろう。


 消えたクロヴィスを追うように、後を追う一体に向かって思わず叫ぶ。


 「ーーーーっ、ダヴィド!!」


 一瞬怯みながらも、振り返る事はなく消えていった。それは魔女が火炙りになった日と重なって映る。後悔した様子のダヴィドと決別する事になり、一番胸を痛めていたのはアベルとベルナールであった。それほど長い年月を共にしてきたのだ。

 リリーにとっても苦い記憶が過ぎる。少しずつ歯車は狂っていたが、あの日こそが決定的な別れとなったからだ。


 「……消えた…………」


 マリユスが思わず口にすると、瘴気も薄れていった。

 先程まで影に覆われていた室内は、元の静寂さを取り戻している。


 「ーーーー上の階に行くぞ」

 『はっ!!』


 勢いよく応える騎士とは違い、リリーは二体が消えていった先を眺めていた。


 ーーーー何で? どうして……早絵が?


 「リリー……」

 「大丈夫…………まだ、諦めてないよ」

 「あぁー」


 まだ諦めてない……諦められる訳がないの。

 だって、私に出来た唯一の……友達。

 記憶を無くした間、引っ越しを余儀なくされた。

 それは……魔女に追われていたからだって、今なら分かる。

 修さんと史代さんが私を守ってくれていたの……


 錯綜する記憶に、数ヶ月前までの現実が何十年も前の出来事のようだ。知らなければ、記憶が完全に戻らなければ、未だに夢見心地のぬるま湯に浸かっていた事だろう。


 現実は…………いつだって不条理だ。

 人と違う事は、何処かで分かっていた。

 だから……いつからか、友達を作るのを止めた。

 何処にも私の居場所はないと、感じるようになっていったから……そんな中、早絵だけが唯一の人間の友達になった。

 帝都に来る事になった時、早絵に残る私の記憶は消されてしまったけど……此処にいたって事は……


 「リリー」


 隣から聞こえてきた声に顔を上げれば、心配そうに覗き込むレオだけでなく、仲間の姿がぼやけて映る。


 「ーーーー私……」

 「いいんだ」

 「…………っ」


 抱き寄せられ、ようやく泣いている事に気づく。それほど友人の姿が衝撃的だったのだ。


 いつだって……この手を、すり抜けていく。

 癒すのにも限度があって、傷なら治せる。

 怪我なら、救いようがあるけど…………あんな風に変わってしまったら、もう…………


 周囲を警戒しながら階段を駆け上がるが、影が出てくる気配はない。順調に魔女のもとへ向かっていた。


 外観からは想像できない内部……こんなに高い塔は、なかったはずなのに……


 「着いたな……」


 長い螺旋階段を登った先には大きな扉があった。両端には彫刻の置物が飾られ、さながら門番のようだ。


 『ーーーー気をつけろ……おそらく双子だ……』


 頭に届くレオの声に、胸が痛む。扉に近寄れば、剣を持った彫刻が動き出す。変わり果てた双子は黒ずんだ彫刻になっていた。予想通りとはいえ、見るに堪えない姿だ。


 魔女の思いのまま……命を、何だと思ってるの?!


 怒りが増し、感情が昂る。甘美な香りに思わず足が止まるが、それは双子に限った事ではない。騎士にとっても誘惑に近い甘美な香りが漂い、消えていった。


 「ーーーーーーーー早絵……」


 扉の前には本来の姿になった友人がいた。


 思わず駆け寄りそうになる衝動を抑え、レオの手を握る。


 「…………通して……」


 たじろぐ双子に対し、彼女は微動だにしない。ダヴィドの剣を奪いとり、リリーに向け敵意を顕にした。姿が戻ってはいるもののその瞳は赤黒く、ダヴィドと同じ色合いであった。


 「…………っ、早絵!!」


 向けられる剣先を退け、声を上げる。彼女に届くように訴えても反応はない。その声色に反応を示すのは双子の方だ。特にダヴィドだった像は、頭を抱え膝をついた。


 どうしたらいいの? どうすれば元に戻るの?!


 彼等の戦闘能力ならば、簡単に掌握する事も出来ただろう。生死を問わなければ一瞬で方が付いたはずだが、剣を弾き、傷つけないように意識を刈り取る。

 バジルが受け止めた気を失った友人に、リリーは悲しげな瞳を向けていた。


 無力な自分に嘆いている暇はない。 

 心臓が、痛いくらいに鳴っているのが分かる…………ようやく……


 「ーーーーーーーー開けるぞ」


 大きく頷くと、重い扉が開く。


 「ーーーーっ、オル!!」


 見上げた先には棺に腰掛ける魔女の姿と、死んだ筈の彼の姿があった。

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