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30 偽称と証 中編

 クロヴィスは若々しい姿のまま深くローブを被り、闇に消えていった。


 『ーーーーまさか……』


 そう口にしそうになり、バジルは脳内で留めた。

 彼の目の前にあるのは学園だ。昼間も護衛任務で訪れていたが、その時は反応がなかった。普通科の生徒が一人、魅了されている事は分かっていたが、それだけだ。脅威になりえず、失念していた。あの魔女に魅了されていたのだと。


 昼間にマークしていた普通科の生徒ではなく、クロヴィスに膝を折ったのはオルティーズ。リリーの護衛を任せていた筈の騎士である。


 「ーーーー守備は?」

 「整っております……約束は、守っていただけるのでしょうね?」

 「無論……あの娘をこの手にし、我らが王となるのだ」


 バジルには有り得ない事だらけだ。騎士のオルティーズがクロヴィスと繋がりがあった事も、王になると宣言したクロヴィスも。そして、それにレオが気づかないという事にも。


 『ーーーー離脱しろ』


 頭に響く命令に抵抗は敵わず、奥歯を噛み締めた。作戦遂行に必要な事とはいえ、バジルには見るに耐えない光景である。クロヴィスに傅くオルティーズは、本当に忠誠を誓っているかのようだった。

 



 「ーーーーっ、レオ!!」

 

 思わず服を掴みかかりそうになる寸前で止めた。レオの寂しげな瞳に、腕にこもった力が抜ける。

 裏切り者を炙り出す為と分かっていながら、実際に目の前にある現実を見たくないのもバジルの本音であった。オルティーズが裏切り者だと直視したにも関わらず、それは信じ難い事だった。


 「ーーーーオルが……黒魔術を使った痕跡がある」

 「まさか!」

 「あぁー……まさかだと、思いたかったんだけどな……」 

 「じゃあ、姫様は?!」

 「…………囮になるって聞かなくてな」


 慌ただしく寝室に飛び込めば、もぬけの殻だ。ベッドに触れると、すっかりと冷え切っていた。


 「ーーーーーーーーいつからだ?」

 「いつから……か……」

 「いつから、オルは……」

 「ーーーー確信したのは、あの日からだ」


 冷え切った声に顔を上げれば、瞳を紅く染め怒りを露わにしたレオが映る。


 あの日……それは、アベル様とマリア様が殺された日だ。

 口にするのも憚られ、姫様が能力を失った日。

 すべて忘れ去られ、それでも想い続けるレオの強さを知り、誓ったんだ。

 殿下の為に在り続けると…………


 「…………ヴィスは?」

 「オルに連れ去られた。巻き添えにするつもりだろうけど、そうはさせない」

 「姫様は?」

 「ーーーーヴィスと一緒だ」


 急な展開についていけないとばかりに、バジルは頭を抱える。

 

 「ーーーー大丈夫だ。リリーなら……」


 それは自身に言い聞かせているような振り絞った言葉だった。


 「レオ…………殿下は、すべて知っていたのですか?」


 曖昧な笑みに痛感した。すべてを知りながら、信じたい騎士の一人であったと。そして、現実を突きつける為に自分に見せたのだと。


 バジルにとってオルティーズは、兄弟子あにでしのような存在だった。ノエルとの関係が良好なのも、彼の存在があったからだ。それを知っているからこそ、レオは受け入れ難い現実を見せる事にしたのだ。騎士をこれ以上失う訳にはいかない為、苦肉の策を演じるしかない。

 

 『ーーーー殿下、ようやく魔女へ辿り着けました』

 『よくやった……』


 短く応え、瞼を閉じる。その裏には彼女がいるのだろう。一瞬だけレオに穏やかさが戻る。


 『……生捕りではなく、殲滅だ』


 そう指示を出した横顔に躊躇いはないが、思わず本音が漏れ出る。


 「ーーーー俺も……奴等と変わらないな……」


 その呟きの意味は、あの場にいたマリユスになら分かった事だろう。

 脳裏に浮かぶ情景を振り払うかのように、左手の指輪に唇を寄せていた。


 「ーーーー行くぞ!」

 「あぁー」


 気安い口調とは裏腹に、バジルの瞳は赤みを帯びていた。






 クロヴィスは居場所が気づかれたとは知らず、下級に指示を出すと玉座に腰を下ろした。


 「ーーーー懐かしい……ようやく手に入るのだな」


 歪んだ笑みと対象的な室内は、煌びやかな装飾で彩られている。


 「約束はお忘れなきように」

 「分かっておる。くどいぞ、オルティーズよ」

 「……それは、失礼致しました」


 態とらしく頭を下げ、玉座の間からオルティーズが出て行くと、入れ違いで一人の美女が現れた。


 「おおー……美しい……それが、其方の本来の姿か……」

 「ええー、ようやく此処まで来れたわ」


 ロングドレスの裾を上げ、深々と一礼する美女は、物語から飛び出たような美しさを保っている。


 「……クリスティよ、我らの願いが叶うのだな」

 「ええー、これで準備が整ったわ」

 

 宝飾品で彩られた指に唇を寄せ、首筋を舐めとる。胸元が露わになったドレスに本能が疼く。クロヴィスは引き寄せられるかのように、真紅に染まった唇へ手を伸ばした。


 「…………分かっておるであろうな?」

 「ええー……」


 そう応えたクリスティは、クロヴィスの膝の上に大人しく収まっていた。


 「…………我が主人よ。すべては貴方のモノだわ」

 「ふっふっふっ……はっはっはっはぁ!」


 高らかに声を上げて笑うクロヴィスの瞳は、みるみるうちに黒く染まっていく。胸を鷲掴み、頬を舐めとり、抑えきれない高揚感を発散させようとも、クリスティは嬌声一つ出さない。


 やがて味わい尽くした美女に、面白みのかけらも無いと悟ったのだろう。乱れた衣服をそのままに、膝から乱暴に下ろす。ぞんざいな扱いに抗議の目を向けられているが、クロヴィスが気に留めるそぶりは無い。その目には何が映っているのだろうか、それは誰にも分からない。

 歪んだ笑みを浮かべ思考に耽る。それは、かつてのダヴィドのようであった。


 見るに堪えない場面に、オルティーズは歯痒くも手出しを出来ずにいた。騎士以上にクリスティの力は底が知れない。

 相手の力量がオルティーズには分かっていたのだろう。思わず地下へ駆け出していた。


 厳重に鍵がかかり、強靭な見張り番のいる牢屋には、黒い服が切り裂かれた少年と、傷一つ無い白い肌の少女が囚われていた。二人とも気を失っているのだろう。身動き一つなく、横たわっている。


 「ーーーー少し外せ」

 「はっ! オルティーズ様!」


 見張り番にとってオルティーズは信頼に値する男であり、位の高い者のようだ。深々と頭を下げ、何の躊躇いもなく地下牢を出て行った。


 「ーーーーーーーー起きろ……起きろ、ヴィス……」


 呟きのように小さな声だが、力強い声色だ。早く目覚めろと瞳が物語っている。


 「…………分かっているな?」


 視線が交われば、返答する事なく頷いてみせた。

 彼の隣で目覚めた少女は柔らかに微笑む。似つかわしくない場所に、オルティーズは溜息を呑み込んだ。


 「……見張り番! 目覚めたぞ!!」

 「ちっ……」

 

 声を張り上げ、強靭な男を呼ぶオルティーズに、忌々しげに舌打ちをしてヴィスは睨んでみせた。


 「本当ですか?!」

 「オルティーズ様! あとは私共が……」

 「あぁー、頼む」


 慌ただしくやって来た二人の男に託すと、オルティーズは何事もなかったかのように地下牢を後にした。


 彼にはまだやるべき事が残っている。果たすまでは、約束をたがえはしないだろう。その横顔には忠誠心があった。


 「良いやられっぷりだな」

 「ーーーーっ、な……」


 驚きの声を上げるヴィスは、思わず口元を押さえた。これ以上の他言は良策ではない。


 「…………クリスティ様は上だ……覚悟は出来ているな?」

 「はい」


 エメラルドグリーンの瞳がまっすぐに見張り番の男を射抜く。その瞳に吸い込まれそうだ。


 「ーーーー出ろ……陛下がお待ちだ」

 

 手枷の付いたままの少年と少女は、二人の見張り番に言われるがまま重い足取りで階段を上がっていく。


 「くそっ……」

 「静かにしろ!」


 悪態を吐くヴィスに、見張り番は構わず拳を振るう。


 「ーーーーっ、やめて!!」

 「ちっ……」


 身を挺して庇う少女に、見張り番の方が舌打ちをした。少女の扱いは慎重な上に、陛下からの命令が絶対である証だ。

 手枷に似つかわしくない白いドレスを着ている少女に対し、少年は囚われた時のままだ。綺麗に整っていた筈の黒い服は所々に擦り切れ、大きく切り裂かれた胸元と土埃が目立つ。


 「……早くしろ、陛下がお待ちだ」

 

 薄暗い地下牢を抜ければ、王宮に相応しい贅を凝らした煌びやかな廊下が続く。深紅の絨毯にシャンデリア、趣味の良い絵画や花に彩られる別世界が広がっていた。


 「ーーーー失礼致します!」

 「……入れ」


 大きな両開きの扉の奥から、低い声がした。

 聞き覚えのある声に、囚われた二人の顔が強張る。立ち止まりそうになる足は、両隣にいる見張り番によって無理矢理前へと動かされた。


 声の主は宝石で飾られた玉座の上で、美女を侍らせている。


 「ーーーーようやく会えたわね」


 思わず息を呑む少女の目には、先々代の王妃の姿が映る。


 「ーーーーーーーー貴女が…………」

 

 知ったような口ぶりの少女とは違い、ヴィスには疑問でしかない。


 「………………お前は、誰だ?」

 「口を慎め、末のよ」

 「ーーーーっ、ヴィス!」


 重力がかかり、倒れ込むヴィスは声を上げる事も敵わない。ぼんやりとする視界には白いドレスが映る。少女が彼を庇うように立っていた。


 「ほう……これでも、立っていられるか……さすが、マリアの娘だ」

 「ふふふ、そうでしょう? やっぱり、生かしておいて正解だったわね」


 震えながらも自分の足で立ち、玉座に座るクロヴィスとその隣で妖艶に微笑む女をまっすぐに見据える。

 

 「ーーーークリスティ……貴女だけは、許さない……」


 視界が薄れゆく中、ヴィスは勇敢な横顔と違和感に気づく。

 それはヴァンパイアの常識から外れた言葉だった。『アベルの娘』、もしくは『あの殿下の娘』と呼ばれていた姫を『マリアの娘』だからと呼ぶ者はいない。マリアは無力な人であり、彼等からしてみれば儚い生き物だ。


 困惑するヴィスを他所に、躊躇いなく銃口を向けるリリーの姿があった。

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