表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/48

03 過去と現実 上編

 毎晩のように悪夢に出てきた。

 その度に助けられず、足掻く事しか出来なくて、酷く胸が痛んだ。

 その理由が…………今なら分かる。

 私に『逃げろ』と言って、剣に貫かれていたのはアベル。

 その傍らで、既に死んでいたのがマリア。

 二人は、私の…………


 「……二人は、私の……親ですよね?」

 「あぁー……」


 彼女の記憶が蘇りつつある事は、彼等にとって複雑な心境のようだ。レオの表情は元に戻っているが、修と史代は明らかに驚いている。


 「食事中にする話じゃないんだけど……知りたい?」

 「はい……」


 何の迷いもなく即答する妃梨に、彼は微かに頬を緩ませた。


 「妃梨は……三十年前の事、何処まで覚えてる?」

 「……あの日、真夜中に目覚めた時には……二人とも血だらけで死んでいて……その側には、ヴァンパイアが立っていたけど……すぐに、炎の煙で見えなくなって……」


 妃梨は当時を想い出しているのだろう。見るみるうちに真っ青な顔色になっていくが、話を続けるかレオに迷う余地はない。彼女の瞳が光を宿しているようだったからだ。

 

 「ーーーーまずは、ヴァンパイアの話をしようか……」

 「はい……」


 ヴァンパイア……三十年前……そんなの空想や作り話で、現実的じゃない。


 ーーーーーーーーでも……否定する事は出来ない。

 レオに噛まれた筈の首筋の痕は、かすり傷一つでさえ、残っていないから……


 妃梨は静かに耳を傾けた。まるで真実からは目を逸らさないと、心に決めているようだ。


 「……ヴァンパイアには血統の序列がある。現在の王はベルナール……俺の父だ。彼は、この六百年以上……王として在り続けている」


 ーーーー王? 六百年??


 妃梨の頭に疑問符ばかりが浮かんでいる。それくらい突拍子のない事を告げていると、レオも自覚していたが、そのまま話を続けた。


 「昔は人を食糧しょくりょうとし、生きるかての為だけに従えたり……非道な事も数えきれない程してきた。幾つかの戦争を終え、俺の母が亡くなり心を閉ざした王が、その後……唯一、心を開いた女性がマリア……妃梨の母親だ。彼女は人間でありながら、ヴァンパイアの巣窟で給仕をしていた。その頃、人とヴァンパイアは友好的に暮らしていたんだ。でも……そう長くは続かなかった……」


 王は人とヴァンパイアと友好の道を模索し始めた。

 その一つが給仕として人間を雇い、破格の給金の代わりに吸血行為を行う事だった。

 吸血した事で人間がヴァンパイアになる事はない。

 永遠のような時間を一人で彷徨う事のないよう、決めた相手と血の契約を交わせば、ヴァンパイアが死ぬまで契約相手の人間の血を貰う代わりに、生き長らえさせる事が出来る。

 契約相手が死んでもヴァンパイアは死なないが、契約したヴァンパイアが死ねば、人間はひと月と保たずに死んでしまう。

 この事実を知っても、当時の人々の中には永遠の命を得ようとする者が数多くいた。

 そんな混沌とした時代の中でも、マリアは陰日向に咲く一輪の花のような人だった。


 そして、三十年程の月日が経ち、ヴァンパイアと人間で結婚する者が現れた。

 それが、ベルナールの次に王位を継ぐ資格のある筈だったアベルと人間のマリアだ。




 「リリー、気をつけるのよ」

 「お母様ーー、見て! 綺麗なお花だよー」


 少女はマリアに勢いよく飛びついた。数ヶ月ぶりに出る外の世界に、心を弾ませていたのだ。

 レオが無邪気に空中庭園を駆け回るリリーを見つめていると、アベルが静かに話しかけた。


 「……ここ数年で、更に世界は変わりつつある。レオには悪いが、俺達はここを出ていくと決めたよ」

 「アベル、何故ですか? ……父上ですか?」

 「いや、ベルナールは……我が弟は、よくやっているだろ?」

 「ですが……」


 話の最中だったが人の気配がし、沈黙が二人の間に流れる。庭園には、王であるベルナールがリリーとマリアと楽しげな表情を浮かべていた。


 「……原因は分かっていますが、父上は周りに反対されても……必ず、アベルの手を取りますよ」

 「ーーーーだからだよ……それでは、マリア達……人間が反感を買うだけで、守りきれない」

 「……決心は変わらないのですか?」


 寂しげな瞳を向けるレオの頭を、優しく撫でるアベルがいた。


 「ほとぼりが冷めて、時が来たら帰ってくるさ」


 そうアベルは言っていたが、此処に三人が帰って来る事は二度となかった。


 彼等は国を出て、争いのない場所を目指したが、そんな場所は何処にもなかった。

 貧富の差や些細な争いからでも、人は人を殺すのだ。

 ヴァンパイアの世界では王の管轄下、同じ種族同士で殺し合う事はなかった。

 あの日まではーーーー


 「やっと、見つけました……アベル殿」

 「土足で人の家に踏み入れるとは無礼ではないか? ダヴィド……」

 「王が貴殿の捜索を依頼されたのだ」

 「何?」

 「最期に教えてやろう、アベル! ベルナールは最早もはや屍人しびとも同然だ!! 時代は我々には生きにくくなったが、それでもあの方は、人間と共に生きる世を夢見ておられる! 何て嘆かわしい事か……」

 「ーーーーそんな世が来る事を……貴殿も願っていたではないか!」

 「そんなもの遠の昔に忘れた……話は終わりだ。貴殿には、ここで死んで頂く」


 そう言って銃口を向けると、ダヴィドは家臣に火を放つよう指示を出した。辺りは一瞬で火の海になり、燃え盛る炎の音が銃声を掻き消していく。

 二人の間には、銃声と共に飛び出す人影があった。


 「マリア!!」


 目の前で彼女が撃たれた事により、アベルが殺気を放つと炎は一瞬で消え失せた。


 「ダヴィド……我々がこのまま城に戻れば、貴様らの処分は免れないと思うが……」

 「ふっ、そんな事は分かってはいるさ……だが、先の戦争の所為せいで、王は私を信頼している」


 銃を構える音がした。


 「自分を置いていった兄上よりも、このダヴィドをな! 先の戦争の引き金が私だとも知らずにな!!」


 不敵な笑みを浮かべるダヴィドは、再び炎で部屋を包むと何の躊躇ためらいもなく、王族の心臓に向けて引き金を引いた。


 この惨劇の中、リビングの扉が開く音がダヴィドには聞こえていた。二人の娘であるリリーが真っ青な顔で、扉にもたれかかるようにして辛うじて立っている。


 「ーーーーあっ……」

 「ヴァンクレールの娘か……」


 震える少女に鋭い視線を向けたダヴィドは、全て消し去るつもりだった。

 リリーまでも手にかけようとした瞬間、彼の右腕と両足はアベルの腕により斬り落とされていた。


 「ぐわぁぁーーーー!! き……貴様……」

 「リリー、逃げろーー!!」


 次の瞬間、アベルは剣で貫かれていた。


 「い、いやぁぁーーーーっ!!」


 少女の泣き叫ぶ声だけが響いた。


 俺は密かにアベルとマリアの様子を見に屋敷を訪れていた。

 王である自分の代わりに二人を守るよう、父上より言われていたからだ。

 だから、あの日……アベルの血を飲む事で読み取った記憶に酷く困惑したが、そんな愚かな俺に彼はった。


 「……ベル……を信じ……ろ……」


 ーーーー百年ぶりに……自分の目から、涙が出た事に気づいた。


 レオは涙を拭うと、酸欠で倒れたリリーを抱きしめた。


 アベルとマリアは、俺の目の前で灰となってった。


 本当は灰を一つ残らず持ち帰りたかったが、魔術のかけられた炎は、証拠を残さず事故として隠蔽するように動いていた。

 レオはリリーを強く抱きしめ、何十キロも離れた場所まで一瞬で移動すると、ベルナールとアベルの友人だと言う人間の老夫婦の家の前に辿り着いた。




 「すすだらけの俺とリリーを、修さんと史代さんが受け入れてくれたんだ。父上に導かれて辿り着いたのはしゃくだったけど、あの日の事は一度たりとも忘れた事はない。リリーの事は、ずっと見守ってきたから……」


 十六歳を迎えた日から匂いに敏感になり、人混みが苦手になっていたこと。

 彼女の周りで、不可解な事が起こる度、引越しを繰り返してきたこと。


 向けられる優しい視線に、彼女はまだ戸惑っていた。


 ーーーー見守ってくれていた人を、何で覚えていないんだろう……


 妃梨は時折、相槌をうって静かに聞いていたが、ようやく口を開いた。


 「……私は……ヴァンパイアなの?」

 「そうだな……簡単に言うと、吸血行為をしないヴァンパイアで……ヴァンクレールと呼ぶ者もいたけど、数が絶対的に少ないから……希少で、ヴァンパイアの中でも実在するとは……今は思われていない。妃梨も二人の孫娘って事で、戸籍上はなってるから」

 「そう……」


 あの悪夢が現実だった時点で、おじいちゃんとおばあちゃんが、本当の祖父母じゃない事は分かっていた。

 悲しい……というより、本当の孫のように育ててくれていたんだ……


 「妃梨、大丈夫かい?」


 今も心配そうに、二人が見守っている。

 

 「おばあちゃん、大丈夫だよ」

 「そう……無理はしないのよ? 全然、食べてないじゃない」

 「妃梨、しっかり食べなさい。ギーくんが作った料理は絶品なんだから」

 「うん……」


 妃梨が出来るだけ、いつものように笑って応えると、修も史代も孫娘の気遣う様子に微笑んだ。

 家族のように温かな雰囲気に、レオは微かに頬を緩ませた。彼女ならすべてを受け入れられると分かっていたが、話を終えるまでは不安を拭えなかったからだ。


 ーーーーーーーー私がヴァンクレールって事は、理解した。

 あの時、アベルが戦っていた彼も……そう私を呼んでいたから……


 「リリー、昔の話はこれくらいで……奴が気になるんだろ?」

 「えっ……」


 心を見透かすように告げるレオに、彼女は驚いた様子だ。


 「……うん……この間、侵入して来たのは何?」

 「奴等はヴァンパイアの中でも、至上主義派と呼ばれている」


 レオの瞳が怒りに満ちているように、紅く染まっていく。


 「ーーーーレオ、瞳が……」


 思わず紅みを帯びた右目を手で覆う。恐れられるんじゃないかと、懸念があったからだ。


 「……大丈夫だよ」

 「リリー……」

 「怖く……ないよ?」


 そう告げた妃梨は、彼が押さえていた手の甲にそっと唇を寄せた。

 ギーの赤面するさまと、修と史代の生温い視線に、彼女の頬も赤く染まる。


 ーーーーっ、思わず動いてた! 恥ずかしい!!


 レオから離れようとしたが、腰を引き寄せられ、離れる事はかなわない。

 小さく漏らした彼の言葉に、妃梨は抵抗するのを止め、そっと髪を撫でた。


 「ーーーーーーーーそばに……」


 その言葉には、切実な願いが込められているようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ