28 敬愛と恋慕
また……夢を見ていた。
それは、いつかの記憶。
ヴァンクレールの半分が、惨殺された日……私達は……裏切られたんだと知った…………
「妃梨、カフェテリアに行きますよ?」
「うん」
ギーの呼びかけに応えたリリーは、窓の外を眺めていた。
授業が終わり、渡り廊下を歩いていく特進科のメンバーを遠くから見守る騎士の姿があった。
「ーーーーあれか……」
「姫様に指一本触れさせるかよ」
「あぁー……って、マリユス、納得してない顔だな?」
「当たり前だろ、バジル。何であいつが……」
「仕方がないだろ?」
そう言ってバジルは、作戦遂行の要となるヴィスに通信を入れた。
『ーーーーどうだ?』
『先程、若い男が入ってから動きはありません』
『そうか……そのまま頼むな』
『はっ!』
覇気のある声に安堵しながらも、マリユスの懸念は分かっていた。だからこそ、口にはしないが微かな不安が過ぎる。
「ヴィスの頭が……もう少し柔らかければな……」
「本当、融通の効かないやつだよなー。まぁー、オルも行ったし、大丈夫だろ?」
「あぁー」
バジルとマリユスは学園を見張っていた。
騎士は一人で動く事は少なく、大抵二人一組で行動を共にする。今回の任務では、オレールとリュカ、バジルとマリユスが組んでいた。
トマは単独で護衛任務を継続中だ。
リリーと関わりのある人間には接触する恐れがある為、分担して任務にあたっているが、彼女の交友関係は狭い。引っ越し続きを理由にしても、片手で足りるほどしか親しいと呼べるものはいなかった。
「ーーーー姫様にしては珍しいよな……」
「あぁー、無意識にそうしていたのかもな。以前なら考えられないし」
「だよな。まぁー、その辺はまだ不完全だしな」
王国騎士は少数精鋭部隊の為、気配が気取られる事はないに等しい。人知れず護衛任務をする事も多々ある。
「ーーーー相変わらず、勘がいいな……」
「さすが姫様だな」
誇らしげな顔のマリユスに、呆れ気味になりながらもバジルは微笑んでいた。
彼女に限っては、それが通用しない事が常である。だからこそ、レオが護衛任務にあたっていた事もあるのだ。
「…………魔女よりも、ある意味やっかいだな」
思わず漏らしたバジルに、マリユスから笑い声が出そうだ。
リリーに関しては、『気づかれないように見張れ』とは言われていない。他は悟られない事が前提であるが、彼女に限っては例外であった。
事前に伝えていれば、気づかない振りをしたかもしれないが、今回に限ってはそれも折り込み済みである。
「ーーーー妃梨、どうかしたの?」
遠くの木々を眺めていたリリーは、紫苑に視線を戻した。
「ううん、お腹空いちゃったね」
ごく自然に両手を組んで、腕を伸ばしてみせた。授業が終わりリラックスした雰囲気だ。
「ええー、今日はローストビーフが出る日なのよ」
「そうなの?」
「あぁー、月一のな」
「……ノエルも好きなの?」
「まぁーな」
特進科の生徒達と歩く彼女は栗色の髪だ。能力が使えないとはいえ、その姿でも察知能力には長けているようだ。
「綾人は何にするの?」
「ローストビーフにしますよ」
リリーの周囲にはギーや紫苑にノエルだけでなく、豪に有斗、英司と特進科が勢揃いしている。
彼女にとってはいつもの事だが、特進科にしては珍しい行動だ。ギーやノエルだけでなく、単独行動を好む者が多く、授業中の纏まりはあっても、カフェテリアに全員揃う事は滅多になかった。
抱いている大きさは様々だが、惹かれるものがあるのだろう。そうでなければ、騒がれる煩わしさを取ってでも、一緒にいたいとは思わない筈だ。
「ーーーー殿下がいたら、嫉妬しそうだな」
「あぁー……それにしても、なかなか動かないな……」
結論から言えば、学園に紛れてるというリリーの直感は正しかった。だからこそ騎士が見守り、ギーが側を離れる事はない。とはいえ、普通科の生徒に紛れているなら接触のチャンスはカフェテリアだけだ。
登下校はギーが離れず、授業中の特進科は別の棟な上に、出入り口には警備員までいる。
「ーーーー動きはなしか」
「あぁー」
万全の体制でも、無力を痛感させられる事は度々あった為、気は抜けない状況だ。救えなかった命に嘆いていたのは、リリーだけではない。
「今日は直接報告する事になってる。マリユスも行くか?」
「行く」
即答した横顔は何処か嬉しそうだ。
ヴィスのような者が珍しく、殆どの同胞はリリーを快く迎え入れた。その理由は、レオが選んだ唯一の相手だからである。
特に王族が近しい存在の騎士にとっては、喜ぶべき事だった。
ギーと楽しそうに料理をする姿を眺めるレオに、バジルとマリユスの方が赤面しそうだ。
あれだけ甘い視線を向けられて、よく気づかないな……
そう感じたバジルだけでなく、マリユスも違和感に気づく。彼女が気づかない筈がないのだ。
学園を囲むように生い茂った木々から一発で騎士に気づいたリリーが、近距離の視線に気づかないとはあり得ない。
よく見てみれば平然を装いながらも、リリーの頬はほんのりと赤みを帯びている。色白の彼女だからこそ分かる些細な変化だろう。
「ーーーーレオ、見過ぎじゃないか?」
「ご苦労だったな」
「あぁー、変わりはない」
「そうか……ヴィスの方は人を集めてるようだ」
「やっぱり当たりか……きな臭いなー」
レオとバジルが話す中、婚姻の儀の際に会ったきりのマリユスは、料理をテーブルに運ぶ手伝いを勝手出た。
「どれを作ったんだ?」
「私が作ったのはスープとサラダだけだよ。ギーが下準備してくれてるの。ムニエル美味しそうだよね」
「ギーも料理上手なんだなー」
「いえ……」
照れた様子のギーに、リリーもマリユスも微笑む。それを見ていたレオ達の頬も緩み、穏やかな雰囲気だ。
終始笑顔のリリーは、仲間との再会を喜びながら、夕食をとった。
バジルも、マリユスも……生きてる。
生きているんだ…………
「姫様は……相変わらず、お美しいですね」
去り際に態とらしく頭を下げるマリユスに、可愛らしい笑みを浮かべるリリー。差し出された手に手を乗せれば唇が寄せられ、敬愛の行為に微笑んだ瞳はエメラルドグリーンに染まる。
「マリユス、ありがとう……」
「いえ……リリー様にまたお会いできて光栄です」
澄んだ瞳で見つめられれば、騎士でなければ抱き寄せてしまう所だろう。
リリーは無意識に人を虜にしていた。だからこそ、普段は栗色で過ごす事が多く。男女関係なく惹きつける姿に、レオは複雑な心境のようだ。
「ーーーーレオ?」
肩を寄せられたかと思えば、唇が重なる。赤く染まるのはリリーの頬だけでなく、間近にいたマリユスやギーもだ。
「ーーーーっ、レ、レオ!」
「どうした?」
思い切り胸を押し退けてもビクリとも動かず、涼しい顔だ。反論したい思いはあるが、嬉しそうな顔に言葉を呑み込む。
「ーーーーレオは相変わらずだな」
「うるさいぞ、バジル」
「二人の仲が良いのは、いい事だけど……ギー、大変だな?」
思わず同情の視線を向けるマリユスに、ギーは苦笑いしながらも、頬を緩ませた。
「…………お二人が一緒にいる事は、嬉しく思います」
「いい側近だなー」
わしゃわしゃと髪を勢いよく撫でられ、抵抗する事なく受け入れるギーをバジルが止める。
「ったく、マリユス。嬉しいのは分かるけど、ギーが驚いてるだろ?」
ギーとマリユスは特に親しい間柄ではないが、レオとリリーに対する想いは同じだった。彼等に限った事ではなく、特に騎士は二人を敬愛している者が殆どである。
彼等を見送ると、部屋にはまた二人きりだ。本来の姿のままのリリーは、視界に入る髪の色で戻っている事に気づいたが、無意識に変化した為、内心では戸惑っていた。
意識的な変化は、何度もやってきたけど……こんな風に、無意識に変化した事は今まではなかった筈なのに……
「リリー、どうかしたのか?」
「ううん、ちょっと……気になっただけ……」
頬に触れる手で、視線を逸らす事は敵わない。
「…………癒したい……です……」
敬語になるリリーに、吹き出しそうになるレオ。二人の合言葉のようだ。
「リリー……癒して欲しいけど、風呂に入ってからな」
タイミングよく沸いたと知らせる音がなり、頭を撫でられ、浴室に行くように促された。
レオが前よりも甘い気がする……さっきの視線もだけど、人前でキス……なんて……
急激に体温が上がるのを感じながら、鏡に視線を移した。
髪も瞳も、あの頃の私だ……この姿の時じゃないと、能力が使えないなんて不便な……それに、この姿になれない時もあった……
少しずつ甦る記憶は、優しいものばかりじゃない。大半は逃げながらも戦っていた。それがリリーにとっての現実である。
浴室には薔薇の花弁が浮かんでいる。此処にきた当初と変わりはないが、姿が変わった事で香りに敏感になっていた。
「ーーーーーーーーこの花…………」
些細なモノにも、私の記憶に関する事が散りばめられていたんだ……この花弁は、マリアがすきだった薔薇。
ピンク色の花弁をすくい、鼻を寄せれば香水のような香りが漂う。
「…………マリア……アベル…………」
涙がこぼれ落ちる。
態とらしく水音をたてて、涙を流した。
「ーーっ……ふっ……」
漏れそうになる声を手で押さえ、浴びてもいないシャワーを流す。
こんなの……私らしくない……
「ふぅーーーーっ……」
深く息を吐き出して、泡と共に流したリリーの瞳は微かに赤みを帯びていた。
「…………リリー」
微かな変化に気づき、思わず漏らした愛しい人の名。レオは窓の外に広がる夜景を眺めながら、グラスを傾けていた。
中には、赤い液体が入っていたであろう跡が残っている。
「ーーーーまもなくか……」
そう呟いたレオはグラスを綺麗に洗うと、何もなかったかのようにリリーを出迎えた。
「俺も入ってくるな」
「うん……」
蒸気した頬が更に赤くなる。ベッドにダイブしたリリーは、また夢を見ていた。悪夢を見る事は減っていた筈だが、悲しい夢を見る。それは夢ではなく、彼女にとっての現実だった。
「リリー……」
優しい手つきで髪に触れられ、瞼を開ければ会いたかった彼がいた。
「ーーーーっ、レオ……」
ぎゅっとしがみつくように抱きしめると、背中に回された腕に力がこもる。
「…………そばに……」
「あぁー……」
深くなる口づけと共に、甘美な香りが漂っては消えていく。
寄り添って眠る二人は、互いに求め合っていた。
リリーが深い眠りにつく頃、報告が入った。
『ーーーー殿下、取り込まれました』
そうレオが頭に届く声に起こされたのは、深夜二時を過ぎた頃だった。




