表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/49

27 記憶と追憶

 ハーブティーを淹れ直すリリーの手元は、微かに震えている。久しぶりに耳にした名に、想いも溢れそうだ。 

 

 ーーーーーーーー千年以上前……先王ガスパルが支配していた時代は、まさに弱者にとって過酷な環境だった。

 絶対的な王が血に飢え、日常的に行われていた殺戮は、ベルナールが即位する事で減っていった。

 人をむやみに襲うと罰を与え、儚い命を無駄にしないよう統制を進めた……とはいえ、並大抵の道のりではない。

 私が物心つく頃には、メイドもバトラーも人間とヴァンパイアが混ざっていたし、ハンターと呼ばれる契約者も数多くいた。

 

 「ーーーー修さんと史代さんは……今は、陛下のハンターなんだね……」

 「あぁー」


 少しずつ甦る記憶に涙がこぼれる。


 泣きたい訳じゃないのに……どうして……


 「リリー」


 レオに抱き寄せられ、気づけば膝の上だ。抜け出そうにも力の強さで敵わない。


 「ーーーーっ! レオ、大丈夫だから……」

 「その顔で、大丈夫な訳ないだろ?」


 頬に触れる手に、身体がぴくりと跳ねる。まともに向き合えず顔を逸らすと、目元に唇が寄せられる。


 「……リリー」


 甘い囁きに心臓がうるさい。頬に触れる柔らかな感触に視線が交われば、あの頃のレオがいた。ターコイズグリーンの瞳に吸い込まれそうだ。


 「レオ……私は…………」


 額に寄せられた唇が、幼い頃の記憶と重なる。

 リリーにとって、初めて耳にしたアベルとベルナールの過去。複雑な心境のままで言葉に詰まる。


 まだ分からない部分が多すぎて……クリスティーとクロヴィスの繋がりを知っていたなら、他にもやりようがあったはずだけど…………


 「俺も……そう思う」


 口にはしていなかったが、リリーの言いたい事はしっかりとレオに伝わっていた。


 「他に……道がなかったんだ。今まで味方だった人に裏切られたら……心が追いつかないよな」

 「うん……」


 それは、アベルやベルナールだけじゃなくて……きっと、ダヴィドも同じ。

 記憶にある彼は至上主義を掲げながら、騎士として務めを果たそうとしていた。

 いつしか方向性は違ってしまったけど……『陛下の役に立ちたかった』と、聞いた事がある。


 アベルも同じだったんだ……何度も打ちのめされて、涙を流したところで、時は止まってはくれない。

 どんなに会いたいと願ったところで、死んだ仲間が生き返ることはなくて……何度、自分の無力さを感じたか分からない。

 何度も…………命が、目の前をすり抜けていった。


 ーーーーーーーー現実は残酷だ。

 表面的な傷は癒せても、心の奥までは癒せない。

 傲慢だと言われても、それでも……すべてを救いたかった。

 

 「リリー……」


 瞼に寄せられる唇に高鳴りながらも、また胸が締めつけられる。


 クロヴィスの言った通り、かつて暮らした城は廃墟となった。

 いつから操られていたのだろう……いつから、ダヴィドは……


 考えを巡らせても答えは出ない。彼に会う事はもう二度とないのだ。


 「……見張られているな」

 「うん……」


 いつも感じる誰かの視線……それは、コウモリや烏だったり、姿は違うけど……害悪を向けられているのは分かる。


 「……レオ……アベルが最後に、此処に来たの?」

 「あぁー……そうだな……」


 二人は気づかない振りをして話を続けた。


 「……ヴァンクレールを死守しながらも、クロヴィス……クリスティーの行方を探っていたんだ」


 言葉を選びながら告げるレオに、まっすぐな瞳が向けられている。


 「此処は……ヴァンクレールの半数が、この世から去った……惨殺があった場所だ」

 「此処が?」

 「あぁー……あの頃とは様変わりしてるから、分からなくても仕方がない」

 

 髪に触れる手は変わらずに優しいままだが、その瞳には怒りが含まれる。


 「ーーーー黒魔術の……痕跡が多数見つかったんだ」

 「ーーっ!!」


 ことの重大さはリリーにも分かる。

 死者を甦らせるだけでなく、禁忌と呼ばれる魔術が存在した。世界が滅んだともされる闇の力だ。


 顔色が悪くなっていたのだろう。頬に触れられる手で、ようやく息を吐き出していた。


 「ーーーーレオ…………」

 「あぁー……」


 苦しそうに頷く表情で、どれだけの仲間が犠牲になったか分かる。

 

 「……いなくなったね」

 「あぁー、鋭くなったな」

 「……そう……かな?」


 頬に触れたままの手に唇を寄せたリリーは、微笑んでみせた。


 黒く染まったりはしない…………私は、本当は……


 「リリー、騎士の一人は侯爵家の遠縁にあたるんだ」

 「うん……」

 「万が一はないと思いたいが、この状況下ではどうなるか分からない。一人での行動は控えてくれ」

 「うん……私は、大丈夫だよ……それよりも……」


 顔色が悪くなる間隔は開いたけど、私の血じゃダメなのかもしれない。


 レオの頬に、無意識に触れていた。


 体調が悪化すれば、能力に制限がかかる。

 万全の状態でいなければならないはずなのに……私から言わない限り、求められない……


 「リリー、違うからな?」

 「えっ?」

 「その顔見れば分かるよ。よからぬ事、考えていただろ?」


 応えないリリーに、レオは自分の直感を確信した。


 「……リリー、言って?」

 「ーーーー私の血は……飲めなくなった?」

 「違う。そんな事は絶対にない! むしろ……」


 答えを待つリリーに、息を吐き出したレオは正直に告げた。


 「……リリーじゃなきゃ、ダメなんだ……」

 「えっ……今までは、どうしてたの?」

 「供給されたものを飲んで……凌いでた。リリーと、約束したのにな……」

 

 罰が悪そうに告げるレオに、リリーは涙目だ。


 以前は供給システムは存在しない。

 枯渇すればどうなるかくらいは分かる。

 血が濃ければなおさら……


 「何で……そんな…………」

 「大丈夫だ……生きてるだろ?」

 「ーーーーっ、そう……だけど……」

 「ごめんな……」

 「ーーっ……」


 ……レオに……謝って欲しいわけじゃないの……


 言葉に詰まり、首を横に振ったリリーは手を伸ばした。胸元にレオの頭を寄せ、抱きしめている。


 「……レオ、飲んで…………私の為を思うなら、お願い……」


 血の再生能力を使うリリーは、眠る事で体力を回復していた。深い眠りになる度、悪夢を見ていた為、必然的に長い眠りが必要となった。

 目覚める前のリリーからの懇願なら、レオは迷わずに断っていただろう。だからこそ、今日まで告げずに来たのだ。

 今も記憶が完全ではない彼女に躊躇っていた。


 「ーーーーリリー?」


 溢れ出した涙が止まらない。

 もうレオには、傷ついて欲しくないのに……


 「話すべきだったな……」

 「ううん……気づかなくて、ごめんなさい……」

 「いや、リリーのせいじゃないから……」


 慣れた手つきで涙を拭う姿に、泣き虫な私がよく困らせていた事を想い出す。


 「…………レオ……他は、合わなかったの?」

 「あぁー」


 即答する彼に、リリーは顔面蒼白だ。残酷な事を言った自覚はあっても、飲んでくれているものだと信じて疑わなかった。そうでなければ、此処まで生き延びる事は難しい。それが彼等にとっての常識である。


 「リリー、俺は大丈夫だから……力を使うのは控えてくれ……」

 「ーーーーいや……」

 「リリー?」

 「……またそうやって、私を優先する!」


 思わず語気が強まり、涙目のまま視線が合えば、ターコイズグリーンの瞳が優しく微笑む。


 「……なんで……笑ってるのよ……」

 「いや……リリーだなと、思ってな」


 怒りが何処かへ行ってしまう程、穏やかな表情だ。それは彼女と、かつてのリリーが重なって見えているからだろう。


 「…………傷は作らないように、努力はするから……そうすれば、飲んでくれる?」


 レオの頑なな態度には敵わず、リリーが折れる形になった。


 私は……他者を癒せるけど、自分自身の傷は癒せない。

 だからこそ、傷をつけるとアベルに怒られながら、治して貰っていた。

 そうだ……こんなやり取り……前にもあったような……


 「リリー、癒してくれる?」

 「うん!」


 素直に抱きついて、さらさらの髪に触れると、首筋に牙が刺さる。


 「ーーーーっ……」

 

 …………香りが変わった?


 啜ったと思えば、すぐに舐めとり治していくレオに尋ねる余裕はない。自分から言い出したとはいえ、吸血行為には不慣れなままだ。


 「リリー……」


 甘い声で囁かれ頬を染めれば、それすらも愛おしそうに見つめるレオに包まれる。


 前にも……こんな事があった…………


 『ーーーー殿下、見つけました』


 抱き合った二人に通信が入る。


 『応援を送る……気取られるなよ』

 『はっ!』


 騎士からの連絡に応えるレオに、リリーが気づく事はない。本来の彼女であれば、すぐに気づいただろう。リリー自身は気づいていないが、ヴァンクレールではない能力を秘めていた。


 「……レオ、瞳が…………」


 紅く染まる瞳を手で隠そうとするが、リリーに阻まれる。愛おしそうに見つめられれば、抵抗は敵わない。


 「…………リリーだけは……」


 小さすぎる呟きは、心音にかき消され届かない。抱き合えば、そっと唇が重なり、香りが高まる。


 ……私、本当は…………


 「リリー…………」

 「もう一度……」


 レオの頭は傾けられ、さらさらなプラチナブロンドの髪が頬をかすめると、宝石のように澄んだ瞳と見つめ合う。


 無意識になった姿に、レオは驚きながらも手を伸ばした。本来の姿で飲まなければ、彼にとっては足りないままだ。


 部屋を満たす香りは、先程よりも強く香っては消えていった。

 

 『ーーーー動くぞ』

 『はっ!!』


 短い返答に深く頷いたレオは、腕の中で眠るリリーの瞼に唇を寄せた。涙を拭った彼の瞳は、紅く揺らめいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ