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22 悪夢と正夢

 「妃梨、どうかしましたか?」

 「ーーーーううん……何でもないの……」


 視線を感じた気がしたんだけど……気のせいかな?


 リリーは特進科の生徒達と共にお昼を食べていた。学園は何事もなかったかのように、カフェテリアは生徒達で溢れている。


 帝都に戻ってきて驚いたのは、時間がそんなに経っていなかったこと。

 学園で襲われた日から二日しか経っていなかった。

 異空間だったらしいけど、よく分からない。

 ヴァンクレールとしての知識だけじゃ、とてもじゃないけど追いつけないみたいで……


 「綾人は本当、過保護だなー」

 「そうですか?」 「そうかな?」

 「被ってるし!」


 ギーとリリーがほぼ同時に応える様子に、特進科から笑みが溢れる。


 「ーーーーあの……東宮さん……」

 「はい?」


 特進科の棟に戻る中、普通科の生徒に呼び止められた。いち早く反応したのはギーだが、彼が呼び止めたかったのはリリーだ。


 「えっと……妃梨さん……」

 「……はい」


 名前に反応を示すリリーは、冷静に観察していた。


 ーーーーこの人は……人だ……じゃなくて、何で私の名前を知ってるんだろう?


 「……放課後、お時間を頂けますか?」

 「ーーーーごめんなさい……綾人と帰るので……」


 リリーは咄嗟に、隣にいたギーの腕を取った。


 「そうですか……」


 明らかに落胆した様子の彼に申し訳ないとは思いつつも、不用意な行動は避けたかったからだ。


 寂しげな背中を振り返る事なく、特進科のある棟に戻っていく。


 「ーーーー今の……告白だったんじゃない?」

 「紫苑、それはないよ」


 即答するリリーに、彼女は呆れ気味だ。


 「まったく……妃梨は分かってないわねー。ただでさえ特進科は珍しいのに、その上転入生よ?」

 「確かになー。俺達はただでさえ目立つらしいからなー」

 「そうよ。名前くらい編入したその日に全校生徒が知ってるわよ」

 「ーーーーそう……なんだ……」


 リリーが名前を知られている事に驚いたのは、クラスメイトにも伝わっていたようだ。


 特進科のクラスメイトは、周囲の視線に敏感だと思う。

 ヴァンパイアの血が関係しているらしいけど……私には分からない事だらけで、詳しい事は未だに分からないまま。


 リリーは無意識のまま、ギーと腕を組んで歩いていた為、二人の仲は存分に普通科の生徒にまで伝わる事となった。




 「ーーーーそうか……」


 昼間の出来事について報告を受けたレオは、そう応えると窓の外を眺めた。変わらない夜景に、数日前の怒涛の日々が夢のようだ。


 『ーーーー殿下、見つけました』

 『気づかれるなよ』

 『はい』


 短い会話は超音波によるものだ。

 レオは疲れていたのだろう。そのままソファーに横たわっていると、リビングの扉が開く音がした。殆ど音はしていないが、レオの耳には聞こえていた。

 そして、誰が来たかも分かっていたが、微動だにする事なく瞼を閉じたままだ。


 「ーーーーレオ?」


 返答のない彼の元にブランケットを手にした彼女が静かに寄り添っていたが、不意に腰を引かれ倒れ込んだ。


 「ーーーーもう……レオ、起きてたの?」

 「あぁー、今ので目が覚めた」


 悪びれもせずにそう応えるレオは、何処か楽しげだ。二人の間には薄いブランケットが一枚の隙間しかない。

 リリーは彼の膝の上に乗ったまま、抱きしめられていた。


 「……離して」


 声が聞こえていないかのように、レオの腕に力がこもる。ますます頬が赤くなるリリーに、彼は嬉しそうな表情のままだ。


 「……レオの意地悪……」

 「今日、ギーと腕を組んでたんだから、このくらい余裕だろ?」

 「うっ……」


 昼間の出来事は筒抜けみたい。

 ギーはレオの側近だから、仕方がないけど……


 「…………イヤな感じがしたの」

 「普通科の生徒がか?」

 「うん…………何処となく……雰囲気が……」


 リリーの感覚的なモノで、確かな確証はない。それでも彼女の察知能力は優れている為、レオはすぐに指令を出した。


 『ーーーー学園にも紛れてる。一層警戒してくれ』


 レオにだけ短く返答する声が届いていた。


 「…………レオ?」

 「リリーの直感は当たるからな。今回は外れるといいけどな」

 「うん……」


 外れてほしいけど……こういうのは外した事が無い。

 予知夢に近いモノなら、何度も見てきたから……


 リリーの懸念を他所に、レオは対抗する手段を着実に整えていた。


 「先に寝室に行ってて…………」

 

 耳元で囁かれた言葉に、また頬が染まる。


 「ーーーーレオ……」

 「リリーは相変わらずだな」

 「レオには言われたくない」


 真っ赤に染まったままの頬で、プイッと横を向いたが、その仕草すら愛おしいのだろう。レオが頬に触れると、ますます染まっていく。


 ーーーー触れられた所から熱くなるけど……態とでしょ……


 昔と変わらないレオの態度に安堵しながら、触れ合っていた。




 ーーーーーーーー暗い……真っ暗な世界……誰の声も届かない。

 私……また……夢を見ているの?

 

 リリーは悪夢を見ているのだろう。苦しそうな表情を浮かべていた。


 「リリー?」


 レオの呼びかけは届いていないようだ。彼が頬に触れても目覚める事はなく、冷や汗をかいている。


 「ーーーーっ……た……け……」


 小さく漏らした言葉は、レオでも聞き取る事が出来ない。

 彼女をぎゅっと抱きしめると、少しずつ息が整っていくが、レオからは不安げなままの瞳が向けられていた。




 ーーーーーーーー深い……闇の中へ落ちていくみたい。

 光の届かない……ここは何処なの?

 

 『ーーーーリリー……』


 彼女を呼ぶ声がすると、深い闇に一筋の光が差した。死臭さえしそうな漆黒の闇が晴れていく。

 彼女が光に手を伸ばした瞬間、何処かから声がした。

 

 『ーーーーソナタハ……我ノ……ダ……』


 ゾクリと背筋が凍りそうになる程の不気味な声が、足元から聞こえきた。

 

 伸ばしたはずの手は、また暗い闇へ消えていった。ここが何処かも、ちゃんと立っているのかさえも分からない闇の中へ呑み込まれていく。

 どんなに足掻いても、彼女は沈んでいくだけだ。

 どんなに声を上げても届かない。ただ漆黒の闇が広がっていた。


 あぁー……まただ…………また、救えない…………無惨に殺された仲間の仇をとる事すら出来ない無力な自分に、何度嫌気がさしたか分からない。

 傷を癒せたって、何の意味も無い。

 死んでしまったら、もう……二度と生き返らないんだから……


 『ーーーーヲ、返シテホシクバーーーーーヲ捧ゲルノダ……ーーーーヨ……』


 不気味な声が放つ言葉の意味は、彼女にも分からない。

 闇から抜け出そうと駆け抜けてみても、何処までも漆黒の闇が続き、耳を塞いでも声が追って来る。逃げる事は叶わず、一人で立ち尽くしていた。




 「リリーー!!」


 彼女が目を開けると、レオの顔が滲む。


 「…………私……夢を……見ていたの?」

 「あぁー……うなされてた……」


 そう言って、彼女の目元を優しく拭った。


 夢にしては、やけにリアルだった……

 こういうの……何だったっけ?

 記憶力がある癖に、こういう肝心な部分だけ思い出せないなんて……

 

 「リリー、瞳の色が……」

 「えっ?」

 「いや……寝つくまで側にいるよ」

 「うん……」


 髪を撫でられ、彼女はそっと瞼を閉じた。今度は悪夢を見る事なく、眠りについたようだ。


 『ーーーーオレール、確かめてくれ』

 『かしこまりました』


 仲間に託したレオは、彼女の額に唇を寄せていた。






 昨夜の悪夢の影響か、リリーは生あくびをしながらキッチンに立っていた。

 

 「リリー様、大丈夫ですか?」

 「うん、平気だよ。寝つきが悪かっただけだから」

 「体調が悪いようでしたら、休んで頂いて大丈夫ですよ?」

 「うん、ありがとう。その時はよろしくね」

 「はい」


 リビングに来たレオは、いつもと変わらない光景に微かに安堵の笑みを浮かべた。


 ダイニングテーブルに三人分の朝食が並ぶと、揃って食べ始め、穏やかな時間が流れていく。


 「リリー、今日は放課後デートしようか?」

 「うん……レオ、お仕事は?」

 「半休だから、迎えに行くな?」

 「えっ……」


 微妙な反応のリリーに、レオは苦笑いだ。


 「イヤなのか?」

 「ううん……そうじゃなくて、目立つから……」

 「なんだ、そんな事か」

 「リリー様、諦めて下さい」

 

 二人の反応に、彼女は降参するしかないようだ。

 

 数日前までの戦いが嘘みたい……でも、現実なんだ。

 あの日……すべてを失ったのも、私がヴァンクレールって呼ばれた訳も……


 「……レオが来るの楽しみにしてるね」

 「あぁー……」


 顔色を変えず応えたリリーは、あの頃の彼女に戻っているようだった。




 滞りなく授業が進む中、リリーは昨夜の夢と今朝のレオの表情を想い浮かべていた。


 レオには……無理やり作った笑顔だって、バレていたよね。

 私がどんなに感情的にならないようにしても、レオにだけはすぐに見破られていたから……そういう所は、あの頃と変わってないみたい。

 少しも成長してないのは、私があの頃のままだからかな……


 沈みそうになる気持ちを払拭するように、授業に耳を傾ける。


 「妃梨ー、実験やりましょう?」

 「うん」


 紫苑に声をかけられ、いつものように応える。誰も彼女の些細な変化に気づく者はいない。


 数日前と違った光景に見える。

 彼等はヴァンパイアだけど……ノエルとギーだけだって、今ならはっきりと分かる。

 また……胸騒ぎがするの……


 「大丈夫ですか?」

 「うん……大丈夫だよ、綾人」


 いつもの穏やかなリリーの表情に戻っていた。


 このままじゃダメ……ただの足手まといにしかならない。

 しっかりしなくちゃ……


 手元に意識を集中させ、その後の実験は滞りなく進んでいった。


 大丈夫……私は、一人じゃない。

 今はレオもいるし、ギーだっている。

 騎士の皆だっているから……


 「妃梨」


 思考を巡らせていたリリーに、温かな声が響く。


 「…………玲二さん」


 今朝の約束通り、レオが迎えに来ていた。差し出された手を躊躇わず握ったリリーは、頬を緩ませる。


 殆どの生徒が帰路に着く頃、学園に一羽の烏がいた。その赤い瞳には、リリーとレオの姿が映し出されているのであった。

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