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21 覚悟と諦観

 アベルが描いた夢が叶っていた。

 理想と形は違うけど、ベルナールが叶えていたの。


 活気のある街並みは、リリーに遠い日の記憶を想い起こさせる。廃墟となった城も、かつては活気のある一つの街であり、国だったからだ。


 リリーの前には騎士達が揃っていた。


 「ーーーーこれから話す事は、極秘事項だ」

 『はっ!』


 レオの指示通り、私はこの場に立ち合っているだけで、口を挟む事はない。

 この場で、聞いている事が重要みたい。

 向けられる視線は、思っていたよりも厳しい感じじゃないけど……


 一人だけ、鋭い視線が混ざっている事に気づいていた。


 「ーーーー殿下、勅命ですか?」

 「あぁー、これは陛下からの命だ」


 そう短く切り捨てたレオに、反論する者はいない。


 「ーーーー生死は問わない。魔女の捜索を最優先事項とする」

 『はっ!』


 返事をした次の瞬間、部屋にはレオとリリー。そして、ギーの三人だけとなった。流石はヴァンパイアといった所だろう。


 「俺達も明日には此処を立つ」

 「はい」 「……はい」


 はっきりとした口調で応えたギーに対し、リリーはまだ現実味がないようだ。テンポが遅れた返事に、レオが微笑んでいた。

 

 「……この後、父上に会いに行くか?」

 「いいの?」

 「あぁー」


 リリーは彼に手を引かれたまま、謁見の間ではなく、王の私室を訪れていた。

 

 目の前にいるベルナールは……アベルの弟で、ヴァンパイアの王様。

 彼を表す言葉は沢山あるけど、私にとっても大切な人……城の中で居場所をくれたのは、ベルナールだったから…………


 レオと同じように優しく微笑むベルナールが、二人を待っていた。


 「ーーーー久しいな……リリー……」

 「はい……」


 ……懐かしい……想い出す度、幸せだったひと時が確かにあったと実感する。

 

 「リリー?」


 レオが覗き込み、目元に触れられた指先に驚いていた。


 ーーーーーーーー涙?


 「ーーーーレオも、私も生きているよ」

 「ーーーーっ……」


 リリーが涙を拭っても、止まる事なくこぼれ落ちていく。


 泣きたい訳じゃないのに、止まらない……

 

 「……ベルナール…………ありがとう……ございます……」

 

 泣きながらも口にした言葉は、生き続けてくれていた彼等に対する感謝だった。


 「リリー……」

 「レオ、大丈夫だよ……安心したの……」


 頬に触れるレオの手に触れ、彼女は潤んだ瞳のまま、まっすぐな視線を向けた。


 成長した彼女と息子の姿に、ベルナールは頬を緩ませた。それは、まるで幼い日の二人を想い浮かべているようだ。


 「ーーーー二人とも、無事に戻ってきてくれ」

 『はい』


 揃って応える様子に、ベルナールからまた笑みが溢れる。その優しくて寂しげな瞳に、リリーはアベルを重ねていた。


 ーーーー似ていない兄弟だけど……ベルナールの纏う空気感が、何処かアベルみたいで……強い故に、一人で抱え込んで……


 「……ベルナール」


 幼い日のように抱きついたリリーをしっかりと受け止めていた。公には出来ない別れの挨拶だと、理解していたからだろう。


 「リリー……」


 感動の抱擁は長くは続かなかった。レオが彼女の手を引き寄せたからだ。

 

 「ーーーー何ですか……」


 小さく反論するレオに、顔を見合わせて笑い合う。


 「リリー、レオを頼んだぞ」

 「はい……」


 いたずらっ子のように笑うリリーは、彼等に幼い日を思い起こさせた。彼女がまだ城にいた頃を。


 「ーーーーレオ、リリー……気をつけてな」

 「はい」 「はい……陛下」

 

 礼儀正しい所作で腰を折る二人がいた。




 すべて想い出したからこそ、疑問に残る事がある。

 確信がないから、口にする事も出来ないけど……


 「リリー?」 

 

 考え込んだ仕草をしていたのだろう。レオが顔を覗き込んだ。

 

 「ーーーーレオ、足りていないけど……大丈夫なの?」


 突拍子のない指摘にも、微笑んでみせる。

 

 「ーーーーもう少し……いいのか?」

 「うん……」


 リリーが迷う事なく即答する為、レオは苦笑いを浮かべた。


 「どうしたの?」

 「いや……リリーは、躊躇わないなと思ってな」

 「そうかな?」


 そんな事ないと思うけど……


 「……レオだからだよ」

 「あぁー……」


 首筋に触れる手に重ねた両手は、微かに震えている。


 「ーーーー怖いか?」

 「ううん……違うの……」


 レオを怖いと思った事は、一度もない。

 そんな事、あるはずがないの……

 

 「……ただ……また会えて、よかった……」


 レオと離れてから、一度も忘れたことはなかった。

 あの日までは、ちゃんと覚えていたのに……


 記憶の残るリリーは嘆くことなく、レオに抱きついていた。


 「リリー……」


 首筋に牙が刺さる音が響く。リリーは瞼を閉じることなく、彼の背中に手を回した。


 ーーーー生きてさえいれば……それでいいなんて嘘だ。

 本当は、ずっとそばにいたかった。

 ずっと……会いたかったの……


 強くなる香りは一瞬で、傷痕と共に消えていった。抱き合う二人には一ミリの隙間もない。


 頬に触れる手に、また泣きそうになる。

 これから…………私は……


 「リリー」


 甘さを含んだ声色に、心臓が跳ね上がる。見透かされたような瞳に、何も言えなくなっていると、唇に指先が触れた。

 

 …………今のままじゃダメなの……力を使えるだけの術を学ばないと、隣にはいられない。


 「ーーーーレオ……銃が欲しいの」

 「……俺は……リリーを戦わせる気はない」

 「分かってる……もしもの為だから……」

 「もしもの話なんて……」

 「お願い、必要なの」


 きっぱりとした口調で告げるレオも、彼女の懇願には敵わなかったようだ。深く息を吐き出したレオは、まっすぐにリリーを見つめ返した。


 「ーーーー武器が……争いの火種になるのは、分かって言ってるんだろ?」

 「うん」


 これだけは譲れない。

 守られてばかりじゃダメなの……それに、イヤな予感がするの。

 この間みたいに、武器が必ずしもある訳じゃないから……それに……こういう時だけ、よく当たるから……


 「分かった……でも、出来たら使わないで欲しい。この間みたいなのは、あれ一度きりにしてくれ」

 「ーーーーうん」

 「それだけは覚えておいて?」

 「レオ……ありがとう……」


 彼女は頷く事なく、抱きついていた。

 いざという時の覚悟は、リリーなりに出来ている。銃を持って戦う事も厭わないと。


 混沌の時代……武器を持って戦った。

 仲間を守る為に、何度も引き金を引いた。

 武器を持った当初は手が震えていたけど、それも……いつしか薄れていった。

 どうしたって相容れない存在があるのだと知った時、目の前で多くの命が失われるさまをただ見ている事しか出来なかった。

 後悔しているの…………村に残ればよかったって……私が……居なくなればよかったのに…………なんて、口に出した事はないけど、そう思っていた。

 あれだけ『生きて』とレオには言っといて、私には耐えられなかった。

 今も……何で、このタイミングなの?


 彼女の疑問に答えてくれる筈のアベルとマリアはいない。


 どうして…………ダヴィドが……

 

 リリーの視線は思わず下に降りていた。

 

 「ーーーーリリー……」

 

 頬に触れる手の温かさに、彼女は微笑んでみせる。

 

 ーーーー生きてる……どんなに残酷な現実だって、私は生きてるんだ……


 『ーーーー永遠のような命は、呪縛のようだ……』


 そう言っていた人を、リリーは想い浮かべていた。


 私の力では、どうする事も出来ない時……そう感じた。

 何度思ったか分からないほど、繰り返される殺戮と救えない命。

 何度、自分の力を呪ったか分からない。

 禁忌を犯してでも、逢いたい人がいた。

 そう……あの村で暮らした皆に逢いたかった……


 「…………外に……」

 「あぁー……」


 窓の外にいる赤黒い瞳をしたコウモリの気配に、リリーも気づく。窓の外だが、窓辺にいる訳ではない。三メートル以上離れた木々の一つに止まっている。


 「ーーーーいなくなったな……」

 「うん……」


 気配が急に消えたのは、レオが追い払ったからだ。小さく頷いたリリーにも、彼が殺気を放って追い払った事は分かっていた。


 「……クリスティじゃないみたい……」

 「何で……そう思うんだ?」

 「彼女なら、もっと綺麗なモノに化けそうだから……」


 リリーの意見は的を得ていた。あのクリスティがコウモリに化けるとは考えにくい。レオの中にもあった懸念だ。


 「……それに…………ダヴィドに似てるから」

 「そうか……」


 絞り出すように口にした名の意味は、レオにも分かっていた。かつて、ダヴィドも王国騎士の一人であった。


 「レオ……クロヴィスは本物?」

 「あぁー……残念だが、本物だ…………リリーは知らなかったよな?」

 「うん……双子は、ギー達だけだと思ってた……」

 「そうか……」


 多くを語らないレオに、彼女も尋ねなかった。尋ねた所で現実は変わらないからだろう。


 「……レオ……見つけてくれて、ありがとう」


 違う言葉を口にして、沈みそうになる気持ちを抑える。


 「リリー……全て終わったら、修達に会いに行こうな?」

 「うん!」

 

 嬉しそうに微笑む彼女に、レオも安堵していた。この数日で、二人を取り巻く環境が一変したからだ。

 

 背中に触れる手に、心臓が鳴ってるのが分かる。

 本当に……結婚したんだ……


 左手で光る指輪に、今更のように実感するリリーがいた。


 「ーーーーレオ……すきだよ……」


 ストレートに告げた言葉は、彼女の変わらない想いだ。


 ……どんな事があっても、この想いだけは変わらない。

 また此処に戻る時も、笑顔でいたいから……


 彼女の覚悟を悟ったかのように、ぎゅっと抱き寄せる。

 

 「ーーーーリリー……」


 ーーーーーーーー言葉にしなくても分かる。

 レオには、決別する覚悟が出来ているってことが……

 

 暫くの間、二人は強く抱き合っていた。

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