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20 彼の願いと彼女の想い

 一瞬だけ漂った血の香りに、騎士達は気づいていた。

 それ程までに純血の血は濃く、貴重な存在なのだ。


 「またな、ギー」

 「はい」


 ギーは騎士達と分かれ、私室がある一角に戻った。

 そこは、この城の中で殿下と共に在る者だけが出入りを許された場所だ。


 トントントンと、ギーが扉をノックするが部屋から返答はない。


 「ーーーーレオ様?」


 扉を開けても応答はない。


 「……失礼致します」


 ギーが一歩踏み入れると、自動的に照明がつき空調が入る。高級な調度品で設えた広い部屋には誰もいない。


 彼の部屋を出ると、隣の部屋で同じ所作を繰り返した。


 「ーーーーはい……」


 今度は部屋から主人あるじの声がした。 


 「失礼致します」


 部屋に入ると、ベッドに横になったリリーと、窓際でグラスを傾けながら夜空を見上げるレオがいた。


 「ーーーーレオ様……婚姻の儀、おめでとうございます」

 「バジルから聞いたのか?」

 「はい」

 「ギー、ありがとう……」


 言葉少なに応えると、レオはグラスに残った赤い液体を飲み干したが、不味そうに口元を拭った。


 「ーーーー大丈夫ですか?」

 「あぁー」


 そう応えたレオの顔色はあまり良くない。ギーから見ても顔色が悪いようだ。


 「ーーーー少し出て来る。リリーを頼むな」

 「はい……」


 ギーの肩に触れたレオは、彼女を託し部屋を後にした。


 小さな灯りのついた部屋には、眠ったままのリリーと立ち尽くしたギーの二人だけが残されていた。




 『ーーーー私室に来てくれ』


 レオが部屋に戻ると、先程までギーといた騎士達が揃う。此処にいる彼等は、ギーやリリーと同じく王宮の一角に部屋を与えられた者達だ。


 「ーーーー何か……あったのか?」


 バジルの反応の良さに、彼はソファーに腰掛けるよう促した。

 レオの向かいの席には、バジルにトマ、リュカの三人が腰掛けている。


 「ーーーー魔女に……監視されてるな」

 「確かか?」


 驚いた様子で、真っ先に声を出したのはトマだ。


 「あぁー、コウモリに逃げられたけどな」

 「そうか……追うのか? 陛下からもお達しがあったけど……」

 「いや……まだ、その時じゃない。向こうから仕掛けてきた際に迎え撃つ」

 「レオ、物騒だなー」


 軽口を言い合うような口調だが、瞳は四人とも真剣な色のままだ。


 「ーーーー婚姻の儀は、仮って感じか?」


 話を逸らすようにバジルが尋ねると、レオが頷いて応えた。


 「あぁー……ハンターについても、一部は知らないみたいだな」

 「そうか……アベル様が告げなかったんだろうな」

 「そうだな……」


 窓の外に視線を移したレオは、遠い記憶を想い返しているようだ。


 「ーーーー警戒は、怠らないって事でいいか?」

 「あぁー、トマ頼む」

 「了解」


 公の場でなければ、身分も年代も関係ないのだろう。リュカがグラスを用意すると、最高級のワインを注いだ。


 「では、改めて……殿下、ご結婚おめでとうございます」


 態とらしい言葉使いに、レオも微笑む。


 「ありがとう……」


 長い一日が終わり夜が明ける頃、待ち続けた彼の願いが叶った日でもあった。






 ーーーーーーーーまた……あの夢……


 彼女の目の前で、罪人が裁きを受けていた。

 

 『ーーーー火炙りの刑に処す』


 長い罪状と名、侯爵家の家名を傷つけるには十分な処罰だ。


 『ようやく……ようやく平穏に戻るのね』

 『ーーーー許せない!』 『あの女のせいで!!』

 『あぁー……神様……』 『まだ生きてるなんて!』

 『火炙りじゃ足りぬ!!』

 

 恐ろしい魔女の存在に、怯えて暮らしていた人々は次々と安堵の言葉を口にしたが、そこには被害者による怒りが多く含まれていた。

 中には石を投げる者までいたが、止める者はいない。夫は打ちひしがれながら何も出来ずにいた。ある意味それは正しく、当然の行為であった。


 業火に焼かれる中、美しい女性は小さく呟き、何かを残そうとしながらも叶うことはなく、そのまま三日三晩焼かれ、最後は灰となった。


 彼女の為に涙を流したのは、彼女の夫であったダヴィド。ただ、一人だけだ。


 ーーーー私の居た場所からは、口元が動いている事も、彼が涙を流していた事も、分からなかった。


 ただ、あの城で見た夢の中の彼女は……


 『ダヴィド、さようなら……』


 そう呟いていた。


 あんなに優しかったダヴィドは、いつから操られていたのだろう…………今となっては、もう何も分からない。

 あの日……決別した日に、すべて消えてしまったから……

 



 高い天井をぼんやりとしたまま見つめていると、右手の温かさに気づく。

 リリーの隣には、彼が横になっていた。


 「ーーーーレオ……」


 そう小さく口にして、彼の顔色が微かに悪い事に気づく。

 

 昨日は婚姻の儀で、少し飲んだだけだったから?

 それにしても……間隔が……


 心配そうに見つめていると、抱き寄せられる。


 「ーーっ?!」

 「んーー、リリー……おはよう……」

 「……おはよう、レオ」


 優しい瞳を向けられると、どうしていいか分からなくなる。


 視線を逸らした彼女の赤くなった頬に、唇が触れる。


 「……疲れはないか?」

 「うん、大丈夫だよ。レオは?」

 「俺?」

 「顔色が悪いよ?」


 昨夜、血を飲んでいた為、ギーに指摘された時よりはマシになっているが、リリーには微かな違いでも分かるようだ。


 「ーーーー少しな……」

 「……飲まないの?」


 誘うように甘く香る存在に、手を伸ばす。


 「……いいのか?」

 「うん……」


 首筋に触れる牙に、リリーは抱きついて応える。


 「……レオ、大丈夫だよ。これくらいで、倒れたりはしないから……」

 「あぁー……」


 牙が刺さる音は、何度聞いても慣れないけど……香りには慣れてきた。

 感情で左右されるみたいだから……大丈夫。


 甘く芳醇な香りは、牙の痕と共に消えていった。


 彼の顔色を確認するように顔を近づけていると、唇が優しく重なる。


 「ーーーーっ、レオ……」

 「今のはリリーが悪い」

 「もう……」


 二人がベッドの上で抱き合っていると、窓の外の気配に気づく。


 「ーーーーレオ……」

 「リリーにも分かるか……」

 「うん……」


 昨夜と形を変えているが赤黒い瞳をした鳥が、こちらの様子を伺っているようだ。


 「…………クリスティ」

 「あぁー、おそらくな……」


 クリスティはダヴィドの妻で、前王のめかけの一人。

 その美しく妖艶な姿に、惹かれた者は数多くいたとか、妖しげなこうの匂いで人々を虜にしていたとか……色々な噂を耳にした事はあるけど、実際に会ったのは二度だけ。

 ダヴィドが嬉しそうに紹介した時と、魔女狩りの際に遠くから見ただけ……

 黒い影が立ち昇っているみたいで、怖くて……必要以上に近づく事が出来なかった。


 「ーーーーどうするの?」


 レオの応えは分かってる。

 これは……私の心を決める為の確認にすぎない。


 「ーーーー迎え撃つ。こちらの払った代償を返して貰わないとな……」

 「……うん」


 予想通りの反応に、リリーは手の甲にキスを落とした。


 「ーーーーご武運を……」

 「あぁー」


 幸せそうな二人の姿を見ていた鳥は、また音もなく消えていった。飛び立ったのではなく、一瞬で消え去ると、不穏な気配も無くなっていた。


 「ーーーー行ったな……」

 「……うん」


 気配を消していないという事は、隠す気がないって事なのか……それとも、こんな風に考えてしまう事すら、彼女の思惑通りなのか…………

 どちらにしても、私に出来る事は少ないから……


 光を宿したような瞳に、レオは微笑んでみせた。


 「……そろそろ、朝食にするか」

 「うん……」


 腰を抱かれ、部屋から広間に移動すると、騎士達とギーが、食事の用意を整えていた。


 「……おはようございます」

 「姫様、おはよう」

 「おはよう、リリー」

 「リリー様、おはようございます」

 

 次々と交わされる何気ない挨拶に、視界が滲んでいく。


 ーーーーーーーー此処に帰ってきたんだ。

 本当に……レオと、結婚したんだ……


 「リリー?」


 心配そうに顔を覗き込むレオと、テーブルに揃った彼等に笑顔を向けた。


 「…………ありがとうございます……」


 生きていてくれて、ありがとう…………再会できたのは、此処にいる騎士達とギーのおかげだから……


 綺麗に一礼する彼女に、何処か懐かしむように彼等は微笑んでいた。


 仲間と共に穏やかな時間を過ごすリリーは、頭の何処かで分かっていた。これは、嵐の前の静けさのようだと。




 「わぁーーーー……」


 側近をつけず、レオとリリーは二人きりで、昼時の賑やかな城下町を訪れていた。レオには見慣れた光景だが、リリーにとっては初めてだ。


 「…………レオ、此処は……共存が叶ってるんだね」

 「あぁー」


 人とハンターに、ヴァンパイアも……王宮と街で暮らす人々に身分の差はあるけど、貧富の差はないみたい。

 街が豊かなのが分かる。

 荒れた土地も、物乞いもいないから……

 

 彼女の感じた通り、歩道はヨーロッパのような石畳で出来ているが、車や自転車の通る道路はコンクリートが整備され、ゴミ一つ落ちていない。

 昔からの城と現代とが、上手く融合したような街並みだ。


 「何か……タイムスリップしたみたい……」

 「確かにな。リリーからしたら、目新しいか」

 「うん……」


 二人は手を繋いだまま、街を見て回っているが、目立たないよう栗色の髪だ。


 この国でも栗色は珍しいが、ブロンド程ではない。街中を歩く人々は、茶髪や黒髪が多く、髪色が明るい者もいるが割合的には少ないのだ。

 

 今も二人の横を黒髪の男性と、茶髪の女性のカップルが過ぎ去っていた。


 ーーーー此処は、ようやく共存の夢が叶った国。

 地図には載っている土地だけど、この国の者しか立ち入る事が出来ない場所。

 自然が豊かで……かつて、種族間の争いがあったとは思えない程、穏やかな時間が流れているみたい。


 帝都にあるような高層ビルはないが、スーパーやコンビニから、病院や薬局、美容院や本屋に宝飾品の類まで、ありとあらゆる物は、城下町で全て賄える仕組みになっていた。


 初めての場所なのに何処か懐かしくて……此処が、唯一叶った場所なんだよね……


 廃墟になった城を想い出していたのだろう。暗くなる気持ちを払拭するように、リリーは彼の手を引いて店を見て回った。


 まるで幼い日のように街中を歩く彼女の横顔に、レオも在りし日を想い浮かべていた。

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