18 血の契約と婚姻の儀
「うえっ……」
メイドがコルセットで締めつけている。
「リリー様、このくらい慣れて頂かないと」
「は、はい……」
そう言われても、慣れないよ!
こんなの映画とか、歴史の中だけでしょ?!
昔もメイドに着飾られた事はあったけど……悪化してる……
何故、こんな事になっているか……というと、数時間前に遡る。
レオと抱き合っていると、扉をノックする音がした。
「ーーーーギー……?」
「リリー、よく分かったな……」
「何となく……だけど……」
気配だけで分かった彼女の反応に驚きながらも、レオは頭を撫でた。
「……リリーは……服、整えてからな」
「えっ……」
胸元に視線を移し、はだけた格好のまま彼と抱き合っていたと、ようやく気づく。
頬を赤らめる彼女に、甘く何処か揺れ動くような視線が向けられている。
「ーーーーレオ……?」
「ん? たぶん朝食だ。着替えておいで?」
「うん……」
リリーが用意されていたクローゼットの服の中から、ワンピースを着て戻ると、ローテーブルには三人分の朝食が用意されていた。
「ギー……」
「リリー様、おはようございます。あの…」
ギーに思いきり抱きついていた。
「……リリー様のおかげで、この通りですよ」
「うん……」
間に合って……よかった…………救えない事の方が、圧倒的に多いって知っているから……生きていて……よかった。
でも、心の傷までは癒せない。
どんなに気丈に振るっていても、癒せない傷はある。
ーーーーーーーー私にも……
「朝食に致しましょう。リリー様の好きな苺もありますよ?」
気分の沈みそうな彼女に、ギーは変わらずに微笑んだ。
「うん……」
…………あれ……私、ギーに苺がすきなんて話したっけ?
顔に出ていたのだろう。レオの隣に腰掛けたリリーに応える。
「レオ様が仰っていましたので……」
ギーから彼に視線を移すと、何処か懐かしむような表情を浮かべていた。
「ーーーーすきだっただろ?」
「うん……ありがとう……」
レオも、ギーも、顔色はいいみたい……城での生活も基本的には、人と変わらないみたいだけど……不思議。
この姿はしっくりくるけど、現実味がなくて……
「リリー様、この後は陛下に謁見ですよ?」
ーーーー陛下……王に謁見?! それって、やっぱり正装よね?!
こんなにのんびり朝食を楽しんでる場合じゃ……
「大丈夫だ。ベルナールの私室に呼ばれているだけだから」
「えっ……そうなの?」
「俺も一緒だから、問題ないだろ?」
「うん……」
レオに頭を撫でられると、昔を想い出す。
別れ際に、よく撫でてくれていたっけ……私が泣き虫だったから……
二人の仲睦まじい姿に、ギーからも笑みが溢れていた。
レオの言っていた通り、謁見の間ではなく、ベルナールの私室に通された途端、抱き寄せられていた。
私の目の前にいる彼が、ヴァンパイアの王。
あの頃から変わらず……ご健在みたい。
とても……六百年以上、生きているとは思えない出で立ち。
「リリー、よく帰った……」
「ーーーー陛下」
「…………助けられず、すまない……」
「いえ……陛下のせいでは……」
レオとよく似たブロンドの髪に、ターコイズブルーの瞳が寂しげに微笑む。
ーーーーベルナールが王になって六百年余り……その長い年月の中、数多くの同胞を失ってきたということ……
寂しげな表情を浮かべていた彼女の頭は、ベルナールに撫でられていた。
……レオと似ている…………温かい手。
想い返していると、ベルナールの口にした言葉に、二人で顔を見合わせていた。
「ーーーー婚姻の儀か……」
「リリー様、どうされましたか?」
「ううん、何でも……」
数時間前に婚約したかと思ったら、その日に式までする事になるとは思わなかった。
こんなに、スムーズに認められるとも……
リリーは、首元から手首まで総レースになった白いドレスを着せられていた。
髪は綺麗に整えられ、宝石が輝くティアラに、ベールもつけられている。
姿見の前に立った彼女は、自分の姿を別人のように感じていた。
「ーーーーお綺麗です……」
「ありがとう……」
リリーが気恥ずかしそうにしていると、扉をノックする音がした。
「……はい」
応えたリリーには誰が来たか分かっていた。
メイドが彼女から離れると、壁側に一列に並び頭を下げた。
「ありがとう……」
彼の笑みに、黄色い声が聞こえてきそうだ。見慣れている筈のメイドも頬が染まっている。
「リリー、綺麗だな……」
そう言った彼は、黒い騎士の正装に宝飾がされたような格好をしていた。
「暫く、二人に……」
「かしこまりました」
メイドが出て行くと、部屋に二人きりだ。
「レオ……」
「ーーーー父上がこういう事態だからって、先走ったけど……イヤか?」
ーーーーイヤなんて……そんな事あるはずがない。
小さく首を振り、彼をまっすぐに見つめた。
「……レオは正装なんだね」
「あぁー、久しぶりに着たな。騎士の格好の方が、まだマシだな」
「陛下に怒られるよ?」
「そんな歳じゃないだろ?」
「そうだけど……」
怒られるような年齢ではない二人だが、こうして改めて結婚となると話は別だ。
「……ベルナールが言い出した事とはいえ、大丈夫なの?」
「小さい頃、婚約したの忘れたのか?」
「あっ……」
リリーにも覚えはあった。
アベルとベルナールに揃って報告をしたのは、まだ私が城にいる頃……
「…………覚えてるけど、私は…」
彼女の唇は塞がれ、ふわりと柔らかな香りに包まれる。
「ーーーー大丈夫だよ……」
「……レオ」
「……何があっても、そばにいるよ」
ーーーー泣きそうになった…………あの時と……同じ言葉を、今もくれるなんて……
潤んだ瞳に、レオは微笑んでいる。
……ちゃんと……笑ってる。
私を見て寂しげな瞳ばかりしていたけど……今は、ちゃんと微笑んでくれてる。
日没と同時に開かれる婚姻の儀を前に、二人はソファーに腰掛け語らっていた。
それは、空白の時間を少しずつ埋めていくようだった。
ーーーーーーーー緊張する……ベルナールには会ったけど、会った事のない騎士もいるみたいだから……
重い扉が開くと、騎士が十一名勢揃いしていた。彼等は皆、上下黒の正装で参列している。
リリーは彼の左腕を取って歩いていた。
バジルにトマ、オレールにリュカ……マリユスと……オルティーズもいる。
彼女が認識している騎士は六名。全体の半分程だ。
それが、彼等が不老不死ではない何よりの証拠だろう。
ーーーー王の前で行われる婚姻の儀式。
純血であるレオと、ヴァンクレールの私……王が認めていても、受け入れてくれるかは……また別の問題……
知った顔を懐かしく感じながらも、リリーは冷静に観察していた。
ここは……情報がすべて。
ヴァンパイアの世界は、食物連鎖みたいだけど……
白いベールが上げられると、目の前には優しい瞳のレオがいた。
儚く……消えてしまったと思っていたけど……本当に、レオと一緒にいられるんだ……
同じように微笑むと、唇が重なる。
「ーーーー此処に、二人の婚姻を宣言する」
周囲から拍手が送られ、歓喜の声が響く。
「リリー、よく戻られた」
「ーーーー陛下……おそれいります」
公の場の為、ドレスの裾を軽く持ち上げた彼女は、レディーのように振る舞っていた。
ウェディングドレス姿をスマホで撮るとか……こういう所は、現代だよね……
レオが写真を撮り終えると、メイドによる衣装替えが行われる。
「レオ様は控室でお待ち下さいませ」
「あぁー、リリーまた後でな」
「う、うん」
メイドさんは、人みたいだけど……ここは、人と共存してるって事なのかな……
「リリー様、こちらに着替えて頂きますよ?」
「うっ……」
先程の支度を思い出し、思わず声が漏れる。
……今度はイブニングドレス。
リリーとは対照的に、メイド達は張り切って彼女を着飾っていた。
滞りなく行われた婚姻の儀の後は、晩餐会が開かれていた。
ずらりと並んだテーブルには、キャンドルや花が飾られ、贅沢な料理が次々と運ばれていく。
ーーーーーーーーこれ……全員、ヴァンパイア……
百名近くいる招待客は全員ヴァンパイアだ。その中には、先程参列した騎士も揃っている。
遠い記憶の中にあった場面がリアルに感じる。
この後は、舞踏会なのよね……
「リリー?」
「……少し……驚いてるだけ…………」
「そうか……」
こんなに同胞がいたなんて……陛下の尽力の賜物だよね。
それにしても、何処にこんなにヴァンパイアがいたのだろう……気配を感じなかったのに……
晩餐会は和やかなムードの中、行われていた。
久しぶりに再会する者もいるのだろう。旧友との再会を喜ぶような雰囲気もあった。
ーーーー……此処は、共存しているみたい。
メイドもバトラーも、人が殆どみたいだけど、ヴァンパイアも混ざっているみたいだし……
「リリー様、お相手願えますか?」
「……トマ…………」
「久しぶりだな。殿下、お借りしますよ?」
「あぁー」
レオからリリーの手を取ると、トマはフロアに出ていく。殿下の嫁、すなわち次期王妃という事もあり注目の的だ。
「ーーーー視線を感じるか?」
「う、うん……」
「ダンス、覚えてるんだな」
「一応……トマ……私はレ……殿下のそばに、いてもいいのかな……」
「リリーは勘が良いからな……イヤな視線でも感じたのか?」
「うん……」
「殿下は何があっても、リリーの手を取ると思う。俺に分かるのは、それだけだな」
手の甲に唇を寄せたトマが離れていく。その瞳は、何処か切なげに微笑んでいるようだった。
「姫様……次は、私と踊って頂けますか?」
「ーーーーはい」
畏った口調で手を差し出すバジルに、笑顔で応えていた。
ダンスフロアで踊る彼女は、何処かの国の令嬢のようだ。
「殿下、こんな所でどうした?」
今日の主役は挨拶が済んだ為か、会場の隅からフロアを眺めていた。
「トマ……いや……リリーが城にいるのを見ていた」
「そのうち、画家に描かせそうだよな」
「するか。写真とか便利なのがあるだろ?」
「まぁーな……リリーは気づいてたぞ?」
「ーーーーそうか……」
小声で話している為、周囲に彼等の声は聞こえていない。
遠巻きに眺めているだけだ。
「オレールは奥さんと踊ってるのか」
「あぁー、相変わらずだな」
二人の視線の先には、仲睦まじいオレール夫妻がいた。
「レオも大概だと思うけど?」
「トマには言われたくないな」
トマもいつもの連れと参列していたが、二人は仮面夫婦だ。その事実を知る者は少ないが、彼に限った事ではない。
上流階級のヴァンパイアには、よくある事だ。
「殿下、お久しぶりです」
「久しぶりだな、アネット」
不仲な訳ではないが、トマもアネットも夫婦として表面上の付き合いだ。
「もう、お開きにするから……いいぞ?」
素直な反応をするアネットに、レオだけでなくトマからも笑みが溢れる。
「トマ……笑いすぎよ……」
「仕方ないだろ。彼によろしくな」
「ええー、トマもね」
彼女の後姿を見送ると、レオは会場を見渡していた。
リリーに向けられる視線を読み取っていたのだ。
「ーーーーそれにしても……殿下が結婚とはね」
「リュカ、この間は助かった」
「いえ、それよりも陛下から聞いたが……奴が生きてたんだろ?」
「あぁー」
「リュカ、祝いの席でそんな話するなよ」
「悪いなマリユス、ちょっと気になってな」
リリーがバジルと共にレオの元へ戻ると、彼女も見覚えのある騎士が集まっていた。
「リリー、覚えてるか?」
「はい……お久しぶりです。リュカ殿、マリユス殿」
スカートの裾を広げて、お辞儀をする彼女は昔と変わらず立派なレディーだ。
「リリー、いつも通りでいいぞ?」
「うん……リュカもマリユスも、元気そうで良かった……」
「相変わらず、他人の事ばっかだな」
「体調は大丈夫なのか?」
「うん、私よりも……レオの方が心配かな」
「姫様に心配されてますよ? 殿下」
「バジル、お前なー」
レオが騎士と話す姿は自然体で違和感がない。
懐かしい顔に……レオが笑っている。
本当に戻ってきたんだって思うし、気を許しているのが分かる。
「リリー、聞きたい事があるんじゃないのか?」
「ーーーーうん……」
レオが彼女の手を取ると、会場を抜け出していた。
「ーーーー話すのか?」
「そうだろうな……避けては通れない」
騎士達の会話の意味が分からないのは、ギーだけなのだろう。不思議そうな表情を浮かべていた彼に、トマが応えた。
「……ギー、契約だよ」
「契約……ですか?」
「お開きになるし、場所を変えるか……」
トマとリュカが、ギーを連れて別室に移動した。防音対策の完璧な部屋だ。
「ギーもハンターについては知っているな?」
「はい……契約者に血を飲ませ、身体強化させた人の事ですよね?」
「そうだ。これも血の契約の一部ではあるが、全てではないんだ」
「……どういう事ですか?」
「特に純血にとっては……永遠の呪縛のようなモノだ」
「呪縛……ですか?」
ゾクリとする響きに戸惑っていると、扉をノックする音がした。
酒を片手にバジルが入ってきたのだ。
「ーーーー俺の授業でも、そこまで教えないからな。ヴァンパイアにとっても、純血は夢物語だ……」
小さく頷いたギーは要領を得ない。
「バジル様の講義でも、寿命が尽きれば死ぬとしか……」
「その……寿命が問題なんだ」
数分前までの和やかなムードが一変しそうだが、バジルは気にする事なくグラスに酒を注いだ。
「ーーーー俺達が気に病んでも、決めるのは姫様とレオだからな」
「そうだけど、相変わらず楽天的だな」
「こんな日くらい……いいだろ? レオと姫様がようやく結婚したんだぞ?」
「まぁーな。騎士が全員揃うこと事態、稀だからな」
久しぶりの再会にグラスを傾ける事にしたようだ。
「ーーーー何を選んでも、二人について行くだろ?」
「はい!」
勢いよく応えたギーに、騎士達も微笑む。
四人のグラスが重なり、ギーも思わず飲み干した。
初めて耳にする現実に声を漏らしそうになりながらも、何を選んでも二人の味方である事には変わりない。それだけは明確であった。




