17 覚醒と誓い
ーーーーーーーー私の目の前をすり抜けていく。
いつだって……救えない。
業火に焼かれていく村には、一人も生き残りがいなくて…………無惨に殺されていった。
その多くは、私と同じヴァンクレールだった。
見せしめのように、吊るされた遺体は黒焦げになって、誰かも分からない。
瘴気にも似た臭いが鼻をかすめる。
「うわぁぁーーーーっ!!」
「そんな……」 「おかあさま!!」
「いやーーーー!!」
泣き崩れる多くの仲間。
私の傍では、エマが亡骸を抱いて泣き叫んでいる。
ーーーー私の力は何の役にも立たない。
リリーは生き残りがいないか、必死に探し回った。
煤だらけになりながら、瓦礫を退け、声を張り上げた。
どれだけ探してもあるのは、山のようになった灰と黒焦げになった人々の死体だけだ。
「くそっ……」
悪態を吐くアベルに、マリアが寄り添う。
ーーーーーーーー誰も救えない。
希望なんて……何処にも…………
「リリー、しっかりしなさい。貴女まで黒く染まってどうするの!」
気丈に振る舞うマリアがいたが、その手は微かに震えている。怒りに震えていたのだ。
「ーーーー皆、聞いてくれ……」
アベルの言葉に、誰もが耳を傾ける。
「こうなってしまっては、分かれるしかない……」
誰も反対する者はいない。
深々と頭を下げる村の長に、敬意の念を抱いていた。
「ーーーーリリー……」
「大丈夫よ、トマ……生きてるんだから……」
少女の瞳は、未来を見ているようだ。
彼女は何一つ諦めていない。
「…………エマ……生きるのよ……」
「リリー様……」
「……諦めてはダメ。それに……無くなってしまった村が、何よりの証拠でしょ?」
誰一人、ヴァンパイアに……至上主義派に屈する者がいなかった。
だから……すべて焼き尽くされた。
どんなに貧しくても、幸せだった日々は、もう二度と戻らない。
「ーーーーはい……」
彼女の言葉がエマに届いていた。
最期まで、仲間は誇りを貫いたのだと。
ーーーーーーーーそれから、私達は別々の場所で暮らす事を余儀なくされた。
どんなに強いハンターも、侯爵家には敵わない。
バジルやトマのような騎士がいても、すべてを護りきれる訳じゃない。
山の奥地や地下で暮らした事もあった。
計画的に移り住んでも、一つの些細な綻びで、一瞬にして火の海に変わる。
エマが亡くなったのは、あの惨劇の日から……幾つか場所を変え、私とエマが別々の場所で暮らすようになった頃ーーーー
夕暮れのせいじゃなく、仲間の住んでいた筈の森が真っ赤に染まっていた。
業火に焼かれ、何も残らない。
消えない炎に死体の臭い。
「ーーーーっ、エマ!!」
「リリー、よせ!」 「リリー様!!」
「離して!!」
周囲が止めるのも聞かず、炎の中に飛び込んだ私の前には、赤く光った瞳を向ける黒い影がいた。
「ーーーーワレラノダ……」
襲いかかってくる影に、初めて引き金を引いた。
銀の弾丸が影に覆われていたヴァンパイアを貫き、黒く染まった血が弾け飛ぶ。
「ーーイイ……カオリダ……」
「ホシイ……ホシイ……」
次々と湧き出る影に、躊躇う事なく引き金を引き続けた。
ヴァンクレール特有の香りが、惑わせていると言うの?
「ーーーーっ、返して……」
欲望のままの声を発する影に、リリーは叫んでいた。
「……返してよーー!!」
私の大切な仲間を返して!!
エマを抱き寄せたが救う事は叶わない。
彼女は灰になっていき、もう左手に残る指輪でエマとしか判別出来ない状態だ。
ーーーーーーーーまた……間に合わなかった……
甘美な香りが辺りを掌握すると、炎は一瞬で消え去った。
奪い尽くされて残った灰と、燃えて炭になった家の枠組みだけが残っている。
「ーーーーリリー、行くぞ」
「…………はい……」
寂しげな瞳のアベルの手を握って、私は生きてるんだと実感した。
ーーーー生きているからこその胸の痛み……
城を出る事になって貴方と別れを交わした日、散々泣いた。
あれから夜になると、一人で涙した日は数えきれない。
夜空を見上げては、貴方の幸せを願っていた。
住まいを追われ……仲間が一人、また一人と命を失っても、貴方への想いだけは変わらなかった。
どんなに残酷な現実も、貴方を想う瞬間だけは忘れられたから……
一体どれほどの命が、私の目の前をすり抜けていったのだろう。
一つも救えない。
誰の灰かも分からない。
こんな惨殺……なんて世界は、不条理なんだろう。
『……エマの……宝物です…………』
そう言って、微笑んでくれた気がした。
私もエマと過ごした日々は、宝物のようだった。
ヴァンパイアとか……ヴァンクレールとか、人だとか関係なくて、一日一日を必死に生きた。
大切な仲間と……
ーーーーーーーー叶うなら……もう一度、貴方に逢いたい。
覚えのない高い天井を朧げに眺めていた。
手の温かさに気づき、左手に視線を向けると、同じベッドに彼が横になっている。その顔色は驚くほどに悪い。
ーーーーレオ……だ……そう……逢えたんだ……
宝石のような瞳から涙がこぼれ落ちていく。
「ーーーーリリー……」
涙を拭う彼の手に、手を重ねる。
「レオ……」
二人は寝転んだまま、互いを確かめ合うように抱き合っていた。
「……身体は?」
「……大丈夫だよ……どのくらい、寝ていたの?」
「もう四日だな……」
「そう……」
……そんなに……眠っていたんだ…………
「……レオ……飲んでないの?」
「ん? そんなこと……」
「あるよね? 顔色が悪い……」
レオはまっすぐに向けられる瞳に、思わず視線を逸らした。
「…………飲んではいるよ……」
胸元に顔を寄せると、躊躇いなく首筋を舐めた。
彼女に自覚はなくとも、レオの胸が高鳴る。心を掴まれたような気分だ。
「……リリー……誘ってるのか?」
「……欲しく……ないの?」
僅かな月の光に照らされ、妖艶な美しさを放つ。
「…………加減出来なくても、知らないからな」
「うん……」
首筋に牙が刺さり、甘美な香りが部屋を満たしていく。
辺りを掌握するような香りでも、ギーが立っていられなかったむせ返るような香りでもない。
「ーーーーリリー……逢いたかった……」
「レオ……」
首筋に傷痕を残しては、消していった。
触れられる肌が心地よくて、レオにしがみついていた。
「ーーーー寝てる……」
きっと、私が寝てる間も……そばにいてくれたんだよね。
リリーは彼の頬に、そっと触れていた。
ーーーー顔色……少しは良くなったかな……
飲んでるって言ってたけど、量が足りないのか……口に合わないのか……血を飲まないと、死んでしまう事だってあるのに……
彼女はベッドから起き上がると、部屋の広さもさる事ながら、その豪華な造りに驚いていた。
高い天井……大きなシャンデリア……それに、此処は何処なんだろう…………昔、住んでいた城に似ているけど……景色が違う。
窓の外は木々に囲まれていた。
森の奥にある城のようだ。
部屋の中は、中世の宮殿のような調度品が並んでいるが、浴槽は現代の最新モデルだ。
所々に垣間見える現代らしさと、昔から使われているであろう高価な家具のアンバランスな室内である。
浴槽のお湯はボタン一つで沸かせるから、便利な時代になったよね……
「…………えっ……」
浴室にある大きな鏡に映る姿に驚く。
プラチナブロンドの長い髪に、エメラルドグリーンの瞳に戻っていたからだ。
思わず鏡に手をつき、元に戻った姿を確かめる。
ーーーーーーーーあの頃の私だ…………アベルとマリアの間に生まれ、ヴァンクレールと呼ばれていた頃の。
他の人達と違って、純血にしか出来ない筈の擬態が出来た事も……ちゃんと、覚えてる……
息を吐き出すと、鏡に映る彼女の顔に変わりはないが、髪と瞳の色が以前と同じ栗色に戻っていた。
「ーーーー大丈夫」
私に出来る事は限られている。
擬態した姿だと、何も出来ない。
本来の姿なら……一滴の血で、傷は癒せる。
どんな傷でも一瞬で……でも、死んだ人は甦らない。
何度も……何度も、救えなかった命があった事も覚えてる。
浴槽から出た鏡に映る彼女は、本来の姿のままだ。
ダヴィドが暗躍してきた数多くの非道な行いは、クロヴィスの仕業で……あの夢に出てきた彼女が、裏で糸を引いている筈だけど……確証はない。
私の夢は勘みたいなものだけど、イヤな予感ほどよく当たるから……
「はぁーーーー……」
思わず深い溜息が漏れる。
何も起こらないで……これ以上、奪わないで……
鏡に映る自分の姿を再認識し、白いガウンを着て部屋に戻ると、レオが窓辺のソファーに腰掛けていた。
ーーーー絵に描いたような光景……
豪華な部屋には、上質なソファーが置かれている。大きな窓から空を見上げる横顔は、彼女の感じた通りさながら絵画のようだ。
「リリー……来て……」
吸い込まれそうなターコイズグリーンの瞳に導かれるように腕の中に収まる。
「…………何を見ていたの?」
「ん? ここの景色は、変わらないな」
「そう……」
風呂上りのリリーからは、薔薇の香りが漂う。
彼女の髪に触れると、レオは唇を寄せていた。
「ーーーー此処は、リリーが城を出た後に出来た国だ」
「そっか……」
……見覚えがなくて当然なんだ…………
私が幼い頃、暮らした城は……あの廃墟と化した場所だったから……
「想い出したんだな……」
「うん……レオ……生きていてくれて、ありがとう……」
「あぁー……リリー……」
背中からレオに抱きしめられていた。
「…………まだ……約束は有効?」
左手の薬指には、ダイヤモンドが輝く婚約指輪がつけられる。
驚いて振り返ると、優しく微笑むレオがいた。そこに寂しげな色はない。
「ーーーーはい……」
額を合わせ微笑み合うと、そっと唇を重ねた。
それは、誓いのキスを交わしているようだった。




