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12 黒魔術と漆黒の闇

 元に戻った夕暮れ時の明るさに、バジルは息を吐いた。本来ならいる筈のない彼女が、目の前に現れたからだ。

 追う事は叶わず、まるで幻のように闇と共に消え去っていた。


 「ーーーー勘弁してくれ……」


 そう漏らすと剣を鞘にしまい、レオの元に戻った。


 「バジル……どうかしたのか?」


 ソファーに腰掛けた彼の表情は暗いままだ。動揺を隠せていない。


 「あ、あぁー……姫様と、ギーは無事か?」

 「あぁー、大丈夫だ。リリーは寝てるけどな」

 「そうか……」


 彼等はマンションに戻ってきていた。リリーは寝室で横になったままだ。


 「ーーーーエマが……いた……」

 「えっ?!」

 

 思わず声を上げたのはギーだ。ティーセットを取り落としそうになるが、何とか堪えていた。


 「ダヴィドの仕業か……」

 「あぁー、黒魔術を使った形跡があったからな」

 「ーーーー黒魔術……ですか?」

 「ギーは初耳か?」

 「はい……」

 「黒魔術は、禁忌だな……」

 「禁忌ですか……」

 「ーーーー死者を甦らせる魔術の事だ」

 「……死者を? そんな事が可能なのですか?」


 怒りを含んだような声色だが、ギーの手は微かに震えている。彼が置いたばかりのカップから、中身が溢れそうだ。


 「ギー、禁忌だとレオが言っただろ? 甦ったとはいえ、本物ではない。すべて作り物だ」

 「では……」

 「あぁー、本人の魂を高位のヴァンパイアに入れて動かしているに過ぎない。そして、禁忌と言われている通り、甦らせた者は正気ではいられない。死んだのと変わらないんだ……」

 「ーーーーでは、侯爵は……」

 「あぁー、ダヴィドは闇に落ちている。そのうち瞳は真っ黒に染まり、漆黒の世界を彷徨いながら死を迎えるだろうな」


 何処か淡々とした表情で話すレオの瞳は、ターコイズグリーンに戻っていた。


 自分に向けられていた視線で、この姿を見せていなかった事に気づく。


 「ギーとは、この姿で対面するのは初めてか」

 「はい……」

 

 レオはブロンドの髪に、ターコイズグリーンの瞳が美しい、リリーが夢で会っていた少年が大人になった姿に戻っている。

 

 「久しぶりですね、殿下」

 「バジル、その呼び方やめろ」

 「はいはい」

 

 軽口を叩くさまに、張り詰めた空気が和らいでいくようだ。


 「ーーーーバジル様……エマは、どうなるのですか?」

 「本来、この世にはいないモノだ。黒魔術の詳しい概要は解明されていないが、呼び起こした奴の命令に従う事でしか生き残れない……」

 「そう……ですか……」


 感情が追いついていないのだろう。ギーは胸元のシャツを強く握った。


 「ギー、今は休め」

 「レオ様……」

 

 ギーの頭に触れる手は、いつもと変わらずに温かいままだ。


 「ーーーー少し、変える必要があるな……」

 「あぁー」

 「決行次第、ギーにも伝える。少しでも休めよ」

 「……はい」


 リビングには、レオとバジルの二人だけが残っていた。


 「ーーーーまさか……ダヴィドがエマを甦らせているとはな……」

 「あぁー……さすがに、手にかけられなかった」

 「それでいい……俺でも躊躇う」


 ギーの淹れたハーブティーで喉を潤せば、すっきりとした香りが広がっていく。


 「……レオが元に戻ったって事は、報告か?」

 「あぁー、これからな」

 「オレールは通り魔を捕まえたのか?」

 「あぁー、そちらも陽動だな。侯爵家の誇示だろうな……」

 「無意味な」

 「……だが、侯爵以下の連中を仲間につけるには良い手だろ?」

 「感心している場合か?」

 「至上主義派は、数が圧倒的に少ないからな。今更、少し増えた所で国が揺らぐ訳じゃない」

 「そうだけど……レオは苦手だろ?」

 「ーーーーあぁー……今も昔も、大差ないな……」


 想い返しているのだろう。ティーカップを持ったまま、レオは窓の外に視線を移した。

 その瞳は何処か寂しげな色をしていたが、カップを置いた彼の口調ははっきりとしていた。


 「ーーーーーーーー今夜だな」

 「分かってる。準備は大丈夫だ」

 「ギーの事も頼むな」

 「あぁー……」


 短く応えたバジルは、懸念していた事態に今度は嘆く事なく、決意を新たにしているようだった。




 レオが一人になったタイミングを見計らったかのように、大画面のテレビがついた。ついたと言っても、テレビの映像が流れている訳ではない。古い玉座に座った王が映っている。


 「ーーーー久しいな……レオ……」

 「父上……捕らえた者は?」

 「口は割らぬな……」

 「そう……ですか…………」


 テレビ画面に映るベルナールも、彼と同じブロンドの髪に、ターコイズブルーの瞳をしている。とても六百年以上生きているとは思えない容姿だ。その見た目は、人でいう四十歳前後と言えるだろう。


 「ーーーーーーーー黒魔術か……」


 何処か覚えがあるかのような口ぶりだが、レオは追求する事なく話を続けた。

 口を挟む時間すら、惜しかったからだろう。


 「ーーーー今宵は新月。心してかかれ」

 「はい、陛下」


 膝を綺麗に折るさまは、さながら王に仕える騎士のようだ。


 通信が途切れると、レオは騎士と変わらない格好のまま寝室に入った。

 



 ーーーー赤黒い瞳、無数に揺れる黒い影……二人の元で暮らすようになった時もあった。

 時々見えた……この世のモノじゃない存在。


 上手く……息が出来ない。


 白い濃い霧に包まれていた城が、また黒く覆われていく。

 彼女の目の前には、漆黒の闇だけが広がっていた。


 「……リリー! リリー!!」


 ーーーーーーーー遠くで声がする。

 私を呼ぶ……貴方の声が…………

 

 苦しむ彼女の中に、甘く懐かしい香りが広がっていく。


 「ーーーー……レオ……」


 抱き寄せられた彼女の瞳が、一瞬だけ緑色に輝いて見えた。


 「リリー、分かるか?!」


 いつもは冷静なレオが、慌てた様子で見つめる。リリーはうなされていたようだ。


 「……うん…………」


 ……私……まだ夢を見てるのかな……

 目の前にいるレオは……あの頃のようで…………


 ブロンドの髪に、ターコイズグリーンの瞳が印象的な彼は、黒い騎士の服に身を包んでいた。


 「レオ……その髪……」

 「あぁー……懐かしいか?」

 「うん……」


 思わず彼の髪に触れる。確認するかのように、手を伸ばした。 


 触れられたリリーの手を取ると、手の甲に唇が寄せられていた。


 「…………レオ……」

 「ん?」


 キスをした事は、彼の中では些細な事のようだ。顔色を変えずに微笑んでいる。


 「……私……倒れたの?」

 「ーーーーーーーー覚えてないのか?」

 「うん……」


 ……まただ……また、想い出せない。

 こんなに願っているのに……どうして…………


 ぎゅっと握った手に、レオが手を重ねる。


 「大丈夫だ……いつまでも、待ってる」

 

 会いたかった姿の彼だが、その理由はリリーにも分かっていた。


 ーーーー戦うんだ…………それだけは、私にも分かる。

 街に出る時は姿を変えていたレオが、この姿になるのは、城で周囲の目がある時や殿下として動く時か……二人きりの時だけだったから…………


 「レオ……私は、大丈夫だよ」


 これ以上、足手まといになりたくない。

 これ以上……レオに傷ついて欲しくないの。

 私に……もっと力があれば……私が……


 「リリー……君は、そのままで……」


 心を読んだかのような言葉に、リリーは微かに笑みを向けた。


 …………私が……ヴァンパイアだったら、良かったのに……


 それは、彼女の叶わない願いだ。


 「レオ……」

 

 首筋に触れる柔らかな唇の意味が、レオには分かっていた。


 「ーーーーいいのか?」

 「うん……」


 頬に触れたリリーの手は、微かに震えている。

 震えた手に反して、その瞳は強い光を宿しているようだ。


 リリーの腕を肩に回すように促すと、首筋に唇を寄せ、牙が落とされた。

 ズッと、血を啜る音が部屋に響く。


 「ーーーーっ……」


 思わず声が出そうになるのを堪えていた。


 甘い香りが充満していく。それは、昨夜よりも微かに濃く香っていた。

 

 「ーーーーリリー……大丈夫か?」

 「うん……」


 牙の痕にレオが触れるのを手で拒む。


 「リリー……」

 「決行するなら、このままで……」

 「分かった……一掃する」


 そう告げたレオは、何処か揺れた瞳で彼女を見つめた。


 巻き込みたくはないというエゴを貫く事は出来ない。当事者である彼女に、自身が参加しない選択肢がないからだ。


 「ーーーーレオ……イヤな予感がするの……」

 「あぁー……リリーの勘は、よく当たるからな。気をつけるよ」

 「うん……」


 …………胸騒ぎがする。

 帝都に来た時よりも、ずっと強く感じるの。

 

 「ーーーーーーーーこれを渡しておく」


 リリーの首元には、大粒のレッドダイヤモンドがあしらわれたネックレスが掛けられる。それは圧倒的に美しく、麗しい輝きを放っている。


 「ーーーーこれ……」

 「覚えてるのか?」

 「ううん、懐かしい感じがして……」

 「そうか……お守りだよ」

 

 しずく型のレッドダイヤモンドの周りには、ダイヤモンドがあしらわれ、豪華な作りになっていた。


 「…………はい……」

 「……リリー?」


 ネックレスを握りしめると、レオの両手を取った。

 手の甲に寄せられた唇に、レオは遠い記憶を重ねているようだ。


 「……ご武運を…………」

 「あぁー」


 額を寄せ合った二人のもとに、扉をノックする音がした。時刻は十一時を少し過ぎた所だ。


 「ギー、あとは託す」

 「はい、殿下」

 「イヤな役回りで、すまない」

 「いえ……」

 「殿下……ご心配には及びません」

 「リリーに言われると、引き締まるな」

 

 いつもと変わらない笑みを浮かべるリリーに、レオもギーも微笑んでみせる。


 「リリー様、離れませんように」

 「うん……」

 

 外は彼等の予想通り、漆黒の闇に変わろうとしていた。

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