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ACT.2 Person who has “seven fangs” <3>

「――で? 結局あっさりやられたと……」


 ユスティティアのハンガーには無傷のミネルア、そして“アンカーファング”を浴びて中破したブラッドのクラウルの姿があった。

 へらへらと苦笑を浮かべながら立つブラッド。その傍らでは腕を組んで目を瞑っている優紀と冷ややかな視線を向けるフィーナの姿もある。

 防衛戦の結末は非常にあっけなかった。ミネルアと謎の機体、アザゼルが戦闘を繰り広げている間に工場からの警護部隊が増援として到着し、アザゼルは撤退したのである。

 アザゼルの引き際は鮮やかだったと言える。その情景を思い浮かべ、ブラッドは一人視線を鋭く尖らせた。

 黒い機体との交戦は一瞬だったと言える。バーニアを瞬かせ真っ直ぐにアザゼルに向かうクラウル。振り上げたナイフはアザゼルが身体を捻りながら放った“牙”にあっさりと弾き飛ばされる。

 巨大な剣を構え、それを加速させるようにその場で半回転しつつ、アザゼルは腰から牙を穿つ。ブラッドのダガーを弾き飛ばし、怯んだクラウル目掛けて大地から剣が奔る。

 大地を吹き飛ばし巻き上げながら斬り上げる一撃――。それは、クラウルの背後から放たれたライフルの銃弾で阻止されていた。


「退きなさい、ブラッド!!」


 ブラッドを押しのけライフルを放つミネルア。アザゼルは空中目掛けて剣を空振り、しかし同時に横に吸い込まれるように移動する。ナイフを弾くと同時に反対側の大地へ突き刺していた牙を巻き戻したのだ。

 機体を真横に滑らせるアザゼル。ライフルの弾丸を回避しながら大剣スケープゴートを盾に後退する。ミネルアの照準が移動するアザゼルを捕らえる頃には防御の姿勢を取られ、弾丸は剣を弾いて火花を上げる。

 追撃するミネルアの傍ら、転倒したままだったブラッドのクラウルがのろのろと起き上がる。腰の背部に携帯していたマシンガンに持ち替え、先行するミネルアを追い掛けて行く。

 両手でライフルを構え、後退して行くアザゼルへ攻撃を続ける。身体を半回転させアザゼルから放たれる牙を二つ撃ち落し、一つは左にステップして回避する。

 空中で撃ち落された牙が軋るような音と共に光を放つ。“アンカーファング”はアザゼルの装甲と同じ材質で構成されている。それは光を弾く迷彩を施された牙なのだ。撃ち落すどころか目視するだけで至難のそれをミネルアは難なく迎撃する。

 左に身体を反らした姿勢のまま片手に持ち替えライフルを放つ。その一撃はスケープゴートの防御の合間を縫ってミネルアの頭部、左目を射抜くように貫通する。

 火花を散らし、小さな爆発を起こし煙を引きながらアザゼルは姿勢を低くバランスを崩す。そこへここぞとばかりに追いついてきたブラッドがマシンガンを掃射する。

 金色の薬莢が月明かりを浴びて中に瞬く。弾丸の雨あられを剣で防ぎ、両肩、そして左腕から牙を放つ。その反撃はあっさりとブラッドのクラウルに突き刺さり、アンカーが巻き上げられブラッドのクラウルは引き摺られて行く。


「ブラッド!?」


 アンカーを身体に突き刺されたままクラウルはアザゼルに背後から捕まれる形になった。それと同時にアザゼルは一度動きを止める。ミネルアも続いてライフルを構えたまま停止した。


「ごめんユウコ、捕まっちゃったみたいだ」


「あなたって人は……!」


 歯軋りする優紀。ミネルアが捕らえる視線の先、アザゼルは紅い瞳を輝かせてほくそ笑んでいる様にも見える。

 ブラッドにはスケープゴートの刃が突きつけられている。“人質”――。明らかなその様相にミネルアの動きが停止する。冷や汗を流す優紀へアザゼルの腕が伸びた。

 腕部の牙が放たれようとしたその時だった。アザゼルの背後、無数のミサイルが飛来していた。見ればこの派手な戦闘を察知し、工場からの警護部隊が隊列を組んで接近してきていたのである。

 ミサイルの盾にする為か、アザゼルは振り返ってクラウルを前に突き出す。ミサイルは勿論容赦なく目標目掛けて突っ込んでくる。


「もう――ッ!!」


 優紀は溜息を漏らすと同時にライフルを空に向ける。飛来するミサイル六発を全て撃ち落す。低空で巻き起こす派手な爆発、それに乗じてアザゼルは戦線を離脱して行く。


「ブラッド! 大丈夫!?」


 クラウルは三箇所に牙を撃ち込まれ、更にミサイルの爆風で吹き飛ばされた所為で損傷していた。右腕は肩から外れかかっているし、両足に牙が突き刺さった所為で立ち上がる事もままなら無い。

 一瞬アザゼルの事を気にしたが、そちらは警護部隊が追撃を開始していた。何よりブラッドをこの状態で放置は出来ない。追い掛ける事も考えたが、結局追撃は断念する。

 アザゼルは既に狙撃の対象にならぬよう、山の合間を縫うような撤退ルートを決定しているように見えた。何より一対一で戦う相手としてはミネルアの武装も不足気味である。


「僕は何とか……。ありがとう、ユウコ。怪我は無い?」


「もう……。見ての通り、こっちは無傷よ」


「メインカメラが故障しちゃって見えないんだなあ、それが……。えっと、サブに切り替えるのはどうやるんだっけな……」


 余りにも間抜けなブラッドの言葉に思い切り肩を落す。最早追撃はままならない。こんな事ならばほうっておけばよかったと僅かに後悔する。

 結局、ブラッドのクラウルはきちんと修理せねば動かせる状態ですらなく。情報を持ち帰る為にも一度ユスティティアに帰還した次第である。


「それって、ブラッドが居なければもしかしたら“アンノウン”を捕まえられたかも知れないんじゃ……」


「そうですねえ〜」


「“そうですねえ〜”じゃないでしょっ!! ブラッド!?」


「あはは……ごめんなさい、艦長」


 両手を振り上げてブラッドの足を叩くフィーナ。その愛らしい動作を前にいまいち怒られているという実感が沸かないブラッドであった。


「どちらにせよ、本気で拿捕するなり撃墜するなりなら、もう一人くらいは人手があったほうが良いかも知れないわ。あっちは正に白兵戦闘特化……。それに良く判らないけど、“瞬間加速”が尋常じゃないわ。僅か数秒だけだけど、でもあの機体相手じゃ“ヨルムンガルド”は厳しいわね」


「……まあ、相手の機体のデータが手に入ったのは前進なんだけどね。それにユーコが“慎重に相手をすべき”と判断するくらいだし、確かにブラッドには荷が重かったかな……」


「うんうん、そうですよ」


「……重かったかもしれないけど、ブラッドが駄目な事に変わりは無いの!! これからたっぷりシミュレータで訓練させてあげるからねっ!!」


 涙目になって肩を落すブラッド。フィーナは深々と溜息を漏らし、一先ずお説教は終わりにする事にした。


「とりあえずユーコ、ミネルアの記録を提出してね。こっちはこっちで“心当たり”が無いか調べてみるよ」


 相手がIMアウラならば製作できる場所は大まかだが決まってくる。そのアウラそのものが何だか判らなかったとしても機体の細部、“作り手”の特徴が滲み出てしまう物だ。

 IMアウラを生産するような企業、組織……。大まかな“あたり”をつけて探りを入れる事は出来る。効率的な作業ではないが、全く何の手掛かりもないよりは遥かに“まし”か。

 フィーナは二人に背を向けて去っていく。残されたブラッドは溜息を漏らし、それから自らが壊してしまったクラウルを見上げた。


「本当、ひやひやしたわよ……? あのイモータル、かなりの高性能だったしパイロットも腕利きよ。それを貴方がクラウルでどうにか出来るはずないんだから」


「ははは、そうだね……。でも、ユウコを助けたかったんだ。本当は後ろで見ているつもりだったんだけどね」


「それであなたが死に掛けてたらしょうがないでしょ?」


「うん、しょうがないね。今度からは気をつけるよ」


 しかし、あの“謎のブースター”で急速接近を受けた時、ヨルムンガルドからライフルへと持ち替える間に一度優紀は身の危険を感じていた。

 穿たれたアンカーファング、それは確かに身を捩り即死を免れる事は出来たかもしれない。しかし損傷を負った状態であの機体と渡り合えたかと言うと、そこは不安の残る所である。

 あの二つのイモータルが交わる刹那、ブラッドはクラウルでそれを阻止して見せたのだ。その後の動きは全く以って評価出来る様な物では無かった。しかし“あの一瞬”があったからこそミネルアは無傷で居られたのだ。


「でも、まあ……初の実戦だった割には頑張ったわね」


「……ありがとう、ユウコ。ユウコは優しいね」


「あら、私はいつだって誰にだって優しいのよ」


 冗談交じりにそう切り返す優紀。ブラッドは口元に手を当てて微笑んでいた。

 正直な話、一対一では勝利できたかどうかは怪しい。コスモスの中でも貴重なイモータルアウラであるミネルアで“相打ち”など御免被る。結局あの場で敵を抑える事は難しかったのだ。

 それでもブラッドに声をかけるのはただ彼に死んで欲しくないという優紀の優しさだった。それを知ってか知らずか笑うブラッドに優紀は肩を竦める。


「それよりブラッド、“彼女”とは知り合いだった様子だけど」


 優紀の声色が真面目になる。勿論この後フィーナに報告しなければならないのだが、その報告の為にも前以ってブラッドに確認を取るべきだと判断した。

 ブラッドの公開通信に対し、敵もまた公開通信で応じた。その声は“女性”の物であり、そして彼女は言ったのだ。“また”、“ブラッド・アークス”と。


「貴方の乗っていたクラウルを上下分断したのは彼女なのかしら」


「恐らくはそうだと思います。ただ、僕と彼女がどういう関係だったのかは未だに不透明なのですが」


 腕を組み、ブラッドは思案する。自らの名前を呼ばれた以上、彼女と自分が知り合いである事には間違いない。だが何故“自分は彼女に両断されたのか”、判らない事は逆に増えて行く。

 工場の警備部隊の一員だった? では何故生き残って居たのか? そもそも警護部隊のアウラのパイロットの名を侵入者がいちいち記憶するものか。それもブラッドは顔を見せたわけではなく、通信で呼びかけただけなのである。

 声を覚えられているという事は言葉を交わした事があるという事でもある。警護部隊のアウラ乗りだったとも考え難い。では何故あの機体と戦う事になったのか……。


「……そう。じゃあ、その事も報告させてもらうわ。構わないわね?」


「ええ。それで何か手掛かりがつかめるなら」


 そう返すブラッドの様子に嘘は感じられない。いくつかの時間をブラッドと共に過ごし、優紀も彼を信じたいと思っている。もしもあのアウラと敵対する存在だったというのならば、少しは“信じられる”だろうか。


「私はデータを纏めて提出してくるわ。あなたは?」


「部屋に戻って着替えます。荷物もありますし……。それが終わったら訓練、かな? もう流石にみんなの足は引っ張れないからね」


「そう。それじゃあ、また後でね」


 小さく手を振り優紀は去っていく。その後姿を見送りブラッドもまた自らの目的地へと移動を開始した。



ACT.2 Person who has “seven fangs” <3>



「…………。ブラッド、お前は一体何をしに日本に行ってたんだ……?」


 ユスティティアの食堂にチョンマゲのカツラを被ったクリフの姿があった。片手には木刀を握り締めている。

 ブラッドが日本から持ち帰ってきたクリフへのお土産なのだが、何だかんだ言いつつ一応装備している所がクリフの優しい所でもある。すっかり日本が気に入ったのか、ブラッドはうどんを啜りながらクリフを正面に眺めていた。


「勿論、“正義の味方”をしにだよ」


「そうかい……。にしても、よりによってブラッドとユーコの所に出やがるとはな。聞けばお前、派手に足引っ張ったらしいじゃねえか」


「うん……。僕の所為で、ユウコは危ない目に逢ったんだもんね。反省してるよ」


「そうかそうか。じゃあしょうがねえな、俺がトレーニングに付き合って――」


「あっ! アイリ!」


 クリフの言葉を遮ってブラッドが声を上げる。眉を潜めながら冷たい笑みを浮かべるクリフに気づかずブラッドはアイリに呼びかける。

 二人の姿を認めアイリは歩いてくる。ブラッドとクリフ、二人と同じテーブルに着き、ブラッドに視線を向けた。


「やられたって聞いたけど」


「お恥ずかしながらね。それでとりあえずは少し訓練する事にしたよ。あ、良かったらアイリ付き合ってよ」


「いや、だから俺がだな……」


「別に構わない。ブラッドとはもう一度やりたかったし」


「いや、俺の話を……」


 全く会話に割り込めずクリフは手を伸ばし、それをおずおず引っ込める。チョンマゲのカツラを外し、木刀を椅子に立てかけて溜息を漏らした。


「あれ、そういえば二人とも出撃してたんじゃ?」


「……ああ、お前らが本命と遭遇したってんで一度戻ってきたんだよ。ちなみにイリウムは帰還しないそうだ。理由は俺も詳しく知らないから訊くなよ」


 つっけんどんに告げ、カレーライスを口に運ぶ。そんなクリフの様子にブラッドは目をぱちくりさせた。


「どしたのクリフ? 何だかご機嫌斜めだね」


「だから……! てめーが言うなっつーんだよっ!!」


「クリフ、食べながら喋るの行儀悪い……」


 身を乗り出したクリフをアイリがじっと見詰めていた。クリフが叫ぶと同時に飛び出した米粒がぽろりと転がりアイリの前に落ちていた。

 仕方が無く引き返し冷水が注がれたグラスを一気に呷る。何となくペースがつかめずクリフは疲れていた。


「でも、イリウムに何かがあったって訳じゃないんでしょ?」


「ああ。あいつは元々忙しいんだよ。コスモスは“裏の顔”でな。“表の仕事”もしなきゃならんらしい」


「そこはあんまり詮索しない、って事だね。コスモスのそういうトコ、結構好きだな」


 微笑み、それからうどんを啜るブラッド。そのブラッドが食べるうどんを興味深くアイリは眺めていた。


「アイリも食べる? 日本食、おいしいよ〜。クリフのカレーライスも日本食だよね?」


「あ? そこまで気にして食った事はねえが……カレーってインドじゃなかったか?」


「日本のカレーとインドのカレーは全然違うって言うじゃないか」


「何がどう違うんだよ。カレーはカレーだろ。手で食うかどうかとかか?」


「いや、そうじゃなくて。インドのカレーはスパイスと付け合せが……」


 二人がカレー談義を始める。その間アイリはお行儀良くサラダを口に運んでいた。結局二人とも食べる事を忘れカレー談義に盛り上がり、時間が過ぎて行く。


「そうそう、日本でアイスキャンディを食べたんだけどね。色々な味があってよかったなあ……。日本に行ったら食べてみるといいよ、“サクラ”」


「……あ? サクラって食い物だったっけ?」


「え? 違うの? アイスになってたけど」


「ん、じゃあ食い物なのか……? 食い物をエンブレムにしてるのか、日本軍は」


 多少ずれた二人の会話が続く間、アイリは黙々と食事を終えてしまっていた。片付けをしに立ち上がるアイリに気づかない二人。しばらくしてアイリが食堂から立ち去ろうというタイミングでようやくブラッドがそれに気づく。


「アイリ、ちょっと待ってよ! シミュレータ、どうするの?」


「……どっちみち、ずっと訓練してるから」


 つまりは先に行っているという事。特に予定をあわせる必要性は無い。アイリはこれから長時間の訓練に入るのだ、ブラッドが来るまで時間を潰すには困らない。

 返事をするよりも早くアイリは去って行った。その後姿を見送りクリフはカレーを、ブラッドはうどんを口に運ぶ。


「それで、サクラって食べ物なのかな?」


「知るか……。ユーコに訊いてみりゃいいだろうが」


「ああ、そっか。ユウコは日本人なのかな? 東洋人の顔は正直区別が微妙なんだけど、ユウコは美人さんだから判りやすくていいね」


「ユーコが美人ねえ……。まあ、それは認めるが、あれはおっかないからなあ……」


「クリフ、何か言った?」


 二人が同時に声の方に視線を向ける。そこには報告を終え食堂に足を運んだ優紀の姿があった。

 にっこりと満面の笑みを浮かべているのだが、クリフは全く笑って居ない。クリフの隣に腰を下ろし、優紀は優しくその肩を叩く。


「あはは、仲良いんだね、二人は」


「ええ、仲良しよ。ねえ、クリフ……?」


「ちくしょう……。ブラッドが来てから俺の扱いがぞんざいな気がするぞ……」


「きっと自業自得だよ〜」


「だーかーらっ!! てめー喧嘩売ってんのかコラァアアアっ!!」


 テーブル越しに身を乗り出しブラッドの胸倉を掴み激しく揺さぶるクリフ。そうして暫くクリフにもみくちゃにされたブラッドは髪を滅茶苦茶にして呆然としていた。


「それでユーコ、どうだ? 何か判りそうか?」


「“専門”じゃないんだからまだなんとも言えないわよ。せっかちねぇ」


「何にせよ、ミネルアと対等にやりあうくらいだからな……。イリウムが居れば今頃飛んで喜んでる所だろうな」


「でも、“腕”はユウコの方が上じゃないかな。例の機体の性能がミネルアより上だったってだけで」


「ミネルアより高性能なIMアウラって時点で充分驚異的だぞ。パイロットの腕が追いつく前に何とか叩きたい所だが……」


 そこで三人の会話は一端途切れた。各々考え事を頭の中に浮かべていたからである。しかし今は考えた所でまだ先は見えない。今はこうして一時帰還している物の、直ぐに編成や装備を整えて再び出撃しなければならないだろう。

 兎に角事件の発生を阻止する事には成功したのだ。相手の動きも変わってくるかもしれない。例の戦いは“牽制”としては効果的だったと言える。仕留めきれなかった以上警戒はされるだろうが、その分時間を稼ぐ事が出来る。その間に敵の事が何か判れば、或いは防衛ではなくこちらから攻め込む事も可能かもしれない。

 どちらにせよ今は休むべき時だ。ブラッドは短い間で訓練を積まねばならないし、機体も今は動かない。気になる事もある。兎も角今は動けないのだ。そう割り切るしかなかった。


「そういえばアイリは? お土産、渡した?」


「あ。すっかり忘れてた……。ついさっきまでここに居たんだけど」


「格納庫かシミュレーションルームね」


 最早語るまでもなく、アイリはその二箇所を往復するような生活を送っていた。プロセルピナか訓練か――。他に時間の使い方を知らないかのようでさえある。


「お土産って……まさか全員分買って来たのか?」


「しょうがないでしょ、ブラッドがどうしてもって言うんだし。それにせっかくだから、アイリには服を買ってきてあげたのよ。あの子、せっかく可愛いのにいつも制服だから、勿体無いじゃない?」


 そう微笑む優紀の姿は妹の事を案じる姉の様でもある。どこか楽しげで、優しい笑顔……。そんな笑顔でそんな事を言われてしまってはクリフも文句は言えなかった。


「しっかし、あのアイリが可愛い服なんか着るか?」


「でも、私服なんて生活必需品の内でしょ? あの子だってそのくらい判ってると思うんだけど……あんまりユスティティアから出たがらないわよね」


「護衛の任務とかでもプロセルピナのコックピットに居たりするからな。まあ、効率的ではあるんだろうが……。そういえば知ってるか? プロセルピナのコックピット、なんかもうアイリの部屋みたいになってんだよ」


 それは以前クリフが目撃したワンシーンである。ある日クリフがユスティティアの通路にある休憩所でコーヒーを飲んでいた所、どこからとも無くとことこ歩いてきたアイリが休憩所の椅子の中から一つ、クッションを外して持ち去って行ったのである。

 その時は余りにも突然で何が起きたのか判らず混乱し理由を尋ねる事もままならなかった。しかし数日後、出撃となった時……。


「見たらそのクッション、プロセルピナのシートの上にあったんだよ。で、アイリは座席をこう……“よいしょ”って動かしてクッションの上に座って出撃したわけだ」


 その様子は想像出来るような出来ないような……。ブラッドも優紀も冷や汗を流しながら苦笑している。


「……休憩所のクッションって、あれでしょ? 可愛い感じの……。あれ、フィーナの趣味なのかしらね……」


「真相は不明だが、そうかも知れないな……。俺が見たのはクッションだけだが、噂に寄れば枕とか布団とかカーテンとかもあるとか……」


「さ、流石にそれは……冗談よね?」


「冗談…………だよな? ハハハ……」


 二人が真剣な表情で見詰め合う中、ブラッドは一人空想する。プロセルピナのハッチを空けるとファンシーな空間が広がっており、そこでアイリが満足げに過ごしている映像を……。

 腕を組み、一人で納得する。なんとも可愛らしい様子だが、それをあのアイリがやっているとは思えない。“クッション”は兎も角、“ファンシールーム化”はないだろう。


「そ、そういえばブラッド……。他のお土産は何買って来たんだ?」


「うん? えっと、フィーナには“ルービックキューブ”」


「ルービックキューブ……? 何でまた?」


「フィーナは頭が良いって聞いたからね。ルービックキューブは六面全てをヒント無しで揃える事が出来れば推定IQ130と言われてるんだよ。それと、後は“ジェンガー”」


 ジェンガ。組み立てるという意味を持つ所謂パズル系の玩具である。長方形のパーツを組んで搭を作り、そこからタワーを崩さぬ様にパーツを引き抜く。

 と、そんな事はクリフも判っているのだが、何故あえてジェンガなのかは不明だった。これもまたブラッドとしては“頭がいいのなら”という安直な理由であったが、フィーナの外見が“ああ”なので、何となく玩具を選んでしまったというのも理由の一つだ。


「やる? ジェンガー」


「面倒くせえからパスだ。それよりお前訓練だろ? アイリが待ってるぞ」


「ああ、そうだったね。それじゃあ後は若い二人でごゆっくり」


 明らかにブラッドの年齢は二人と同じかそれより下なのだが、そんな台詞を残してブラッドは立ち上がる。


「ちょっと、変な事言わないでくれる……?」


「変な事って? あれ、二人って付き合ってるんじゃなかったの?」


「「 はあ!? 」」


 二人のエースが同時に声を上げる。ブラッドは目をぱちくりさせていた。


「いや、なんかそんな気がしてたんだけど……違ったんならごめんね。それじゃ、“見習い”は訓練してきますね〜」


 ブラッドは微笑を残して去っていく。その様子を二人は見送り、それから視線を合わせた。

 何となくどちらとも無く近かった距離を少しだけ離し、沈黙する。二人はそうして視線を反らしたまま暫く気まずい雰囲気に耐えていた。


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